中国の重大ニュース2011

発伝所ENVIROASIA編集メンバーが選んだ2011年の中国の“重大ニュース”をお届けします。

東アジア 2011年も後1日で終わろうとしています。中国の環境NGOにとって2011年はどのような一年だったのか。ENVIROASIAにアップされた記事から振りかえってみたいと思います。

■サプライチェーンにおける汚染問題

 東日本大震災やタイの洪水でサプライチェーンの寸断が注目される一年でしたが、中国でも同じくサプライチェーンにおける汚染問題が注目を浴びる年となりました。アップル社をはじめとした「毒リンゴ」問題に取りくもうとNGOが「グリーンチョイス連盟(GCA)」を立ち上げ、記者会見、調査発表会などを行った結果、多くの企業がサプライチェーンの管理に動き出しました。

・「白雪姫」救い出しキャンペーン
 http://www.enviroasia.info/news/news_detail.php3/C11012601C
・アップル社サプライチェーン管理報告書発表、始めて中毒事件に対応
 http://www.enviroasia.info/news/news_detail.php3/C11021601C
・サプライチェーンでの汚染問題、アップル社に責任はあるのか?
 http://www.enviroasia.info/news/news_detail.php3/C11030201J
・Appleの側面2——汚染が水面下で蔓延(一)
 http://www.enviroasia.info/news/news_detail.php3/C11083101J
・Appleの側面2——汚染が水面下で蔓延(二)
 http://www.enviroasia.info/news/news_detail.php3/C11083102J
・日本のNGO が中国を訪問し、グリーン・チョイス事業を視察
 http://www.enviroasia.info/news/news_detail.php3/C11110201J

■気候変動

 京都議定書の第一約束期間の期限切れ以後をどうするか、南アフリカ・ダーバンで開催されたCOP17。中国の参加が注目される中、NGOも東アジア気候ネットワークなどの活動を通じて、気候変動問題に取り組み始めました。

・森林を守り、気候変動を止めよう――東アジア気候ネットワークデイ 中国NGOの活動
 http://www.enviroasia.info/news/news_detail.php3/C11042701J
・「気候変動と持続可能な消費及び生産」をテーマとする中国ヨーロッパ対話が成功裏に
 http://www.enviroasia.info/news/news_detail.php3/C11072702J
・中国環境NGO、日本で東アジア気候フォーラム2011に参
 http://www.enviroasia.info/news/news_detail.php3/C11091402J
・「東アジア気候フォーラム2011」<福島原発事故問題報告>を聞いて 
 http://www.enviroasia.info/news/news_detail.php3/C11091401J
 
■続いて注目されているレジ袋政策

 2008年6月から発効した中国のレジ袋政策。今年で3年目を迎えるということで、NGOが様々な調査を行いました。エコバッグを持ち歩く消費者が増えている半面、有料化に慣れてしまった消費者も増えています。

・「レジ袋規制」は有名無実になってしまうのか?――政府の姿勢はいまだ不十分
 http://www.enviroasia.info/news/news_detail.php3/C11030701J
・レジ袋制限令は二年半でレジ袋販売令に 消費者は排斥から習慣へ
 http://www.enviroasia.info/news/news_detail.php3/C11010501J
・レジ袋規制を骨抜きにしない為に―レジ袋政策研究資料集公表
 http://www.enviroasia.info/news/news_detail.php3/C11050401J
・「レジ袋規制令」実施から三年 レストラン、病院も対象に
 http://www.enviroasia.info/news/news_detail.php3/C11052401J
・第3回 環友科学技術研究センター“レジ袋規制”調査
 http://www.enviroasia.info/news/news_detail.php3/C11110902J

■原油漏出事故

 2011年は特に渤海での原油漏出事故で、NGOが訴訟を起こすなど、社会の注目を集めました。

・渤海湾の原油漏出事故に関する、NGOから中国海洋石油総公司と康菲公司への公開書簡
 http://www.enviroasia.info/news/news_detail.php3/C11070601J
・中国環境NGO、渤海原油流出事故に関し公益訴訟を
 http://www.enviroasia.info/news/news_detail.php3/C11080301J
・渤海湾の原油流出面積が拡大 11の民間環境保護団体 公益訴訟へ
 http://www.enviroasia.info/news/news_detail.php3/C11072701J
・河北省楽亭の漁民たちは、コノコフィリップス、
 中国海洋石油に刑事責任を追及するべき
 http://www.enviroasia.info/news/news_detail.php3/C11081002J
・渤海湾原油流出事故は責任追及段階へ、国家海洋局は億にも上る賠償を請求
 http://www.enviroasia.info/news/news_detail.php3/C11081702J

【筆者】発伝所ENVIROASIA編集メンバー / NPO法人 東アジア環境情報発伝所(East Asia Environmental Information Center) / 寄稿 /  [J11123002J]
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環境NGO・NPO活動推進・組織運営講座

NGO向けのファンドレイジング講座が開催された。

東京2011年12月17、18日の2日間にわたり東京で開催された、「活動強化のための資金調達力アップ」をテーマとした環境NGO・NPO活動推進・組織運営講座(主催:地球環境基金、企画運営:「環境・持続社会」研究センター(JACSES))に参加した。今日さらなる活動強化が求められているNGO・NPOのスタッフを対象に、資金調達の様々な手法を学ぶ講演とワークショップが組み合わせられたイベントであった。

 講演の部ではまず、来春からの改正NPO法の施行を見据えた資金調達方法の最新動向が紹介された。この改正NPO法が施行されると、特定の条件を満たした「認定NPO法人」というカテゴリの団体に寄付を行った者は税金の控除を受けられるようになる。つまり、人々がより寄付をしやすくなると同時に、それまで国に納めていた税金の一部を自ら選んだNPOに渡せるようになるのである。会場からは、この新しい寄付税制についてや「認定NPO法人」になるためには具体的にどうすればいいのかという点に、強い関心が寄せられた。また、実際の資金調達の先進例として、インターネット寄付や企業連携の使い方が分かりやすく紹介され、ドナーの関心を集めるヒントが多く提供された。

 また2日目には、資金獲得のためにNPO・NGOの魅力を高める方策について、それぞれ経営と広報という視点を持った2人の専門家から講演が行われた。どんなに良い活動をしていても伝える方法が不十分であれば誰にも伝わらないし、ドナーに活動の魅力を訴えることもできないという話が印象的であった。

 これらの講演と前後して行われたワークショップでは、参加者がグループになってお互いの団体の情報交換をしながら、実践的な資金調達のアクションプラン作りに向けて活発な議論を展開した。写真のように、多様な活動をしている他団体とともに模造紙の上にアイデアを展開しながら、楽しく作業を進めることができた。

 日程を通して、「資金調達の機会は拡大している」「工夫すれば資金は取れる」という講演者のポジティブなメッセージと、「資金を取りたいが、なかなかうまく取れてこなかった」という参加者のニーズが噛み合い、熱い議論が繰り広げられていた。ふだん限られたリソースの中で資金獲得に悩んでいるNPO・NGOにとって、このように悩みを他団体と共有して、手法のヒントをまとまって得られる貴重な機会となった。

模造紙でブレインストーミングを行った。

【筆者】石井 晋平(ISHII, Shimpei) / NPO法人 東アジア環境情報発伝所(East Asia Environmental Information Center) / 寄稿 /  [J11122301J]
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“NGOと企業、垣根を超えた交流”セミナーが北京市で開催

企業と共同で、社会の持続的発展に関わる問題解決に向けて、可能性を探った。

北京市 2011年11月24日から26日にかけて、中国国際民間組織促進会(CANGO)が、商道縦横、中国企業社会責任指南(CCM)と共同で、北京市において“NGOと企業、垣根を超えた交流“をテーマとするセミナーを開催した。 ”和諧社会:中国のNGOと企業の協力”プロジェクトの一環として開かれたこのセミナーは、NGOに対して、企業、そして企業の社会的責任に関する基礎的知識、ノウハウなどを提供。さらに企業と共同で、社会の持続的発展に関わる問題解決に向け、可能性を探ろうというものだ。環友科学技術研究センターでは、グリーンチョイスとごみ調査のプロジェクトを担当している呉東建と趙麗媛がこのセミナーに参加した。

 今回のセミナーにはCSRの分野で中国でも著名な専門家が講師を担当し、企業の社会的責任をテーマに講演を行った。セミナーは3日間にわたり、“企業と企業の社会的責任(CSR)に関する基礎的知識”、“企業によるサプライチェーン、そして地域コミュニティのなかで果たすべきNGOの役割”、“NGOと企業とのCSRにおける協力”が主な内容。NGOが様々なプロジェクトを進めていく上で、各種多様の企業・政府部門と関わることになるが、往々にして様々な矛盾が起こりやすい。従って、NGOと企業との交流をテーマにしたセミナーは、どのNGOにとっても、時節を得た、必要なものといえる。セミナーでは、各NGOの代表が非常に強い関心を持って耳を傾けていた。多くの参加者が積極的に発言し、議論し、会場は白熱した雰囲気に包まれた。対話性を深めるために、講師はゲームを企画。参加者はゲームを通じて、より理解を深めていった。

 セミナーでは、環境NGOにより2回にわたり開かれたアップル社に関する記者発表会についても取り上げられていた。会場では講師と参加者がアップル社の責任について、複数に分かれて討論を開始。グリーンチョイス・アライアンス(緑色選択連盟)とアップル社における協力の可能性を探った。環友科学技術研究センターはアライアンスの主要な発起人として、プロジェクトの担当者がアップル社の事例に関する参加者の討論結果を把握。メンバーによる議論は、環友科学技術研究センターとアライアンスの今後に新たな思想、方法をもたらすことになるだろう。

 3日間のセミナー日程は非常に濃いもので、参加者は講師から多くのものを学んだ。さらにNGO同士の交流も進み、今後の活動に向けて大きな礎を築き、多くの友人も得ることができた。参加者は名残惜しくも、セミナーは成功裏に閉幕を迎えた。

【筆者】趙 麗媛 / 環友科学技術研究センター(EnviroFriends Institute of Environmental Science and Technology) / 投稿 /  [C11113001J]
【翻訳】中文和訳チームB班  畦田 和弘]]>

「2011年中国環境NGO持続可能な発展年次大会」開催が間近に

年次大会が2011年11月6・7日に広州市の東山賓館で開催される。

中国全土 「中国環境NGO持続可能な発展年次大会(以降、「年会」と表記)」は2006年から毎年開催され、今回は6回目の開催を迎える。例年、年会は中国全国人民大会、全国政治協商会議、民政部、外交部、商務部等多くの部門と委員会に支援され、中国内外の環境NGOの幅広い参画を受け、メディアにおいても肯定的な報道がなされてきた。5回目の年会では、「いかにNGOの優位性を発揮し、市民の力の環境保護に集中させるか」、「省エネ・排出削減による低炭素経済の推進」、「生態文明の推進と環境負荷の少ない社会建設」、「気候変動への対応と市民参加」等の議題について深く討論し、中国の環境NGOの健全な発展に推進力をもたらした。

 今年は、第12次五カ年計画(以下「十二五」、2011-2015年)の始まりの年であり、経済発展モデルのあり方を変えるにあたって要となる時期でもある。中国の「十二五」環境保護計画省エネ排出削減政策方針を中心として、市民参加を推進し、積極的に省エネ・排出削減を促進し、環境負荷の少ない発展戦略を推進する。年会は、2011年11月6・7日に広州市の東山賓館で開かれる。中国国内の環境NGO代表、NGO研究を専門とする学者、環境保護事業を支援する各界の人材と環境ボランティア、海外環境NGOの在中国代表、そして中国におけるNGOの発展に興味を持つ団体の代表、及びメディア関係者など約300名が参加する。

 年会はメインフォーラムと4つのサブフォーラムに分かれ、環友科学技術研究センター・公衆環境研究センターは、6日午後に環友科学技術研究センター主任の李力が主催する「企業のサプライチェーン管理は省エネ排出削減の要」を担当する。このフォーラムのテーマは、企業が経済と社会の発展に対し大きな影響力を持っていると同時に汚染管理の主体であるという事。そして、大部分の環境汚染事故は企業が環境に関する責任を全うしていないがために発生したものであるという事だ。企業は社会に環境コストを転嫁する権利も持っていなければ、環境法規に違反する権利も持っていない。

 環境NGOが企業の汚染管理を監督するに当たって、いくつかの著名な企業のサプライチェーンにおいても深刻な汚染排出が見受けられた。企業がいかにサプライチェーンを管理し、経済発展において環境保護の両立を追及し、いかに省エネ排出削減を確実なものにするか、というのは最近よく話題となる。

 このフォーラムでは、サプライチェーンマネジメントを効果的に行なっている企業と、それを評価する第三者団体を招き、技術的な問題についてNGOと対話を行う。また、関連団体を招きグリーン・チョイスの事例の中からサプライチェーンの各段階での分析評価を行い、同時に特に日本の東アジア環境情報発伝所代表を招き、グリーン・チョイス・アライアンスとの協力で日本企業の改善を行った案件を紹介する。企業がサプライチェーンマネジメントを行い、企業のグリーン生産・経済発展モデルの変革・省エネ排出削減を実現する事を期待する。

 同フォーラムは三部に分けて進行する。第一部は、「商道縦横」の安嘉理氏が「国際サプライチェーン管理の経験」を紹介し、公衆環境研究センターの王晶晶が「エコチャレンジとグリーンチョイス」について紹介する。第二部は、主としてナイキアジア地区環境健康安全経理の丘豊梅氏が「ブランド企業によるサプライチェーンマネジメント」という基調講演を行い、高達公司環境安全顧問林恵嫺氏が「いかに第三者評価を行うか」についての基調講演を行う。第三部は「哭墳」という演劇で始まり、芸術的表現により環境NGO、環境汚染被害者の汚染企業に対する憤り、厳しい非難、企業が社会的責任を履行する事への切望を表現し、汚染企業が汚染排出を止め、環境負荷の少ない企業になっていく将来性に思いを馳せたい。

 特に会議への参加と基調講演をお願いした日本の東アジア環境情報発伝所の理事、冨田行一氏には「グリーン・チョイスを推進するために―日本企業の状況の紹介」をテーマとして、日本の環境NGOと中国環境NGOのグリーン・チョイス・アライアンスにおける協力、中国の日系企業の汚染状況とサプライチェーン・マネジメント等の問題、これら企業の日本本社との意思疎通および企業の改善状況監督等について紹介してもらう。最後に参加者全員でロールプレイを行い、有名企業のサプライチェーンにおける汚染において、利害関係者がどのように問題を解決するかをシミュレーションし、フォーラムはクライマックスを迎える。

【筆者】李 力(LI, Li) / 環友科学技術研究センター(EnviroFriends Institute of Environmental Science and Technology) / 寄稿 /  [C11110202J]
【翻訳】中文和訳チームB班 額田拓]]>

東日本大震災被災地訪問(2)

大自然のエネルギーがどれほど巨大なのか、私たちには想像し難い。

宮城 宮城県に向かう道中、最も多く目にしたのは水田だった。稲穂はまさに実りつつあり、マスクを付けた人や仰々しいいでたちの人はいなかった。ただ時折、屋根にブルーシートをかけられた家があった。地震のときに壊れたのだ。それでも、人々は静かに和やかに暮らしていると感じられた。しかし、車が海辺に近づくにつれ、道沿いの家のようすは恐ろしいものに変わっていった。「十室九空」(訳注:人々が大量死もしくは逃亡したあとの荒涼とした様子)という言葉が頭に浮かんだ。それらの家はすでに打ち捨てられ、崩れ落ち、1階は津波に流され、2階だけになった家もあった。

 伊勢さんは、山元町立山下第二小学校へ私たちを案内してくれた。人っ子一人いないホールに佇み、今はまさに新学期であることに思い至り、もとはあまり好きではなかった学校の騒がしさを強烈に懐かしく思った。学校の騒がしさこそが、学校のあるべき正常な状態であることを、今初めて意識したのだった。学校は、幼い、喜びに満ちた生命が集まる場所。しかし私たちの目の前にあるのは、生命のない、廃棄された建造物だった。

 それでも私は、生徒と先生たちの日々のさまざまな名残を見つけた。階段には、1段目にりんごが1つ、2段目には2つ、3段目には3つ、描かれていた。10段目には10個で1箱になり、それからまたりんごが11個、12個・・・・・・。先生たちはなんと細やかな心配りで数というものを教えていたことか!教室内に掛けられていた時計の針は、津波が発生した時刻14時46分で止まっていた。これを見た人は誰でも無言の恐ろしさ感じるだろう。  

 2階のベランダで、伊勢さんは程近い海辺の防波堤と高い木の茂る林を指差して言った。「ここの人たちは防波堤の内側に沢山の木を植えました。木は大きく育って、美しい風景を作り出し、養老院がここに建てられたのです。あのきれいな色の平屋が養老院です。そこで暮らしていたお年寄りと、美しい風景に引かれて休暇を過ごしに訪れていた若い人たちは、ほとんど津波に呑まれました」。伊勢さんによれば、この地は1000年前にも津波に襲われていたが、人々はその記憶をとうの昔に忘れ、次第に海の近くに住むようになっていった・・・・・。大自然は再び、無情なやり方で人々を戒めた。この大災害ののち、このあたりの海辺は、すでに居住禁止となった。人々は海がその威力を示したときのために、海辺から一定程度の土地を明け渡すことになるだろう。

 もし伊勢さんの説明がなければ、私はこれがマンホールだとは、永遠にわからなかっただろう!地震により、こんな高さまで地面から浮き上ったしまったのだ。マンホールが壊れてしまったため、住民たちは下水道が使えない。全てが修復されるまでには、6年の歳月が必要だという。時間がかかるわけは、工事が大規模という理由だけではない。より重要な理由は、被災地の労働力不足だ。修理が必要な家や墓地が多すぎて、いつまで待てば順番が回ってくるのか、誰にもわからない。被災地の生活再建には、長い時間がかかるだろう。そしてそれは、私たちには想像もできないような困難に満ちたものとなるだろう。

 被災地での2日目、伊勢さんは私たちを松島市の民間の高齢者グループホームに連れていってくれた。はじめて被災地の一般家庭にお邪魔したのだ。理事長の伊藤寿美子さんは、玄関の上部を指差し、この高さまで津波の水が来たのだと語った。その日は、一日中そうやって水が来た高さを見る動作を繰り返し、時には2階においても同じように上を見上げた。そこからも、津波がやってきたときの恐ろしさを知ることができた。しかしながら、実際にそこに身をおいていた人々、特に高齢の入居者は、どのように耐えたのか。

 伊藤さんは言う。ここには34人の入居者と、ほぼ同じ数のスタッフがいた。地震発生後、伊藤さんは学校に孫を迎えにいこうとしたら、門の外に波が迫っていたのですぐに逃げた。地面より高くなっている鉄道の線路が第二の防波堤となって、彼女たちを救ってくれたのだ。しかし目の前の水の中に流されてきた人を見つけても、助けることができなかった。自分も恐ろしい思いをしたのに、人からも責められる。生き残っただけでも大変だったのに、災害後の生活はさらに厳しい。3回の余震からも生き延びた入居者たちの表情は疲れ果て、無表情になっていた。

 つらい経験をした彼らは夜もよく眠れないという。伊藤さんは入居者たちの様子に胸を痛めるが、今はまだ、経営者として、より安全な住処と基本的な食事の確保などの具体的な仕事に心血を注いでいる。今の辛さをあまり話したくないのか、伊藤さんは私たちに沢山のアルバムや切抜き帳を見せた。そこには、災害発生後4日間の生活が細かく記録されていた。たとえば、壊れたグループホームが、全国から集まったボランティアにより段々と修復されていく様子。毎日違う人が作業をし、少しずつきれいになっていく。しかし、ここが今でも修復中であることは、容易に見出せる。たとえば私たちが座って話しをしているこの大きなテーブルは、それぞれ違ったデザインの4つのテーブルをくっつけたものだ。私はそれぞれどこから来たものなのか、もとの家はなくなってしまったのか、とは聞かなかった。となりの部屋は、屋根の下に木の枠組みがあるだけで、床板がなく、地面が見えていた。修理の順番待ちなのだ。

 ある部屋はあきらかに入居者の部屋だったとわかったが、車椅子がまとめて置かれていた。2階には、ボランティアたちが泊まっていた。入居者たちは現在、ホームの向かいにある伊藤さんの息子さんの家で暮らしている。将来大地震が来ると言われていた中、昨年新築したその家は非常に堅牢に作られており、土台は地面より80センチ高い。私たちが伺ったとき、みなさんのほとんどは大きなテーブルを囲んで座り、手工芸をしていた。隣にいたお年寄りには、ひとりの専従スタッフがついて世話していた。みなさんは私たちを歌でもてなしてくれた。歌詞は中国の養生の歌のようなものだった。

 家の前の庭には、草花が大いに茂っていたことに私は殊更興味をひかれた。さまざまな大きさと色合いの花は、人々に生活を再建するという希望を与え、大災害のあとの傷つきやすい心の慰めとなっただろう。最も印象深かったのは、伊藤さんだ。彼女は、自分はお年寄りの世話をする仕事が好きなのだと言う。伊藤さんが無事に災害後の生活を切り抜け、できるだけ早く再建を果たされるよう、遠い北京からお祈り申し上げる。

【筆者】康 雪(KANG, Xue) / 自然の友(Friends of Nature) / 寄稿 /  [C11092801J]
【翻訳】中文和訳チームC班 松江直子]]>

東日本大震災被災地訪問(1)

短時間ではあったが、そこで見聞きしたことは深く脳裏に刻まれ、多くのことを考えさせられ、私たちに行動を起こさせた。

宮城 日本での“東アジア気候フォーラム”に参加した折、李力と私はフォーラム終了後、東北の被災地である宮城県へ赴き、2日間の視察を行った。短時間ではあったが、そこで見聞きしたことは深く脳裏に刻まれ、多くのことを考えさせられ、私たちに行動を起こさせた。

 9月4日午前、東アジア環境情報発伝所のボランティアである通訳の洪石峰を伴い、私たちは東北行きの新幹線に乗った。地震の後、放射能漏れにより有名になった福島を通過する時、窓の外の世界には何も変わったことを見出すことはできなかった。空にも、建物にも、あぜ道にも…。ただ、私の鞄の中には一枚の紙が入っている。それには北京を離れる時に新華社が発表した福島の放射能の指標に関する最新の報道が印刷されており、それは私たちにそこに確かに存在する危険を示していた。

 70歳の伊勢さんはすでに目的地の宮城県白石市の駅で待っていた。彼は、長年環境教育に携わっている李力の友人である。地震が発生した時、伊勢さんはちょうど中国にいて環境教育活動に参加しており、家にいる夫人とペット、家のことなどをしきりに心配していたことを私はお会いする前に知っていた。やっと故郷に戻った後も、彼は夫人を家に置いたまま、2ヶ月間ずっと災害ボランティアとして活動していた。その伊勢さんのご尽力により、私たちは今回の訪問を実現することができた。地元の名物である短い麺をいただいた後、伊勢さんは車で私たちをボランティアの活動拠点に連れて行ってくれた。

 白石市山元町の災害対策本部。地震によって倒壊の危険があると判断されたため、山元町役場はすでに無人となっていた。門の前の広場には臨時のJRの駅があるものの、地震と津波によって線路が損傷を受けたためにJRは運休しており、現在は電車の代わりにJRバスが運行している。駐車場に止まっている車には、全て“山元町災害福祉協議会”・“災害復興支援”などの文字が書かれており、ここで活動を行っている人々は皆、災害復興業務に関わっている人々であるということを表している。屋外に設置されたテントでは、ボランティアたちが物資を整理したり配ったりしていた。私たちが主に見学したのは、ボランティア達による写真整理業務である。

 写真整理をしているボランティアの溝口佑爾さんは、私たちにそれらの写真がどこから来たかを教えてくれた。彼は京都大学のIT専攻の大学院生であり、4月下旬からボランティアとしてここで活動している。これまで心血を注いで来た被災地の写真の整理を諦めることができず、新学期が始まってからもここに留まりボランティアを続けている。彼の左腕の腕章には「日本社会情報学会」と書かれている。この業務はすでに経済的な援助を受けた研究活動となっており、彼は自分の持っているIT技術を、思い出の保存と未来への展望に生かしたいと望んでいる。彼らは辛抱強く念入りに自衛隊が集めて来た写真を洗浄・分類・コピーしてパソコンに入力、人々が検索できるようにし、写真は持ち主に引き取られるのを待っている。あるとき、災害時に妻と娘を失い、遺体をまだ見つけることができないという男性がここで家族の写真を見つけた。“これで妻と娘の墓参りをすることができる”と言ったこの男性の言葉を聞き、溝口さんは、この人はこの写真をきっかけに、前向きに一歩前進することができたのだと感じた。また、(かなり痛んだ)一枚の写真は、人物の腕だけが残るのみだったが、それでも持ち帰る人がいた。この時、溝口さんは大きな衝撃を受け、自分の活動には大きな意義があると感じた。

 ちょうど私たちがそこで見学をしているとき、二人の人物が何冊かのアルバムを引き取るのを見ることができた。地震と津波から半年も過ぎてからである!何冊かのアルバムの中身は、全部結婚式の写真だった。その時、私たちはこの一家のために祈り、溝口さんと彼の仲間たちの苦労が報われたと感じた。これらの名前もわからず、もしかしたら永遠に誰にも引き取られて行かない膨大な量の写真を手に取り、私たちは溝口さんとその仲間達のここでの活動の理由と、これらの洗浄された写真に記録された持ち主のかつての喜びや成長、栄光や幸福などを感じ取った。そして私は心の中で、写真に写っている鮮やかな命、彼らはまだ存在するのだろうか?と人知れず思った。そして写真というものが持つ意義に対し、新しい認識さえ得るに至った。人の生活や命の営みにおいて、写真は記憶に等しく、記憶は命に等しいのだ。

 当然、思い出は写真の中だけにあるわけではない。大きな棚の中には、多くの回収された物品が保管されている。半年を過ぎても、未だ引き取り手のないさまざまなものがある。小学生のランドセル・テニスラケット・トロフィー・東北地区の名産であるこけし・位牌や財布など。財布は拾われた時には空だった!と溝口さんは語った。人間の別な一面が、ここから垣間見える。

 伊勢さんの案内により、私たちは思いがけず一つの部屋に入ることができた。ここは当地の特産品であるりんごの名前をつけた、震災後10日で放送開始した“りんごラジオ”放送局である!運よく、私たちは目の前で彼らの生放送の様子を見ることができた。自分も放送に携わっているため、私はラジオ放送局に対し、人一倍親近感を持っている。確かにここは私が訪れた中では最も小さなラジオ放送局ではあるが、だからこそ、本来なら退職した後、この地で老後を楽しんで暮らしているはずであった高橋厚さんと彼の同僚に深く敬意を表す。彼らの活動から、人々は皆、自身の長所を生かして他人を助けることができるということを知ることができた。この狭い空間の中で、この数ヶ月の苦しい歳月の中、彼らはどのような奇跡を起こし、被災地の人々を慰め、鼓舞して来たのだろうか?彼らの活動を邪魔することを恐れ、私たちは多くを聞くことができなかったが、壁に貼られたたくさんの写真やメッセージからそのいくつかを感じることができた。私はラジオ放送局のために贈り物を持って来なかったことを大変残念に思った。また機会を得て、彼らのために何か協力できることを望んでいる。

【筆者】康 雪(KAN, Xue) / 自然の友(Friends of Nature) / 寄稿 /  [C11092102J]
【翻訳】中文日訳チームC班 富川玲子]]>

都市国家シンガポールの廃棄物事情

より高いリサイクル率をめざして

東アジア2011年7月21日~24日、アジア3R推進市民ネットワークの調査でシンガポールに行ってきました。期間中、シンガポール環境協議会(Singapore Environment Council、略称SEC)と環境省にあたるシ ンガポール水資源環境庁(National Environment Agency)の廃棄物管理部門を訪問して来ました。

 シンガポールは人口500万(外務省2010年)の島国、国土面積は710平方キロメートルで東京23区とほぼ同じです。1970年から2010年までの40年間で人口は2倍になりましたが、ごみの発生量は6倍と急増し、2010年のごみ排出量は276万トンに達しています。1979年以前はすべてのごみが埋立処分されましたが、1979年から使用していた内陸の処分場が1999年には満杯になりました。そこで1999年4月1日からはセマカウ島(Pulau Semakau)最終処 分場を使い始めました。これが現在シンガポールにおける唯一の最終処分場で、このままでは今後25年~35年で最後の最終処分場も満杯になります。

 シンガポール政府は、廃棄物の減量を目指し126の企業と自発的な協定を結ぶことにより過剰包装問題に取り組んだり、スーパーなどにマイバッグキャンペンを呼びかけています。2010年の廃棄物リサイクル率が58%ですが、2020年には60%、2030年には70%という高い目標を掲げています。街を歩けば、様々なデザインのカラフルなごみ箱を目にすることができますが、全国で4260個も設置されています。住宅区にはリサイクルセンターを設け、紙、缶、ガラス容器、プラスチックボトル、古着などの回収を行っています。リサイクルされない廃棄物は焼却処理されますが、焼却熱はシンガポール電力使用量の2%を占めています。

 3Rへの取組としては、7月1日から「ホテルにおける3Rプログラム」を開始し、ホテルの部屋にリサイクルボックス置いたり、紙の両面利用及びリサイクル、廃油からの石けん作りなどを進めています。2016年までにシンガポールホテル協会の全加盟ホテルで実施することを目標としています。

 NGOの取組としては、シンガポール環境協議会が古着によるスリッパ作り、使用済みガラス瓶を活用したテラリウム作りなどリユース活動の以外に、SEAA(Singapore Environmental Achievement Award)、SGAA (Schools’ Green Audit Award)など環境を重視している企業や学校への表彰活動、グリーンラベル、エコオフィス事業などを進めています。子どもや学生向けの環境教育が非常に重視され、化石燃料を使わないエコカーレースG1(2011年9月実施予定)など面白いプログラムの開発にも取り組んでいます。

 ちょうど滞在中SGAA受賞の中学校の環境クラブメンバーによる展示活動に出会い、学生にテラリウム作りを説明してもらいましたが、その伝わる熱意に本当に驚きました。逆に3Rについて質問したら、ちゃんと回答もしてくれましたので、改めて環境教育の力を生で感じましました。このような子どもたちが担うこれからのシンガポールを楽しみにしたいと思います。

(関連URL)
・シンガポール環境協議会
 http://www.sec.org.sg/

・シンガポール水資源環境庁(National Environment Agency)
 http://app2.nea.gov.sg/

カラフルなゴミ箱


町で出会った環境クラブの学生たち

【筆者】朴梅花(Piao Meihua) / 東アジア環境情報発伝所 / 転載 /  [J11080502J]
【翻訳】]]>

(13)Family ~ブログJKTSより~

岩手にもたくさんの『Family』がいるよ

岩手22日

私たちがここにいるのも明日がラストになりました。もうすっかり家族です。

 この震災で家族を失った人たちをたくさん見てきたけど、家族って血が繋がってる人だけじゃなく一緒に涙を流せたり心に少しでも寄り添ったならもう「家族」って言っちゃっていいんじゃないかな。

 だから私は避難所や病院や救護所で関わったみなさんを本当の家族のように思いながら毎日接してきました。

 相変わらずまだお風呂に入れない状況。

 今日は天気も悪いから仮設住宅を建ててる建設業の方たちも交代で避難所をのぞきに来てくれてどこか不備がないか見回ってくれました。

 医療チームで何かお土産を置いていけないか考えて建設業の方にも協力してもらい、足湯だけでも出来ないかという話に。

 建設業の方たちも即OKをくれて材料で流しそうめん並みのたくさんの人が使えそうなのをあっという間に作ってくれました。

 水が出ないから給水車まで行って水をみんなで運んで焚き火の火やコンロで湯を沸かす。

 避難所のみんなを呼びに行き、足湯を見せると『えぇーっ』とびっくりした様子。

 みんなで一列に並んで足湯をすると、一気に笑顔でした。

 あんまりあったかいお湯じゃなかったけど喜んでもらえて良かった。

 嬉しくて足湯なのにそのお湯で顔を洗っちゃったおじいさんもいました。

 『これみんなの足を洗ったお湯ですよ~(笑)!』って言ったら『いいんだよ、みんな家族みたいなものだ』と。

 みんなも家族みたいって思っていたんだなぁって嬉しかったです。

 またみんなの笑顔に励まされてしまいました。

 足がずっとぽかぽかだよって言ってぐっすり眠りについたみんなを見て、自分が出来るちっぽけなことがなんだか嬉しくてずっと泣いていました。

 ずっとここにいたいけどそう思えるのは私には戻る場所があるからですよね。

 実際滞在延期を申請したけど、これ以上いたら医療チームが体調崩すのは明確だから一旦戻るべきと反対されてしまいました。

 避難されてる方は一刻も早くここを出たいはずですよね。

 気持ちはあたたかいけど体育館はとても寒い。

 早くみんなの住むところが確保されることを願います。

 でもこんなふうに思える出逢いをずっと大切にしたいです。

 ここでの仕事は私自身の考えや今後を大きく変えたと思います。

 岩手にもたくさんの『Family』がいるよって胸を張って言おうと思います。

追伸:自衛隊の方がとなりの市にテントのお風呂を作ってくれました!
1日数人限定ですがやっと避難所のみんながお風呂に入れる機会ができました!!
さっぱりして帰ってくる笑顔を見て嬉しくなりました。

【筆者】JKTS / (個人) / JKTSブログより転載 /  [J11072902J]
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68の動物保護団体が“鳥の巣“で開かれるロデオ・パフォーマンスに抗議

現在複数の動物保護団体と話し合いを進めており、仮にパフォーマンス中に虐待が認められるならば、公演中止の可能性も排除しないとした。

北京市10月初め、2011年米中文化交流の目玉イベントとして“Rodeo China、アメリカ西部のロデオ公演”が鳥の巣(北京国家体育場)で開かれる。

しかし7月8日、68に上る中国の動物保護団体の代表らがアメリカ側の主催者代表と話し合いを持ち、公演の中止を申し入れた。7月15日、動物保護団体は会見を開き、200以上の映像を用いて、ロデオ競技が動物をいかに痛めつけているかについて、主張を展開した。

昨日の中国側の主催者によると、現在複数の動物保護団体と話し合いを進めており、仮にパフォーマンス中に虐待が認められるならば、公演中止の可能性も排除しないとした。

68の動物保護団体が共同で抗議

4月に“Rodeo China、アメリカ西部のロデオ公演”が動き出した。これは10月3日から10日かけて、“鳥の巣”で計8日間にわたり開かれるアメリカ西部のロデオ競技会であり、ブル・ライディング(暴れている牛に乗る)、チーム・ローピング(逃げる子牛の頭と後ろ脚にロープをかける)、バレル・レーシング(3つの樽を馬で走り抜ける)などの伝統的なロデオ競技がみられるという。競技で使われる動物たちは来月にも北京に来るとみられていた。

こうしたなか、首都動物愛護協会、ACTAsia for Animals、深セン野良犬宿場などの68に上る中国の動物保護団体が、2011年の米中文化交流の目玉イベントとしてロデオが国慶節期間中に公演されることは、マイナスの影響をもたらすと指摘した。子どもたちが動物を単なる“モノ”であり、人間が好き放題にできるというように勘違いする恐れがあるためだ。

“私たちはこれらの粗暴な文化が中国に流入することを拒否する“と動物保護団体は語る。“Rodeo China、アメリカ西部のロデオ公演”の主催者は米中双方ともに、ロデオの残酷な本質、さらにこれにより引き起こしうる重大な結果を考慮するべきであり、計画は最終的に中止するべきだというのだ。

これらの動物保護団体によると、アメリカ側は中国政府に対して、電気ショック、チーム・ローピングなどロデオで頻繁にみられる行為が動物たちに深刻な傷をもたらすことを意図的に隠しており、これに関する明確な証拠も持っているという。もしも中止が受け入れられないならば、中国側のメディア、並びに動物保護の関係者による動物に対する全面的な調査、調査結果の徹底的な開示を認めると同時に、公演後の対応策を市民に示すように、主催者側に要求するとしている。さらに公演の広告にも18歳以下の未成年の入場禁止を明記するように求めている。

アメリカ側代表、公演中止はあり得ない

7月8日に行われた双方の話し合いの席上、2011年米中文化交流プロジェクト実行委員会の米国側代表は、映像、ネットなどの資料を引用し、ロデオ競技はアメリカでは広く認知されたスポーツであり、動物虐待にはあたらないという立場だ。米国側代表は、拍車でもって腹部に刺激を与えているので、動物を傷つけてはいないと主張した。

一方で、米国側代表は中国の動物保護団体の意見に耳を傾ける考えを示すと同時に、ロデオが動物虐待のスポーツと決めつけられ、公演が停止に追い込まれることだけは希望しないと伝えた。中国の人々が公演期間中に動物の調査に訪れることを歓迎するという。彼らは“ロデオが動物虐待につながるという主張に何の根拠もない”という。

中国側主催者も調査を歓迎

そして昨日、中国側主催者の一つである中国国際友好城市連合会の秘書長を務める李利国氏がこれに続いた。この活動は“2011年米中文化交流の重要プロジェクト”であり、政府の支援を得て、民間で行われるものだ。今回、動物保護団体の抗議が出た後に、中国側主催者はかれらと話し合いを持ったほか、北京市政府に対して報告も行ったという。

李利国氏はいう。アメリカの動物保護は一歩一歩、改善し、発展してきた歴史を持つ。動物保護団体の抗議はいくらか時代遅れの、昔の話であり、今回の公演をあまりにも極端に見過ぎていると。

“我々も民間団体による監督を歓迎する。しかし彼らには理性的にみてもらいたいし、極端にもなってほしくない”と李氏はいう。ロデオの例のように、仮に中国側が虐待の存在を確認できたならば、公演中止の可能性も排除しない。中国側はアメリカ側との間で問題がないかどうか確認をとっている。現時点でいうと、アメリカ側の公演で用いられる動物に対する配慮は十分なものであるという。

【筆者】新京報:王ソウ拉,儲芸 / 環友科学技術研究センター / 転載 /  [C11072002J]
【翻訳】畦田 和弘]]>

(12)人の立場に立つ ~ブログJKTSより~

自分もつらい時に他の人の奇跡を喜んでいて、ますますここの素敵な優しいみんなの幸せを心から願い、信じました

宮城21日

今日は三陸の病院へヘルプに。

震災から10日が過ぎてそろそろ気をはっていた人たちも気力の限界だったのでしょう。

かなりの数のかたが体調不良を訴えて受診しにきました。

突然の災害、寒い毎日、固い床、プライバシーのない生活、見えない明日、

体調崩すのは当たり前の状況です。

被災から逃れたのに避難所で体調を崩して入院していた高齢者が今日も亡くなりました。

毎日たくさんの遺体を嫌というほど見ても人が亡くなるということは決して慣れることはありません。

巡視で回ったときにただ眠っている人を見ただけでも生きてる?って思うくらい、トラウマになってしまいました。

今日は適切な医療の限界から患者さんたちを盛岡や県外の病院へ転院のお手伝いもしました。

医療器具が届いたのにこういう転院はやっぱり悔しいけど、すべて患者さんがより良い治療を受けてもらうためだと言い聞かせて家族と一緒に見送りました。

今日はいつもとは別の避難所になっている公民館へ。

胃腸炎になっている方が多いと聞いていたので点滴と消毒を多めに持って行ったけどそれでもギリギリのストックでした。

その避難所でベイスターズのジャンパーを着ているおじさんにも会いました。
着のみ着のまま逃げてきた中、薄いベイスターズのジャンパーを着ているなんて普段から愛用しているファンなんだろうなぁと思い、話し掛けると「大洋の頃から大好き!横浜も俺の人生も仕切りなおしだ」と。

プロ野球の開催についても大揉めしているけどこうして楽しみに待っているファンもいるという事実。

またみんなが好きなグループのコンサートやスポーツ観戦に行って心から笑顔になれる時間も来たらいいなと思いました。

これらは優先順位からいうとかなり後になるかな。

帰る家があって、あったかいお布団とお風呂があって、話を聞いてくれる家族がいて、そういう生活が基盤にあってこそ娯楽が楽しめるんだなと。

津波の恐怖や、これからの不安な気持ち、大切な人とまだ連絡がとれていない今、そこにいる避難生活をしているみんなが不安や恐怖や今後についても話してくれました。

明日のことを考える余裕がない、10分先、今日の夜をどう過ごすか、寒くないかって考えるだけで精一杯と。

こんなふうにとにかく誰かに話す相手をもっと増やしてほしいです。

支援物資も日がたつにつれ、必要なものが変わってきたと思います。

そろそろ本や将棋やゲーム、そういう自分の癒しをしてもいい時だと思う。

だってみんなギリギリ踏ん張っているから。
そろそろ張り詰めた糸をゆるめないと。

避難所では昨日9日ぶりに気仙沼で二名の生存者救出の新聞の記事に感動に包まれていました。

自分もつらい時に他の人の奇跡を喜んでいて、ますますここの素敵な優しいみんなの幸せを心から願い、信じました。

【筆者】JKTS / (個人) / JKTSブログより転載 /  [J11071503J]
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