モンゴル環境NGO事情

内蒙古自治区 10月9~13日まで、モンゴルを訪問した。観光が目的だったが、今年8月に韓国で開かれたシンポジウム「再生可能エネルギーと平和・アジア地域会議」に共に参加したモンゴルの環境NGO「MNEC(Mongolian Nature and Environment Consortium)http://www.mnec.org.mn/」の代表 M.Badarch(バダルチ) 氏と再会し、環境NGO事情について知ることができた。

 MNECは、モンゴル国内の自然保護や環境保全のNGO十数団体によって構成される組織で、事務所は、首都ウランバートル市内の東、エンフタイワン(平和) 通りにある新築マンションの一室にある。事務所は賃貸ではなく購入したものだが、まだ引っ越してきたばかりで、什器も十分整っておらず、デスクもすわりが悪そうだ。

 MNECのスタッフは10人で、うち5名は非常勤のアルバイト。海外と連携するプロジェクトが多いために、全員英語が話せるそうだ。運営経費は年間100万トゥグリグ(約11万円)とのことである。

 現在、MNECが取り組んでいるプロジェクトは、自然エネルギーの普及や貧困対策、造林、環境教育など多岐にわたり、プロジェクトごとに国際機関や政府から資金を得ている。

 彼らはこれから、学校教育を通じた子どもたちへの環境教育に力を入れたいという。水資源の大切さを訴えるために子どもが井戸で水を汲む様子をポスターにしたり、自然の大切さをテーマにした絵画コンテスト、環境に関する海外の著作の翻訳、国内の貴重な動植物を紹介するパソコン用ソフトの作成などを行ってきた。しかし、深刻な問題がある。ハードとソフト双方の不足だ。

 学校教育用のパソコン台数が少ないうえに、出版コストが割高なモンゴルでは、環境教育用の読み物の出版もままならない。パソコン用ソフトにしても、画像などの情報を集められない状態だ。MNECからは、中古パソコンの購入や出版、パソコン用ソフトの作成などに対する支援を望む声が出されると共に、国内の森林地帯やゴビ地域の自然を紹介するソフトを作り、エコ・ツーリズムと結びつけて観光客を呼び込みたいとの意見も出された。

 最後に彼らはこんな提案を出した。「これまで国際機関や欧米の資金に頼ってきたが、日本にも期待しています。そこで、スタッフの1人を日本語学習のため日本に派遣したいと考えています」。私はできるかぎりの情報提供を約束して、MNECを後にした。


MNECの代表バダルチさん(右)と筆者(中央)

【筆者】山﨑 求博(YAMAZAKI, Motohiro) / 自然エネルギー推進市民フォーラム / 寄稿 /  [J04102702J]
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2004年中国環境文化フェスティバル開幕

北京市 先進文化と生態文明の提唱を趣旨とした2004年中国環境文化フェスティバルが、10月25日夜北京航空航天大学体育館にて盛大に開幕された。2004年中国環境文化フェスティバルは、国家環境保護総局、中国共産党中央宣伝部、全国人民代表大会環境資源委員会、全国政治協商会議人口資源環境委員会、国家放送総局、共産主義青年団中央部、中国人民解放軍環境保護緑化委員会の7つの政府機関の共同主催と中国環境文化促進会によって実施される。

 国家環境保護総局副局長であり中国環境文化促進会の潘岳会長によると、今回の環境文化フェスティバルでは先進文化と生態文明の提唱を大衆に広めるため、アート的要素をふんだんに用い、中国30年来の環境保護事業の輝かしい成果や、科学の発展及び先進文化、生態文明をわかりやすく展示している。また社会に影響力の大きなアート的作品を登場させ、環境文化、生態文明を地域社会、学校社会、地方地域まで浸透させ、一般市民の環境意識をいっそう高め、全社会が積極的に環境保護事業に取り組むよう働きかけている。

 2004中国環境文化フェスティバルの期間中、大規模な総合芸術式典や、環境保護ソングコンクール、環境保護を訴えるコマーシャルビデオの放映、環境保護を主題とするHPデザインやFLASHのコンクール、グリーン中国環境保護国際フォーラム、環境保護書道美術作品展など、数多くのイベントが催される予定である。なかでも一番のビッグイベントは、“グリーン中国環境保護総合芸術式典”で、国内外の実力派が顔をそろえ、テレビを通じ、高品質の素晴らしい文芸プログラムを盛大に行うという。その際、イベントと報道をひとつに、出演者とスタッフたちをひとつに、そして会場内外をひとつにすることで、情報量を拡大し、環境保護事業の透明性と一般市民の参加を促進する。フェスティバル期間中のグリーン中国フォーラムのテーマは、“環境への共通認識と国際協力”であり、国内外の経済界、科学技術界、学術界、環境保護界、政界などの大御所を招いて討論し、中国の環境保護戦略研究に高いレベルの国際的な思想・学術・経験の交流の場を提供する。

 また、フェスティバルの開幕式では、第一回全国環境保護ソングコンクールの表彰式が行われる。これは衛星放送で全国に放送され、百近くある地方テレビ局でも同時放送される。コンクール委員会では受賞したコンクール作品を全国の多くの音楽専門局に推薦して、同時に一番人気のあった作品をMTVにおこしたくさんの都市のテレビ局で放映する予定だ。こうすることで、環境保護ソングの優秀作品が深く大衆に浸透するだろう。環境文化フェスティバル委員会主任は、国家環境保護総局の解振華局長が担当し、委員会副主任は7つの政府機関の幹部が担当し、委員会常務副主任兼秘書長は国家環境保護総局副局長潘岳が担当している。

 2004中国環境文化フェスティバルの開幕式前日、当フェスティバルに時を合わせ、中国砿業大学(北京)にて“第一回首都大学生環境文化週間”の開会式が行われた。


出典:大公ネット

【筆者】緑色北京 / 緑色北京 / 寄稿 /  [C04102701J]
【翻訳】中日翻訳ボランティアこみや]]>

「電子ごみの町」、貴嶼を訪ねる

広東省 広東省の東、練江の北岸に位置する貴嶼鎮は、毎年100万トンを超える電子廃棄物の回収・処理を行っており、世界最大の電子廃棄物分解基地といわれている。貴嶼鎮では、20の村落、300社以上の企業が電子廃棄物分解・加工にたずさわっている。そのうち、年処理量が2万トン以上の企業は10社、1000トン以上の企業は40社で、中にはピーク時の一日当たりの処理量が200トンに達するというところもある。

 貴嶼には、プラスチック・銅・鉄などの再生資源の加工・生産量が年間2万トンを超える大企業が4社ある。また5500戸近くの農家が、不定期にではあるが、手工業の工場を経営している。貴嶼鎮では80%以上の住民が電子廃棄物分解にたずさわっており、一人あたりの平均年収は1万5千元。これは全国鎮農民の平均年収の5倍にあたる。

■「ごみ」の中を歩く

 貴嶼は小さくて辺鄙な町である。広州から高速バスで5時間ほど行ったところに汕頭(スワトウ)があり、貴嶼はそこからさらに100里(5キロ)ほど離れたところにある。バスに乗り換えて国道324号線にそって延々と東に進み、狭い陳貴道路をぬけ、浮草橋を越えると、プラスチックが焦げたようなにおいが立ち込めてきた。「もう貴嶼だ」とのこと。車外には、「電子ごみ」をいっぱいに積んだ5トントラックがのろのろと進んでいった。

 貴嶼に入るとすぐに、積荷を下ろしているトラックを発見。積荷は不用になったパソコンのモニターだった。

 記者:「これらのモニターはどこから?」
 運送業者:「広州です。」
 記者:「一台にどれくらい積んでいますか?」
 運送業者:「8トン強です。」
 記者:「どれくらいのお金になりますか?」
 運送業者:「数万元でしょう。」

 この業者の話では、一日に少なくとも二台の、つまり16トン分の荷物が運ばれて来るそうだ。これらのモニターをよく見ると、三菱や東芝などの日本産のものと、タイ産のものがあった。三菱のモニターの裏側の表示を見ると、電圧は100ボルト(ヨーロッパやアメリカでは通常100ボルトを使用)と記載されており、明らかに輸入された不要電子ごみであった。

 まるで「ごみ」の中を歩くようだった。道路の両脇には廃棄物置き場、もしくはさまざまな看板を掲げた電気店がひしめいている。民家の周りに、電子廃棄物が解体されて積まれているところも少なくない。ハードディスク、ディスクドライブ、パソコンボディ、モニター、電話機、、、なんでもある。大小のトラックが電子廃棄物をのせてゆらゆらと通り過ぎていく。多くの家の前には小さな「作業場」があった-座って手作業で電子ごみを分解している労働者たちだ。
 
 ある商店の店主によると、町ではほとんどの家が「電子ごみ」分解の仕事を行っていて、多くは仕入れ、分解、加工から販売までの一貫経営であり、細かく分業し、安く大量生産しているらしい。

 川にも、道路にも面しておらず、地理的には非常に辺鄙なところにある貴嶼鎮がなぜ「世界から注目」の「電子ごみの町」になり得たのだろう?事情を調べたところ、次のようなことがわかった。貴嶼鎮は古くは農業を営んでいたのだが、くぼ地の中央に位置する深刻な冠水地区であったため、たびたび洪水や冠水に見舞われた。農作物も大きな影響を受け、農業生産にまったく保障がなかった。このためすでに解放前には、現地の大部分の農民は家族を養うために、周辺地区や遠い村落まで出て、ガチョウやアヒルの毛、豚の骨、不用になった銅やすず、プラスチック製品を仕入れてはそれぞれ転売し、手数料を得ていた。このようにして少しずつ不用物資回収の「専門集団」が作られていったのだ。

 80年代末から90年代初めになると、貴嶼は不用プラスチックや不用金属などの回収から不用電子機器の回収を行うようになり、規模は年々拡大、就労人数も増えていった。貴嶼はまたたく間に国内最大の電子廃棄物分解販売センターへと発展し、電子廃棄物回収の初歩的な産業チェーンが完成された。90年代初めには外地から不用電子機器を買い入れ、分解・加工を行うようになり、1997年から1999年には、分解量がピークに達し、「国内最大の不要電子機器分解基地」と呼ばれるようになったのである。

■19世紀のテクノロジーで21世紀のごみを処理

 貴嶼の電子廃棄物処理方法を指して、「19世紀のテクノロジーで21世紀のごみを処理している。」と言う人がいる。調べたところ、中古市場に出回るものを除き、貴嶼に入るほとんどの電子廃棄物は絶えず分解されている。プラスチック部分は、小さな粒原料に加工されるか、またはプラスチック造花になる。不用になった電子回路にはCPUやコンデンサ、極管などさまざまな部品がついており、再利用される。

 回収してきた多くの電子廃棄物からは、分解のほかにも、燃焼・酸洗浄などの方法でメッキ、すずのはんだ、銅の骨組みなどの各種金属が取り出される。コードは皮をはがしたり炙ったりして、銅を取りだす。このような分解・燃焼・酸洗浄などの過程で産出された大量の有害物質が、環境に深刻な被害をもたらしている。
 
 ある回収地点では、女性たちが丸く囲んで座りながらコードの分解作業を行っていた。コードの周囲の皮を剥き、銅芯を取り出し、分けて積み上げるという作業だ。中の一人に話を聞いた。

 記者:「どこからいらっしゃいましたか?」
 女性:「四川省です。」
 記者:「日当はいくらですか?」
 女性:「16元です。多いときは20元もらいます。」
 記者:「毎日何時間働きますか?」
 女性:「9時間です。」
 記者:「このコードはどうして分けて置いておくのですか?」
 女性:「これから燃やすんです。」
 記者:「どこで?」
 女性:「部屋の中です。」

 部屋の中からは煙がもうもうと上がり、こげた臭いが鼻を刺した。話を聞くと、以前は部屋の外で燃やしていたのだが、最近管理が厳しくなり、多くの燃焼炉は遠い郊外へ移ったという。しかし中には大胆にも燃焼炉を部屋の中に移したところもあり、外の目を警戒して、番犬まで飼っているそうだ。

 メッキ燃焼の真実の姿を見届けるため、記者はタクシーに乗った。運転手の話では、貴嶼には大規模な回路板の燃焼工場があるらしく、何度も頼み込んで、そこまで連れて行ってもらえることになった。「ここだ。」と運転手。確かに、鼻を刺す臭いは立ち込めているものの、簡単な倉庫式の入り口と、中に積まれた電子廃棄物の山しか見えなかった。「中で燃やしているから、入ればわかる。」

 記者は車を降りるとまっすぐ入り口に向かった。中に入るとさまざまなパソコン部品がつまれていた。ハードディスクや、CDディスクドライブもある。運転手の話によれば、この密閉された焼却場には、数十人が働いているにもかかわらず、数台の扇風機といくつかの換気扇しかない。しかし収入はよいので、たとえ有毒ガスが人体に危害を与えるとしても、ここで働きたいという労働者は多いらしい。

 現地の人々にとって、分解・燃焼以上に儲かるのは、硫酸で電子回路を洗浄する、つまり、電子回路上のメッキを洗い流す仕事だ。この仕事は、大量の硫酸廃水を産出することから、汚染は深刻で、現在貴嶼では厳しく禁止されている。しかし僻地では、秘密裏に行われている酸洗浄も少なくない。

 長期にわたる深刻な汚染によって、貴嶼付近の川にはにごった黒い水が流れ、悪臭が漂う。このため、貴嶼では水がとても貴重だ。貴嶼の飲料水は全て周辺の鎮から買ってきたもので、貴嶼ではたびたび水を売る車に出くわす。

 貴嶼には、河南省、四川省、湖北省などから10万人近くの労働者が集まっている。ある調査では、一年以上働くこれら労働者の80%が、さまざまな病気にかかっているという。これら出稼ぎ労働者たちは、農村での過酷な生活から逃れるため、電子廃棄物のもたらす危害を承知の上で、健康を犠牲にしてでもリスクの高い仕事をするのだという。

 「ここには、若い女性は長い間いられません。特に燃焼炉にはね。長い間いると、子供を産めなくなってしまうから。」-河南の労働者は言う。「何人か女の子がやめていって、今は広州で別な仕事をしている。女の子たちはここでは一番出入りが激しくて、普通は短期間でやめていきます。」見ると、町に貼られている多くの求人広告には、「女子工員求む」の文字が書かれていた。

【筆者】黄 喬 / パソコン商情報 広東 / パソコン商情報 広東 /  [C04102702J]
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国際湿地シンポジウム、敦賀で開催―中池見湿地のラムサール登録に弾み

福井 10月16日、17日の2日間、福井県敦賀市の敦賀短期大学で「2004国際湿地シンポジウム in 敦賀」が開かれ、全国で湿地保護に取り組んでいる人たちや一般市民など150人が参加した。

 1日目の午前中は、快晴に恵まれた中池見湿地を見学。午後から2日間にわたる「国際湿地シンポジウム」が開幕した。シンポは、英国イースト・ロンドン大学のリチャード・リンゼイ教授(国際湿地保護グループ前代表)や名執芳博・環境省自然環境局野生生物課長、小林聡史・釧路公立大学教授などをゲストスピーカーに招き、「ラムサール登録・未来への贈りもの“その役割と展望”」をテーマに、地元・中池見湿地のラムサール条約湿地登録への道筋を探った。

 リンゼイ教授は、早くから中池見湿地の泥炭層の重要性を指摘しており、この日も「見えないこと」による世界的な泥炭地の喪失の現状を話した。先進世界では、こと泥炭地となると根深い関心の低さがあると、前回の締約国会議では保護のための地球規模の行動が含まれた新しい目標が採択されたことを紹介し、保護措置の緊急性を述べた。また、名執課長は、来年の締約国会議に向けての我が国の取り組みを説明。登録湿地を現在の13カ所を22カ所以上にするための作業経過を話した。

 また、ラムサール条約事務局勤務を経験した小林教授はラムサール条約に登録される意義について、簡略にわかりやすく解説した。地域にある登録対象地を家庭の中でのおばあちゃんに例えて説明。「国際的に重要なおばあちゃん条約」があったとします。常々、普通に生活し、家族も特別に世話をしていない「おばあちゃん」がある日突然、「あなたのおばあちゃんが国際的に重要なおばあちゃんに指定されました」と通知を受けたら…何が変わると思いますか、と笑いと和やかな雰囲気の中でその意義を説いた。

 2日目は、沖縄から北海道まで各地からの参加者による現地報告があり、午後のパネルディスカッションでは、名執課長が中池見の生物多様性にふれ、条件が整えば登録可能との認識を示し、会場から大きな拍手が湧いた。その後、2日間にわたる日程の最後に中池見宣言を採択して閉幕した。

 翌日10月18日には、ゲストと関係者5人が敦賀市長と福井県副知事を表敬訪問。リンゼイ氏は、驚異的な層厚の泥炭地は希少で、さらに生物の多様性を併せ持つ中池見湿地は世界的にも稀で貴重だと述べたのに対し、市長も副知事も重要性を認識した上で、対策への前向きな姿勢を表明した。中池見湿地のラムサール条約登録への展望が開けた有意義なシンポジウム、交流となった。


快晴に恵まれての現地見学会(中池見湿地)2004.10.16

シンポ2日目のパネルディスカッション風景(敦賀短期大学)2004.10.17

シンポ翌日に河瀬敦賀市長を表敬。リンゼイ氏と握手を交わす市長(敦賀市役所)2004.10.18

【筆者】笹木 進(SASAKI, Susumu) / (NPO)ウエットランド中池見 / 寄稿 /  [J04102701J]
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国、熊本県の行政責任を認めた水俣病関西訴訟の最高裁判決

熊本 提訴から22年。いわゆる関西水俣病訴訟に対し、最高裁第2小法廷(北川弘治裁判長)は2004年10月15日、「国と熊本県はチッソを原因企業と認識できたのに排水規制せず、被害を拡大させたことは著しく不合理であり、違法である」とし、原告側に実質勝訴の判決を下すとともに、37人の原告に計7150万円の賠償を命じた。この判決により、これまで国・県が拠り所にしていた「認定基準」(1977年)の根拠が崩れた。

 しかし、環境省幹部は判決後の会見、原告団との交渉の席上、最高裁が「国の認定基準を否定したものとは考えていない」と、基準の見直しの考えがないことを頑なに表明、今回の最高裁判決が法的にはともかく、実質的な水俣病問題の終焉にはなお課題を残した。

 これに対し、細田官房長官は16日、松江市での会見で、政府部内で見直しを検討する必要性があるのではないか、と認定基準の見直しがあり得ることを示唆した。

 裁判を傍聴した支援者や有識者の多くが「厳しい判決を予想した」(宇井純・沖縄大学名誉教授)だけに、今回の判決にはこぞって「遅かったが、画期的な判決」(原田正純・熊本学園大学教授ら)と高く評価したが、一方で、原告団45人のうち8人については、排水規制が可能となった昭和59年(1984年)末以前に水俣を離れたので「国・県の不作為との因果関係がない」とし、賠償対象から除くなど“積み残し”という新たな問題も生じ、手放しで喜べないとの指摘も出ている。

 今回、関西水俣病訴訟の最高裁判決の前後の動きを取材し、「国・県の責任を認めた」と書かれた垂れ幕を見た瞬間は鳥肌が立った。2004年10月15日は永く記憶に残る日になるだろう。そして、傍聴したり待機していた多くの有識者はこぞって「画期的な判決」とか「金字塔を打ち立てた」などの高い評価を下すコメントを、群がる報道陣に発した。しかし、その2時間後の環境大臣との面談・交渉ではまたまた中央行政のしたたかさというか姑息な役人根性を目の当たりにして文字通り頭に来た。

 最高責任者の大臣が原告団に促されたとは言え、深く頭を下げ“謝罪”し、公務のため(原告団との面談は公務ではないらしい)30分(当初予定は20分だった)で退席した後のことだ。残った部長以下、環境省の面々は頑なに「認定基準の見直しは考えていない」と言い張ったのだ。最高裁判所が「国・県の責任」を明確にし、法的に固まった直後であるのに、夜9時過ぎまでの3時間半、彼らの答弁はノラリクラリで終始した。切り捨てられた8人の原告の一人の訴えも、この訴訟には直接関わっていないが、水俣からかけつけた胎児性患者の身体の奥から絞り出す訴えにも、ただ目を伏せて沈黙を守るだけ。「立場上仕方がない」との“同情論”もあったが、人間のあり方を改めて考えさせられた1日であった。

永嶋里枝弁護士(左から2人目)が「国・県の責任認める」と記した勝訴の垂れ幕を掲げると待機していた支持者から歓声と拍手が起こった=14:20、最高裁・南門で

環境相は当初渋っていたが、原告団の再三の求めに、最後に頭を深々と下げ、「申し訳ありませんでした」と謝罪した=18:06、環境省会議室で

しかし、引き続き行われた交渉では時として最高裁判決を否定するかのような答弁を繰り返し、業を煮やした初代原告団長・岩本夏義さんの長女・小笹恵さんは亡くなった父親の遺影を示しながら訴えた=18:15、環境省会議室で

【筆者】広瀬 一好(HIROSE, Kazuyoshi) / ≪環っ波≫(WaPPA/わっぱ) / ≪環っ波≫(WaPPA/わっぱ) /  [J04102001J]
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天津市薊県、非合法企業の汚染排出で、小学生が中毒

天津市 10月13日午後4時、記者はある市民からの電話通報を受けた。天津市薊県孫各庄満族郷第一民族小学校の200名あまりの小学生が、瀝青(訳者注 天然の炭化水素化合物)の気体を吸い込んだことによる中毒のため、当地の病院に運び込まれ治療を受けたという内容だった。4時50分ごろ、記者一行4人は調査のため、薊県に向け出発した。

■現場で目撃したこと: 数十名の小学生が入院

 10月13日、夜8時に薊県人民医院に到着した。小児科の6号病棟は小学生で一杯だった。みな、今回の汚染が原因と疑われる中毒による入院だ。

 薊県人民医院小児科病棟の陳宝民主任によれば、これらの子供たちは10月11日の夜8時半に人民医院に転送されてきたそうだ。はじめは4人だったが、続いて数人が運び込まれ、今現在入院しているのは15人。来た当初、子供たちの精神状態は一様に悪く、主な症状は嘔吐、頭痛、めまいだった。治療後、一部の子供たちに咳の症状や発熱、更には皮膚に発疹がある子供もいることがわかった。現在、病院では主に咳と発熱に対する治療を行っている。

■事故のあらまし: 小学生、集団で中毒症状が現れる
 
 10月11日の朝7時20分、孫各庄満族郷第一民族小学校の子供たちはいつものように、学校へ来て授業を受けていた。しかし、今日に限って教室内の様子がいつもと違うと感じていた。4年生の謝継興は当時を思い出してこう言った。「あの日の朝、教室には黒い煙が充満していて、私もむせて涙が出ました」。5年生の高陽は、「授業が始まったとたん、みなが咳き込み始め、頭痛を訴え、10数人が倒れました」と語った。

 孫各庄郷総校の陳校長によると、孫各庄満族郷第一民族小学校には、2つの学齢前クラスを含め、計265名の3歳から12歳までの児童が通っている。11日の朝、陳校長は第一民族小学校からの報告を受け、すぐに郷の幹部とともに学校に向かった。着いたのは8時30分ころだったが、工場はまだ生産をしており、郷と学校のリーダーたちは出向いて操業を停止するよう求めたが、受け入れられなかった。学校の15人の教師のうち、8人にも学生たちと同様の吐き気やめまいなどの症状が出た。学校側はただちに上級部門に報告するとともに、学生をまとめて馬伸橋医院に行かせ検査を受けるよう指示した。

■汚染の元凶: 非合法企業の違法な汚染排出
 
 今回の汚染中毒事件を起こしたと思われるのは、天津市京禹建築防水材料工貿有限公司である。きつく閉じられた門扉のすき間から、記者が見たこの工場は、ただの小さな中庭付き住宅で、作業場といってもいくつかの平屋があるのみ。設備のいくつかは屋外にあった。3本の細い鉄の煙突は、高さが7~8メートルほどで、天に向かって伸びている。工場の東側、道を挟んですぐ反対側に第一民族小学校がある。

 調査によると、京禹建築防水材料工貿有限公司は2003年8月に設立された。生産工程のひとつに、瀝青を煮詰めてフェルトを作る工程があり、炭化水素化合物の気体が発生する。当初この企業は町の西部に工場を建てるつもりで申請したが、環境保護局が汚染がひどいという理由で許可しなかった。のちにこの会社は何回も転売・下請けされ、現法人代表のゴン(龍の下に共)学棟は勝手に孫各庄郷に工場を建てて生産をはじめた。2003年の10月、環境保護局は、これを発見して行政処罰通知書を発行し、建設停止と設備の撤去、現状回復および3万元の罰金を支払うよう命じた。この後、6回にわたり検査を行ったが、生産しているところは発見されなかったものの、生産設備は全く撤去されなかった。10月10日、彼らは一晩中生産をし、翌11日は気圧が低く、煙突も8メートルしかないため排煙の拡散が進まず、小学生中毒事件の発生を招いた。

■状況は基本的に落ち着く: 一部の小学生は学校に復帰

 10月11日、薊県人民政府は、すぐにすべての小学生に馬伸橋医院での緊急検査を受けさせ、救助措置をとるよう指示したが、当日夜には、症状の重い7人を県の人民医院に転送し、救急治療を受けさせた。夜11時には天津市職業病予防治療医院から専門家を招いて診察してもらい、専門的な治療方針を策定した。中毒をおこした子供はいつでも病院で無料の検査と治療を受けられるよう、県政府は毎日専用車を出して送り迎えをすることになり、県の人民医院、婦人幼児保健医院と馬伸橋医院も、もっとも優れた医療スタッフと医療設備を準備し、いかなる危険な状況をも出現させないよう、万全の体制を整えた。14日、記者は第一民族小学校で一部の子供が授業に復帰していることを確認した。

 10月13日、薊県人民政府は、京禹建築防水材料工貿有限公司に対し封鎖通告を行い、直ちに生産ラインを封鎖し、すべての生産設備を撤去するよう命じた。同時に、現存するすべての生産品と原材料は関係部門によって差し押さえられた。薊県公安局はすでにゴン学棟の身柄を刑事拘留しているとのことだ。

病院で手当てを受ける中毒をおこした小学生

【筆者】李 世東/歩 雪琳/徐 琦 / 中国環境報 / 中国環境報 /  [C04102001J]
【翻訳】中文和訳チーム C班 松江 直子]]>

ダムは漓江を救えるか

広東省 「山並みが照り映える澄んだ水をたたえる」風光明媚で名高い漓江が、現在渇水の危機に瀕している。多くの観光客を魅了してやまない「百里の画廊」と称えられる美しい水面が日に日に縮小しているばかりか、生活・工業用水までも不足する状況に陥っている。漓江の景観を取り戻すために、桂林市は漓江氾濫防止及び補水基幹プロジェクトを提唱し、上流3ケ所のダム建設による漓江の水不足解消を計画している。この計画が持ち出されるやいなや、一部の環境保護団体や林業専門家たちから「ダム建設は漓江の渇水問題を解決できないばかりか、漓江流域の生態環境に破壊してしまう可能性がある。」という反対意見が上がった。

 水深不足による漓江の航行不能状態は、決して自然の変化だけが引き起こしたものではなく、主として人為的要因によるものだ。漓江は珠江水系に属し、その水源は華南地区の高峰猫児山に元を発する。猫児山水源林の構成・質の劣化が原因で水源涵養能力が減退し、1990年代後半に入ってから漓江の航行不能状態は毎年1ヶ月~3ヶ月以上に及んだ。またそれと時期を同じくして観光客誘致を目的とする沿岸の乱開発が進み、漓江の生態環境は大々的に破壊された。ここ数年、漓江沿岸に建てられた観光客向けの農家風レストランや観光施設は大小合わせておびただしい数に上り、それらから排出される大量のゴミ・汚水が直接漓江になだれ込んだ。
 
 このため、桂林市水利局は、漓江の本流陸洞河の斧子口、漓江支流の川江と小溶江、以上3ケ所のダム建設による水利基幹プロジェクトを提出した。これら3つのダムは洪水防止を主な目的とし、生態環境改善のための補水、水力発電等の機能も兼ね備える。施工開始は今年11月を予定しており、3年以内の完成を目指す。

 しかし、水利部門のこの計画に対し、一部の環境保護団体や林業界の専門家たちは真っ向から反対を唱えた。元桂林市漓江研究会理事長、元広西省環境保護委員会顧問である李維新氏は記者にこう語った。「もしダム建設によって漓江の補水を行おうとすれば、期待していたような効果が得られないだけでなく、漓江沿岸の生態環境を壊滅的に破壊する可能性がある。」

 元桂林地区林業局局長の梁暁峰高等技師、元桂林市科学委員会高等技師の李維謙氏、広西師範大学生態学教授の盧立仁氏も李維新氏と見解を同じくする。「このようなダム建設は、洪水防止・生態的見地に基づいた補水の両目的を達成できないばかりか、大規模な工事によって漓江上流の自然の景観が損なわれ、両岸のカルスト地形をダムの底に沈めてしまうことになる」。

 専門家達は、生態系・環境保護等の方面に与える総合的な影響を考慮し、漓江上流の森林被覆率を回復させて水源林の水源涵養能力を高めるべきであるとの意見を表した。以下は李維新氏の言。「漓江は完結した、非常に複雑な自然の生態系統で、その生態機能を改善し、渇水状況を緩和する唯一の方法は“自然な方法によって、自然な状態を取り戻す”事である。人為的な干渉・破壊を最小限度に押え、その自然環境を再生させ、それによって包括的に水源確保の目的を達成するべきだ。

【筆者】劉 棟 / 中国環境報 / 中国環境報 /  [C04102002J]
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異常気象が異常でなくなる?~新記録ラッシュの猛暑と台風

日本全土 今年の夏、日本も異常気象(猛暑、相次ぐ台風)に見舞われた。日中の最高気温が30度以上になる真夏日は東京で延べ70日に達し、新記録を更新したほか、熊本や京都など日本全国12の地点でも記録が塗り替わったことがわかった。

 兵庫県豊岡市でも真夏日が82日に達し、猛暑に悩まされたが、10月には大型台風の直撃を受け、市内を流れる円山(まるやま)川が決壊。家屋は孤立し、湖に浮かぶような状況が数日続いた。こうした異常気象の憂き目に遭った地域が今年ほど多い年もないだろう。

 10月20日に高知県に台風23号が上陸したことで、日本列島に上陸した台風の数は10となった。平年の台風発生数は年間26.7個。そのうち沖縄を除く日本上陸数は平均2.6個なので、「上陸率」は約1割になる。1951年以降での最多上陸数は、1990年と1993年の各6個だったが、今年で一気に4つ増え、大幅な記録更新。上陸率は実に4割を超える。

 秋雨と台風がもたらした降雨で山間部の地盤は緩み、九州や四国の山間部の多くでは、「過去数年間で最も土砂災害の危険性が高い」レベルだったうえ、相次ぐ台風被害からの復旧途上での新たな台風が、特に西日本での被害を深刻にした。河川の氾濫や海岸での高潮、道路・家屋の冠水、土砂崩れ、交通網の寸断等、いずれも日常的な出来事になり、死傷者数も甚大。特に今年の台風は、上陸する度に大型化し、台風22号までの死者75人に対し、台風23号のみの死者は80人。10の台風で150人を超える犠牲者が出てしまったことになる。

 台風の大型化は、地球温暖化による海面温度の上昇に因るところが大きいという。今年の猛暑とも決して無関係ではない。フィリピン沖など、南の海の水温が高いほど強大になり、しっぺ返しのように日本に襲来するのである。

 来年2005年は一転して冷夏の予想。台風も減少すると見込まれている。だが、長期的にはどうだろうか。海洋研究開発機構(横浜研究所)にあるスーパーコンピューター「地球シミュレータ」による計算結果によると、温暖化が進んだ場合のモデルでは、21世紀末には台風の数は減るが、大型化が起きるとされている。また、気象研究所(茨城県つくば市)や国立環境研究所などの試算では、短時間に猛烈な雨が降る豪雨もこの100年で増える傾向にあることも明らかになっている。

 異常気象が異常でなくなる時代になりつつある。一連の異常気象の原因が人間の経済活動などが引き起こした地球温暖化に伴う気候変動にあることを認識し、長期的な視点を持って、気候変動を緩和・抑制する策を考えていく必要が強く求められる。

台風翌日、増水した荒川と冠水したゴルフ場

台風翌日、神田川の増水・濁流

【筆者】冨田 行一(TOMITA, Koichi) / 東アジア環境情報発伝所 / 寄稿 /  [J04102002J]
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アンチ・ファーストフード運動 韓国版「スーパーサイズ・ミー」制作発表会および子供向けCM禁止署名運動

韓国全土 環境正義「次世代を守る人々の会」は10月16日(土)、東崇(トンスン)アートセンター前にて、世界アンチ・マクドナルドデー20周年を迎え、アンチ・ファーストフード運動の一環として韓国版「スーパーサイズ・ミー」制作関連記者会見と、「スーパーサイズ・ミー」試写会を行った。また、一般市民を対象としたファーストフードのテレビコマーシャル禁止署名運動、CMパロディーの一般公募を開始した。2004年度の集中事業として、ファーストフード反対運動を進めてきた環境正義「次世代を守る人々の会」は、サンダンス映画祭以降、チューブエンタテインメントとともに「スーパーサイズ・ミー」国内上映を推進してきた。

1.韓国版「スーパーサイズ・ミー」制作関連記者会見

 記者会見では、健康と生態系に深刻な悪影響を及ぼしているファーストフードの危険性を知らせるために、環境正義活動家ユ・クァンギョン幹事(31)が、4週間に渡りファーストフードだけを食べ続け生活する様子を記録する予定であることを明らかにした。そしてファーストフードの成分の危険性、ファーストフード産業の反環境的実態、子供向けのCMに対する問題点などを併せて分析することにした。(担当:パク・ミョンスク運営委員)

2.「スーパーサイズ・ミー」試写会および子供向けファーストフードCM禁止署名運動

 記者会見終了後、午後3時より、映画の試写会と子供向けファーストフードCM禁止署名運動が行われた。試写会終了後は、映画を鑑賞した人々と共に、肥満体型の格好と恐ろしいマクドナルドマスコットの格好に扮した人々の大規模な行列が大学路の通りに繰り出し、市民にファーストフードの恐ろしさを訴えた。試写会には、ウォン・ギョンソン環境正義理事長と、環境と生命を守る全国教師の会、ミン・ビョンドゥ国会議員(文化観光委員)、チョン・ジヨン監督などが出席した。

 「次世代を守る人々の会」は、おまけ商品やいかにも楽しげなうたい文句で子供たちを惑わすCMを全面的に禁止するため、子供向けファーストフードCM禁止署名運動を展開し、来年の放送審議委員会改編時には、ファーストフードCMの禁止を正式案件としてあげるため、引き続き運動を推し進めて行く計画だ。(担当:シン・クォン・ファジョン部長)

3.アンチ・ファーストフード、CMパロディー一般公募事業 

 一般市民を対象に、健康と生態系を破壊するファーストフードの問題点が提起された、ファーストフードCMのパロディーを一般市民から公募する。テレビ、チラシなどを通して溢れかえっている、ファーストフードのCMを自由にパロディー化した作品の募集で、11月12日に受賞者を発表する予定だ。応募は、一般市民の誰もが可能で、形式に制約はない。公募作品はeco@eco.or.kr か、 http://cafe.daum.net/antifastfood で受け付けている。(担当:イ・ジヨン部長)

 *世界アンチ・マクドナルドデーとは?:1980年代中頃、ロンドンのグリーンピースで、マクドナルドを誤った企業精神の象徴とみなし反対運動が始まった。1985年には、10月16日を世界アンチ・マクドナルドデーと宣言し、以後、毎年世界的なキャンペーンに拡大していくことを決議、実行に至っている。

【筆者】環境正義市民連帯 / 環境正義市民連帯 / 環境正義市民連帯報道資料 /  [K04101501J]
【翻訳】吉原 育子]]>

全国26ヶ所で市民による国際的絶滅危機種、ヘラサギの全国同時生態調査開始

韓国全土 環境運動連合は10月16日(土)・17日(日)、23日(土)・24日(日)の2度にわたり、漢江河口から済州島に至る26ヶ所で韓国の沿岸に分散しているヘラサギの総個体数を把握する“全国ヘラサギ同時生態調査”を行う。ヘラサギの最大繁殖地である韓国沿岸で移動時期にモニタリングするのは今回が初めて。越冬地を中心にした調査としては、去る1997年から毎年1月“国際ヘラサギ同時生態調査”が行われてきた。

 特に今回の全国ヘラサギ同時生態調査は市民らが直接参加し、居住地域に訪れるヘラサギの個体数をモニタリングする予定である。環境運動連合はホームページを通じて、調査を共に行うメンバーを募集しており、ヘラサギに関心がある市民であれば申請をするだけで誰でも参加することができる。

 韓国教員大学のキム・スイル(Kim Soo-il)教授(生物教育学科、環境連合ヘラサギ調査チーム責任研究員)は「繁殖地である韓国を中心として行われる今回の調査を通じ、韓国の沿岸で発見されるヘラサギの最大個体数を把握することができる。また、全世界のヘラサギ個体数のうち、繁殖地である韓国で発見される個体数の比率を推定することが可能になる事で、毎年ヘラサギの繁殖個体の増減率を継続してモニタリングしていく上での第一歩となるだろう」と述べた。それだけでなく、移動時期のヘラサギが経由地として利用する韓国沿岸の主要湿地を明らかにする事によって、今後棲息地を保全するための対策や環境計画を立てるのにも重要な資料となるであろう。

 今回の調査の結果はリアルタイムで環境運動連合のホームページを通じて共有される予定で、今後集められた調査結果は記者会見を通じて発表される。また、この調査を通じて作られる市民調査団のパワーは来年1月、越冬地を中心に行われる国際ヘラサギ同時生態調査で再び発揮されるものと期待される。

ヘラサギ全国同時生態調査参加申請サイト
http://kfem.or.kr/board/read.php?table=notc&no=656

撮影:パク・ジョンハク (市民環境情報センター)

【筆者】ソンヨン / 環境運動連合 / 環境運動連合 報道資料 /  [K04101502J]
【翻訳】小池 貴子]]>