チェルノブイリ事故20年アピール

チェルノブイリ事故20年目の4月26日、市民団体がアピールを行った。

東京 チェルノブイリ事故から20年目となる4月26日、東京・渋谷でも、「原発とめよう!再処理とめよう!」を合言葉に、原発止めよう!東京ネットワークによるキャンドルパレードが行われた。若者が多く集まる街、渋谷での歌を交えたパレードは、道行く人の注目を集めていた。しかし、煌々と輝く繁華街のネオンと店舗の明かりにかき消されるかのようなキャンドルの灯火が、原発に依存する大量エネルギー消費社会の現状を象徴しているかのようだった。

 また、原子力資料情報室が発表したアピールを以下に紹介させていただく。世界で唯一ともいえる原発推進地域となった東アジア。その東アジアに暮らす者として、拡大し続けるチェルノブイリ事故の被害の現状をしっかりと受けとめたい。

《原子力発電に依存しない21世紀をつくろう―チェルノブイリ原発事故20年に際して》

                               2006年4月25日
                               原子力資料情報室

 チェルノブイリ原発事故から20年を迎えるに際し、再び我々は原子力発電の危険性を思い起こそう。4月26日、現ウクライナにあるチェルノブイリ原子力発電所4号炉が出力暴走による爆発炎上事故を起こした。核エネルギーがその本来の力をむき出しにしたのである。

 この事故でおよそ4億キュリーの放射能が環境へ放出されたとされている。周囲30kmは永久居住禁止区域となった。高汚染地域から人々は強制的あるいは自主的に移住し500もの村が消えた。放出放射能による被ばくの結果、子どもたちに甲状腺がんが急増し、続いて大人たちにも甲状腺がんが増加して、現在も増加傾向は続いているという。白血病やその他のさまざまな疾病の増加も指摘されている。移住した人々も環境の変化に馴染めず、また、被曝者への差別なども指摘されて、肉体的にも精神的にも苦しい生活が続いている。600万人の人々がいまも汚染された土地に暮らす。60万人といわれる事故処理作業者たちの間にも白血病の増加やさまざまな放射線による影響が増え続けている。当たり前の日々の暮らしを健康に続けられる人は僅かに1割程度になってしまったという指摘がある。事故の傷跡は未だに続いているのである。国際原子力機関(IAEA)は2005年9月に報告書を公表してチェルノブイリ原発事故の幕引きを図っている。しかし、これには強い批判がよせられて、評価の見直しが迫られている。

 チェルノブイリの放射能はアジア地域にも飛来し、北半球全域に拡散した。私たちの食卓にあがった食品も汚染された。食品汚染は現在も続いている。事故から20年を経た今でも日本では輸入禁止となる食品が見られる。

 20世紀中ごろに発見された核分裂反応は、第二次世界大戦のなか核兵器開発に利用された。広島、長崎に炸裂した原子爆弾は一瞬にして数十万人の命を奪った。原子爆弾で証明された膨大な原子力エネルギーが発電に利用されたが、その制御の困難がチェルノブイリ原発事故で証明された。原発で苛酷事故は起きないと宣伝されていた「原子力神話」が崩壊した。

 この事故を契機としてヨーロッパの国々では原子力からの脱退を進める動きが加速した。とりわけ、ドイツでは脱原発法が成立して原発からの撤退へ向けて進んでいる。

 20世紀の終焉と共に終わるかに見えた原子力発電は、今日、地球温暖化防止という衣をまとって復活しつつあるかに見える。とりわけ、アジア地域での原発建設計画は活発である。中国では積極的な原発建設計画があるようだ。韓国でも10基を超える原発建設計画が公表されている。日本でも13基の建設計画がある。日本の場合には大規模なプルトニウム利用を進める計画があり、このための六ヶ所再処理工場が核の軍事利用の懸念を招き東北アジアの緊張を高めている。これらの積極的な原発計画の撤回を求めていきたい。

 また、アジア地域ではドイツに続いて脱原発を目指している国があることを忘れることはできない。台湾は建設中の第4原発を最後に将来的に原発からの撤退を目指している。

 原発の燃料資源は限りがあり世界が原子力を推進すればするほど、資源問題が持ち上がってくるだろう。原発を積極的に進めることでエネルギー消費が増大して、結果として二酸化炭素排出量は増えることは事実が示している。日本では2005年2基の原発が新たに稼動したが、二酸化炭素排出量は過去最大となった。

 チェルノブイリ原発事故から20年を迎える今、私たちは再びこの史上最悪の事故の悲惨さを見つめ直し、原子力エネルギー利用の危険性を認識する。さらに、その利用拡大が核拡散状況を促すことも認識する。そして、エネルギー消費を技術的に減らし、同時に再生可能エネルギーを積極的に導入していくことを通して脱原発を目指すことを改めて訴えたい。

(参考URL)
・原子力資料情報室
 http://cnic.jp/
・Chernobyl 20th Anniversary Appeal(英文)
 http://cnic.jp/english/cnic/chern26Ap06.html
 


キャンドルの小さな灯火

【筆者】廣瀬 稔也(HIROSE, Toshiya) / 東アジア環境情報発伝所(East Asia Environmental Information Express Messenger) / (前半)寄稿 (後半)転載 /  [J06042805J]
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鉄鋼スラグ「一時保管所」をめぐる不安―06年4月11日今治視察報告(下)

問題の場所のPhは10前後。この不安が杞憂に終わればいいが……。

愛媛 吉海町は現在、広域合併によって今治市の一部となっており、尾道・今治ルートの中に位置する。インターチェンジが島内に2ヶ所あり、合併前は二町があった大きな島である。問題の吉海町津倉は、古くから海上輸送に従事する住民が多く、経済的には潤っていたそうだ。

 桜井を後にして午前9時半、吉海町(大島)に到着、出迎えを受けて津倉地区へ。問題となっている鉄鋼スラグ「一時保管」場に隣接する集会所には約20人の住民の方が既に集合してくれており、いささか恐縮。約2時間半、車座になって住民の方と懇談した。

 鉄鋼スラグとは製鉄の過程で出るゴミのようなもの。業者・行政は海砂の代替骨材として利用するための一時保管と主張しており、昨年11月ごろから、海岸に隣接ししかも住宅地の真ん中にある塩田跡地に搬入され始めたようだ。この跡地からわずか20~30メートル離れたところには住宅があり、密接して地区の集会所がある。

 この一時保管場から強アルカリ水が検出され、スラグからは、成分不明のガスが出ているという。さらに、風による粉塵の飛散で呼吸器系への異常などの体調不全が、住民の苦情として多々あがった。例えば、咳が激しい、子どもたちに急に黄色い鼻汁が出だして止まらない、など。子どもたちを別の土地へ避難させたら数日で治まったという。当然のことだが、民家の室内には粉塵が侵入し、洗濯物が汚れるなど、日常生活にも影響がでているという。

 2006年2月3日、『愛媛新聞』が「鉄鋼スラグからPh12.5の強アルカリ」と報道した後、搬入は止まっているとのことだが、地元住民によれば、既に搬入された鉄鋼スラグは、塩田跡地約1.6haの面積に3万t以上と推定され、その厚みは2mを越すとのこと。11日の視察で私が見た限り、沿っている道路の路肩より既に高くなっていた。業者はこれまでの搬入を一時保管所の造成と主張しているという。

 鉄鋼スラグは海砂の代替骨材として、グリーン購入法でも指定されている。この3月末、愛媛県が海砂採取の全面禁止措置をとったことで、瀬戸内海全域で海砂採取禁止が実現することとなった。そのために鉄鋼スラグのストックがビジネスとなっていると見られる。無論、鉄鋼・製鋼メーカーにとって大量に発生するスラグは、もはや自社処分が限界に来ており、中国での需要の増大で搬出は必要不可欠になっているのではないかと推測される。さらに増加していく可能性もあるが、かといって、住宅近接地にこんな一時保管があってよいものだろうか。しかも今回のケースは強アルカリの代物である。

 搬入されたスラグは見たところ、「徐冷スラグ」と業界で呼ばれているもののようであるが、形状からは明確には判別できない。鉄鋼スラグ協会のパンフレットで見る限り、協会のいう規格に合致した「徐冷スラグ」ならば、直径2~3cmの玉砂利状のはずなのだが、今回の場合、玉砂利状のものにずいぶんと多量の砂状のものが混ざっている。手にとって臭いを嗅いでみると、わずかに硫黄の臭いがした。今のところ、搬出元も不明である。

 行政の言い分では、当該鉄鋼スラグはグリーン購入法に基づく特定調達品目であり、廃棄物でなく有価物である、しかも自社地内での一時保管であるから、廃棄物処理法による立ち入り検査や、取締りの対象とすることはできないとの事のようだ。

 2月3日の報道で搬入は一時ストップしていたが、「保管所」造成は続けられていたようで、11日に行ったときもブルドーザーやダンプカーで地ならしのような作業が行われていた。また、下流側=元塩田の海水導入路との境には、たまった底泥で堰止めを造り、鉄鋼スラグを土止めするかのようなブロック積みのノリ面造りの途中であった。底泥をかきあげてできた水溜りの底は黄色く沈着していた。また、新聞報道があって、道路沿いにだけ「飛散防止」のフェンスが造られたが、全体を囲むには至っていない。

■リトマス試験紙による検査

 大島での視察をいったん終え、再度津倉に戻り水素イオン濃度調査を試みた。前日からの大雨は降り止み、集会所と「一時保管所」に沿う道路、海側からすると反対方向(上流側)、大雨の中現地に着いた頃よりはるかに水かさが増していた地点でリトマス試験紙を浸してみた。折からの雨で希釈されていたとはいえ、それでもPh10前後を確認した。

 他方、海に続く用水路(元塩田への海水の導入路)には、硫黄と思われる黄色の沈殿物が、水路の底にべったりと沈殿していた。ここは雨で滑りやすくなっており、水面に近づけなかったので、Ph調査を断念せざるを得なかった。

 調査終了後の4月23日、地元住民によると、20日頃から搬入が再開されたとのこと。島内の海岸沿いの砕石場跡地に、やはり鉄鋼スラグを持ち込んでいるという。陸部からは地被くのは難しい場所で、海上から船で直接搬入しているが、住民も寄り付かない場所なので問題とされていないと聞いた。これまで瀬戸内海の島嶼部では、砕石場や塩田の跡地が、産業廃棄物の最終処分場とされてきたケースは枚挙に暇がない。

 廃棄物か有価物かの議論は、大問題に発展した豊島の例がある。今回の吉海町の鉄鋼スラグを廃棄物と即断することはできないが、行政は住民の健康被害の訴えが起きている現実を直視し、実態の調査が必要であり、住民に充分な納得を得る説明をすべきであろう。仮にも豊島のように、業者が「脱法行為」をしていたら、行政の責任は免れ得ない。強アルカリの原因は鉄鋼生産の過程で投入される石灰(CaO)と思えるのだが……。

 私たちの疑問が杞憂に終わればそれに越したことはないが、私たちにも鉄鋼スラグに関する知識・資料・情報が全く蓄積されていないため、どんなことでも、鉄鋼スラグについての資料・情報をお寄せ下さい。

(追記)4月25日、鉄鋼スラグが持ち込まれた地区の住民が愛媛県に対し、健康被害を訴え嘆願書を提出し、鉄鋼スラグの撤去を要請した。

関連記事:
「最終処分場の再展開」計画への疑念―06年4月11日今治視察報告(上)

http://www.enviroasia.info/news/news_detail.php3/J06042801J


鉄鋼スラグ一時保管所

PHテストの結果

排水口

【筆者】松本宣崇(MATSUMOTO, NobuTaka) / 環瀬戸内海会議(Pan Seto Inland Sea Congress) / 寄稿 /  [J06042803J]
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4月29日=みどりの日、今年で最後

来年から、4月29日は「昭和の日」となる

日本全土 昭和時代の途中から平成時代になる前年まで(1949年~1988年)、4月29日は昭和天皇の誕生日ということで、国民の祝日だった。

 昭和天皇が亡くなり、平成時代になって(1989年~)からは「生物学者であり自然を愛した昭和天皇をしのぶ日」ということで、天皇誕生日から「みどりの日」(Greenery Day)に改称。「自然に親しむとともにその恩恵に感謝し、豊かな心をはぐくむ」ことが趣旨とされ、引き続き、国民の祝日として定着した。

 ちょうど新緑の季節に重なることから、みどりの日の趣旨には好適。私見ではあるが、いわゆる大型連休の最初の日がみどりの日というのも爽やかさを伴い、好印象だったのだが、2005年5月13日に改正祝日法が国会(参院本会議)で可決したことを受け、来年2007年からは、4月29日は「昭和の日」、これまで国民の休日だった5月4日が「みどりの日」にそれぞれ改められることになった。

 「昭和」という言葉には様々な響きや印象が伴う。青梅レトロ商店街、台場一丁目商店街をはじめ、ありし日の昭和を懐古(回顧)させる施設が賑わいを見せるなど、昭和を懐かしむ風潮も盛んになっている折りだけに、時宜に適っていると言えなくはないが、受け止め方は様々だろう。元号を冠する祝日はこれが初めて、ということもあり、どういった祝い方がされるのかも気になるところではある。

 2006年で18回目を迎える「みどりの日」。短かったとは言え、平成当初からの祝日として定着していたことから、関係団体などに少なからぬ影響が出てきそうだ。たとえば、4月29日は緑から想起される色に因んで「畳の日」「エメラルドの日」とされているが、みどりの日が5月4日に移ってしまうと、業界団体としては何らかの対応が必要になるだろう。

 また、4月23日~4月29日は「みどりの週間」として林野庁が関連行事を実施するなど、環境に関する各種行事の始点ともなっていたが、2007年からは5月4日スタートになるのだろうか。あるいは、国際的な環境保護運動の日であるアースデイ(4月22日)が起点になるか。

 ちなみに、みどりの日は緑化や生態に関係する各種施設が入場無料になる。東京都23区内では、新宿御苑、上野動物園、葛西臨海水族園、夢の島熱帯植物館、向島百花園はじめ、ふだんは有料の庭園や公園なども無料で入れる。今回で最後となる4月29日のみどりの日。今年はちょっとした感慨を以て、そして自然や環境に一層の想いを深めつつ、大型連休の初日を過ごしてみるのもいいだろう。

(参考URL)
 http://www.tokyo-zoo.net/index.html
 http://www.shinjukugyoen.go.jp/
 http://www.yumenoshima.jp/
 http://www.kensetsu.metro.tokyo.jp/kouen/kouenannai/index.html

昨年の新宿御苑入口(ゲート開放中)

【筆者】冨田 行一(TOMITA, Koichi) / 東アジア環境情報発伝所(East Asia Environmental Information Express Messenger) / 寄稿 /  [J06042804J]
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「最終処分場の再展開」計画への疑念―06年4月11日今治視察報告(上)

処分場と「鉄鋼スラグ」に揺れる今治市からの現地レポート

愛媛 愛媛県今治市で住民から不安や疑問が続出している同市桜井海岸の廃棄物処分場(今治市が管理責任者)と同市吉海町(大島)の鉄鋼スラグ「一時保管所」を4月11日に視察した。当日の印象、住民の声などを報告する。

 4月10日夜、まず桜井の住民からは、のどや気管支の不調、子どもの皮膚障害の発症等、深刻な健康への不安が語られた。市の行った地下水検査では重金属類が検出され、海岸沿いの処分場の調整地からは、オーバーフロウすることもあったという。処分場からの汚水の垂れ流しもあり、市の調査に納得できず、住民独自の地下水調査を行いたいとの話があった。

 翌11日、降りしきる大雨の中、桜井海岸廃棄物処分場を訪れた。数十メートル小高い山の合間の「処分場」「入り口」の2つの看板には、「責任者―今治市、計画期間―平成14年3月、一般廃棄物(不燃ごみ)と産業廃棄物の最終処分場(汚泥)」と書かれている。間口200数十メートル、奥行き300メートルほどで、資料によれば埋立て面積は7万2000m2余り、甲子園球場約2個分に相当する。計画埋立て容量39万5,000t余りで、計画期間は既に終了している。不燃ごみとなっているのに、なぜかガス抜き用の塩ビパイプが立っていた。ガス抜きパイプは一般的には有機物のメタン発酵で生じるメタンガスを抜くためのものと思っていたが…。遮水工事がされていないので国の工事基準に不適合となっている。そのため埋立て計画分を満了せずに終了したのか、埋立て部分に一部大きなくぼみがあった。

 地元町内会の総代が、この処分場の覆土搬入業者であるため、住民の声を封殺し、不安があっても口にできない状態が続いている。住居が隣接しているため、何が原因かは不明であるが、周辺住民には、のどや気管支に不良を訴える人がでている。

 そこへ表面化したのが、今治市の処分場の「跡地利用」と称する「最終処分場の再展開」計画だ。遮水工事を行い、既設処分場の上にかさ上げして新たな処分場を建設するという。一般廃棄物処理の9割を民間委託に頼っている今治市行政当局としては、早くしかも安く建設できるために、願ったりかなったりだろう。しかも国からは、3分の1の助成が受けられる。

 他方、住民の健康への不安の声を無視できなかったのか、市は処分場周辺での地下水位検査を実施。すると、鉛・砒素・アルキル水銀・フッ素が看過できない高濃度で検出された。また処分場の直下には墓地があるが、処分場ができてからしばしば冠水し、住民の要望で隣地にかさ上げした土地を造成し移転させたという。今も移転に反対する住民のお墓が2基、もとのままにあった。

 処分場周辺には、廃棄物の一時保管(廃棄物処分業者の自社地や借地)と称する20~30メートルの山が2つできてしまっている。この「山」ができる前には道路から海が見えたという。「桜井海浜公園」が海岸べりに造成されていたが、公園の両サイドは民間業者の廃棄物の「山」と市の処分場の漏出水調整池に挟まれ、後背地は市の処分場と、三方を廃棄物に囲まれていた。この調整池の水は、まっ茶色というかレンガ色。この色の正体は何だろう。

 その調整池の汚泥は定期的に抜き取り、バキュームカーで市の下水処理場に運び処理しているという。市の見解では、それらは適正に処理され、処理水は基準を満たしているというが、どんな処理方法で水を処理しているのかについては定かではない。

 一般的には標準活性法と思われ、浮遊物の除去とバクテリア繁殖=沈殿による、いわゆる二次処理だけのはず。そうだとしたら、BOD(生物化学的酸素要求量)、SS、トータル窒素、トータル燐の除去にとどまり、重金属の処理はできないはずだ。

 このように、桜井地区では廃棄物の中間処理・最終処分が日常化し、それは住民の意向を無視して押し付けられてきたことが推測できる。市の処分場は余りにも住居に近く、「最近建てられた家は、全く地区住民と付き合いがないが、処分場と50~100メートルしか離れていないところに処分場があることを知らされていたのだろうか」と、古くからの住民は首をかしげていた。(つづく)

処分場の全景

処分場の看板

漏出水調整池

【筆者】松本 宣崇(MATSUMOTO, NobuTaka) / 環瀬戸内海会議(Pan Seto Inland Sea Congress) / 寄稿 /  [J06042801J]
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「アースデイ東京2006」~次の一歩を踏み出すために~

4月22・23日、東京は代々木公園で「アースデイ東京2006」が開かれた。今年のテーマは、「緑ツナガル。」

東京 今年はポール・コールマン氏によるアースデイ・フレンドシップウォークが日中韓を舞台に行われ、4月22日の代々木公園で幕を閉じた。「アース・ウォーカー」と呼ばれる彼は、平和と環境のメッセージを人々に伝えるため、植樹をしながら歩くという活動に取り組んでいる。現在までに37の国と地域を歩いてきた彼は、東アジアの平和と、持続可能な社会を願い、1月に中国・北京を出発し、韓国、日本と3カ国を歩く、今回のウォークを行った。この約3ヶ月にわたる旅のゴールとなった代々木公園には1本の月桂樹の木が植えられた。

 2日目は霧雨に見まわれたものの、天気も気にならないほどの盛況ぶり。代々木という土地柄か若者や外国人の来場者も多く、どのブースも賑わいを見せていた。中でも、持続可能な素材として多く取り入れられているヘンプ(麻)を使った商品・サービスを提供する店が多く見られた。ヘンプコーヒーやヘンプ繊維を使用した車部品、ユニークなものでは「ヘンプバーガー」(麻炭入りの天然酵母パンを使用)や「麻式オイルマッサージ」(ヘンプの油を使用)などがあり、来場者が店の前に行列する様子も見られた。

「それは地球のため、未来のために行動する日」

 UAやBONNIE PINKなど著名なアーティストのライブもある都心でのビッグイベントとあって、普段なら「地球」や「環境」のことなど考える機会の少ない人々を、魅力的な企画によって呼び込むことができていた。また、会場にはごみ箱と言えるものがほとんどなく、ごみは持ち帰るか、会場の中ほどに設置されたブースで分別して出す。提供される食べ物には来場者が前もってレンタルする「リサイクル食器」や、指定の場所に返すとコップ代が戻ってくる「リユースカップ」が使われ、来場者にさり気なく「ごみを減らす」ことを意識してもらうための工夫が見られた。

 このような場で様々な活動を行っている団体が一堂に会すと、環境問題に取り組む人々がいかに多いかを改めて感じる。そしてどの団体の展示にも、1人でも多くの人に興味を持ってもらいたいという思いが感じられる。

 自動車をキーワードに活動をする「日本EVクラブ」は、「せたがや生活工房」と合同で電気自動車などに関する展示を行った。ブースの外では自転車発電機による「発電体験」ができ、中ではアイドリング・ストップ推進や電気自動車の普及のための活動の様子を知ることができる。

 アイドリング・ストップは市民が生活に気軽に取り入れられる環境行動の一つだ。しかし、一般の運転者にはあまり普及していないように思える。「やり方自体は簡単なもの。問題はそのひと手間をかけてもらえるかどうか」と日本EVクラブ事務局の岩渕功尚(いわぶち・いさなお)氏は言う。排気ガスが減らせる上、燃費も
良くなるとなれば誰もがやってくれるはず……というのは甘い考えのようだ。「ブースに訪れてくれている人は関心を持っているので、訴えかければ動いてくれるかもしれない。問題はそれ以外の人たち」

 数ある活動の中でも、環境行動というのは特に成果が見えにくい。「こうすれば排気ガスが減る」と言われても、実感がわかないのが正直なところだろう。それゆえ「はじめの一歩」を踏み出せていない人たちが大勢いるのではないだろうか。

 「アースデイの趣旨とかよく分からないけど、面白そうだったので」会場に訪れたきっかけをそう話す来場者に出会った。面白そうだから、楽しそうだから、と笑顔で何か始められる、代々木公園内にはそんな明るい雰囲気が満ちあふれていた。

参考URL:
・アースデイ東京2006
 http://www.earthday-tokyo.org/
・「アースウォーカー」ポール・コールマンHP(日本語版)
 http://www.earthwalker.com/japan/okinawa/
・日本EVクラブ
 http://www.jevc.gr.jp/
・TOKYOエコドライブ倶楽部
 http://www.ecodriveclub.net/

会場には所狭しと各団体のテントが並ぶ

食器のリサイクルシステムを解説したパネル

種からの野菜の有機栽培を紹介するブース

【筆者】内山恵(UCHIYAMA, Megumi) / 東アジア環境情報発伝所(East Asia Environmental Information Express Messenger) / 寄稿 /  [J06042802J]
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石油危機を乗り越えた風の国デンマークから学ぼう

風力発電とバイオマスエネルギー中心に、エネルギー自立の道を歩むデンマーク

世界 私たちが過度なまでに頼ってきた化石燃料は、災難災害を誘発する地球温暖化の主要原因であるばかりでなく、その埋蔵量さえも、近いうちに熾烈なエネルギー戦争が起きるであろうことを予告している。最近、持ち上がってきたイランの核問題が今後も続く場合、石油価格が100ドルから甚だしくは150ドルに上がりうるという予測もちらちらと出ている。

 石油輸入量は4年前と大きな差はないにもかかわらず、石油輸入による外貨支出は2002年の322億ドルから2005年の667億ドルと、実に2倍以上にも跳ね上がった。輸出貢献度の高い自動車と半導体をどんなに一生懸命作って輸出しても500億ドル台であることを見ると、97%のエネルギーを輸入している韓国の危機状況を実感せざるを得ない。

 石油生産曲線のピーク(石油ピーク)が目前に迫っている。可採埋蔵量が40年をきったという。今後石油を得るための費用はどれほどになるのか、正確に予想することは難しい。しかし、人間が依存できるエネルギー源が化石燃料だけだとすれば大きな悲劇が訪れたであろうが、幸いにも、環境を守りながらも全世界のエネルギー危機を満たしてもなお余るほどの豊かな再生可能エネルギーが、私たちにはある。

 風力発電は相対的に優れた経済性と技術面での信頼性を確保し、最も早いスピードで成長している再生可能エネルギー源である。風力発電がこれまでの10余年間で急激に成長することかできたのは、予め未来を見通し、再生可能エネルギーの拡大政策を意欲的に推進してきた一部の国々のお陰である。

 デンマークは過去20余年間、風力発電の開発を先駆け、90年代中盤までヨーロッパにおいて風力を最も多く活用する国であった。現在は開発を競い追いかけてきたドイツ、スペインをはじめとする国々が凄まじい勢いであっという間に追い抜いてしまったが、風力発電の先駆的存在のデンマークは今でも重要な位置にある。

 1970年代初めだけを見ても、デンマークの燃料消費の94%は石油であり、燃料の大部分を輸入に頼っていた。しかし20年後、石油の純輸出国となり、1997年になるとエネルギー輸入と輸出の比重がほぼ同じになった。このような驚くべき発展は、エネルギー生産と消費全般にわたって急進的な再編成があったからこそ可能だったのである。

 1973年の第一次オイルショック後から、デンマークはエネルギー輸入依存度を減らし、再生可能エネルギーを活用するための努力を、他のどの国よりも先駆けて進めてきた。風力発電とバイオマスエネルギーを中心に、エネルギー自立の道へと進んでいる。政府の財政的、行政的支援が風力産業形成に大きく寄与し、何よりも組合と共同体をうまく作り上げたデンマーク市民の文化と高い環境意識も、風力発電団地開発に非常に肯定的な影響を及ぼした。

 2002年のデンマークにおける電力消費中、約14%が風力発電によってまかなわれ、2008年には25%にまで伸びるだろう。第一次オイルショック直後から風力技術を開発、補給してきたデンマークは、その間毎年30%ずつ成長、今や全世界の風力市場先端を行っており、嬉しい悲鳴をあげている。

 デンマークでは、国家の助力によって世界最大の風力発電会社であるVESTASという企業が誕生した。風力発電先進国であるドイツの追い込みにもかかわらず、現在デンマークは風力設備市場において世界1位(世界設備市場の41%)を固守しており、2003年現在2万名余りを雇用、30億ユーロ(約3兆5千億ウォン)を売り上げている。これは石油に頼らない、未来のエネルギーに取り組んできた賜物である。

 風力のある場所には風力発電団地が建ち並ぶデンマークは、今や風力が弱く経済性に乏しい場所にも風力発電団地の建設を試みている。風力発電機の大容量化および効率改善、海上風力など、国際的トレンドを試みており、最近では浅瀬にも海上風力発電団地が広がっている。これまで以上に費用はかかるものの、今後は、敷地選定において有利かつ環境的制約が少なく、風力もより強力な海洋風力発電団地が脚光を浴びると思われる。

 三方が海に囲まれ、重工業が発達した韓国は、様々な面において風力発電に有利である。最近は韓国でも風力発電が広がりつつある。済州島の杏源(ヘンウォン)地域の風力発電団地は、済州島内の1%にあたる電力を生産しており、2008-9年には風力発電団地だけで済州島内における10%にあたる電力を自給できるとみられている。韓国がエネルギー自立をするためには、より積極的な政府の再生可能エネルギー補給意思と政策支援が必要である。

 2002年以後これまでの4年間、急激な油価上昇が続いているが、未だエネルギー危機克服のための中長期的なシナリオすら出ていない状況である。再生可能エネルギー拡大の意思もなく、政策はこの上もなく形式的で安易である。4月14日、OECD(経済協力開発機構)が発刊した“2006年統計年報”によると、2004年を基準としてOECD平均再生可能エネルギー利用率が6.0%であるのに対し、韓国の利用率は0.7%と、30ヶ国中一番低かったのである。

 それにもかかわらず、油価が上がれば「エネルギーを節約しよう」の類の対策から一歩先に進むことができず、原子力ドライブ政策にすっかりはまってうまく抜け出せないでいる。原子力発電を基盤とすることで電気代が安くなり、そのことが韓国国民のエネルギーに対する危機感を鈍くさせ、またエネルギー消費に拍車をかけた。原子力発電の安全性神話を助長するため、広報に莫大な血税と情熱をつぎ込み、核産業界には実におびただしい予算が支援されている。この予算を安全で快適な未来を作る再生可能エネルギーに投資していたならば、韓国もエネルギー自立に向かって疾走する国々にとうの昔に追いついていたかもしれない。

 世界史上最悪の惨事として記憶に残るチェルノブイリ原発事故から、ちょうど20周年を迎えた。時が完全に止まっていたチェルノブイリにも生命の兆しが見え始めた。しかし、長い間見放されていたこの土地に、いつになったら平穏な希望が取り戻せるのか、20年という月日が流れた今でも苦痛の時間は止まってはくれない。チェルノブイリの教訓を本気で省みた時、地球の生命と未来の世代に対するビジョンが生まれる。韓国はこれ以上原子力に頼らず、生態的に持続可能な社会のビジョンを描かなければならない。環境と経済が共生する未来を先取りしたデンマークの事例は、私たちに示唆するところが大きい。

▲風力発電T14-9と、今は廃鉱となっているドイツ褐炭鉱山Klettwitz(クレットヴィッツ)の様子ⓒヨム・グァンヒ

▲デンマークの海上風力発電団地ⓒ環境運動連合

【筆者】エネルギー普遍化チーム キム・ヨンジ (Kim Yeon-ji) / 環境運動連合(KFEM) / 寄稿 /  [K06042701J]
【翻訳】鄭良子]]>

環境NGOと企業が共同で電気・電子機器廃棄物リサイクルシンポジウムを開催

北京で“電気・電子機器廃棄物リサイクルシンポジウム-実践中の新しい取り組み、経験と問題点”が開催された

北京市環境NGOと企業が共同で電気・電子機器廃棄物リサイクルシンポジウムを開催

 2006年4月24日、北京で“電気・電子機器廃棄物リサイクルシンポジウム-実践中の新しい取り組み、経験と問題点”が開催された。同シンポジウムは北京地球村、根と芽、青島緑色世紀の三つの民間環境保護団体と、HP(Hewlett-Packard)社による共同開催である。

 全国人民代表大会環境資源委員会の翟勇氏と中国家電研究院の馬徳軍氏は、それぞれ電気・電子機器廃棄物に関する法律の制定と施行の状況及び、国内外の家電・電子機器廃棄物の回収と処理の動向について意見を発表した。北京地球村の毛達氏は“循環巨竜”プロジェクトの実施経験を、また、ソニー中国の李明揚氏はソニーの環境保護プランと、それを確実に実現させるため採用されたグリーン認証制度を紹介した。国美電器集団の章亮虹氏は、同社の電気・電子機器廃棄物回収における活動を紹介した。北京東華鑫馨使用済み電池回収センターの王自新主任は、廃棄物処理の実践の観点から廃棄物回収の仕組みと産業チェーンを築き上げることへの見解を語った。

 最後に、シンポジウム参加者は「早期に法律法規を整備し、電気・電子機器廃棄物の処理における政府、生産者、消費者それぞれの責任と義務をはっきりさせること」「より多くの企業が自ら積極的に生産者責任の活動を展開、拡大すること」「政府がリサイクル産業のサポートにさらに力をいれることを支持し、産業チェーンの有効的な形成、リサイクル原料の市場化を達成すること」また「それぞれの関係分野がより一層努力することで、電気・電子機器廃棄物の循環利用を時代の潮流とすること」を提言した。

★関連情報

 家電を含む電気・電子機器廃棄物(Electronic and electrical wastes/E-wastes)は、一年あたり5~8%の速さで増加している世界で最も増加が速いゴミであり、今後まもなく10%以上に達するとされている。増え続ける電気・電子機器廃棄物は環境保護活動に新たな難題をもたらした。専門家によると、現在、電気・電子機器は固体廃棄物の中で最も大きな重金属汚染源として残っている。資源が日に日に不足しつつある今日において、極めて速い速度で増加している電気・電子機器廃棄物が十分にリサイクルされないとするとたいへんな浪費となる。

【筆者】李 力(LI, li) / 北京地球村(Global Village of Beijing) / 寄稿 /  [C06042602J]
【翻訳】中文日訳チームB班 額田 拓]]>

日本の友人アースデイに大同で植樹

アースデイの日、山西省大同にいた私は、朝早く高見邦雄氏に「喜鵲林」に連れて行かれて、植樹の場所を見学した

山西省日本の友人アースデイに大同で植樹

 4月22日はアースデイである。折よく山西省大同にいた私は、朝早く高見邦雄氏に連れられて、彼らについて大同県の「喜鵲林」と呼ばれる植樹の地点に行った。『ぼくらの村にアンズが実った』(中国語名:『雁栖塞北、黄土高原だより』)という本を読み終えた人は皆この地名に聞き覚えがあるだろう。しかし実際の喜鵲林には想像していた“林”の樹木は全くなかった。全て事が順調に進めば、将来それらは人々の期待通り成林するだろう。

 同行した人の中には大阪から来た観光客もいて、そのほとんどは老人であった。その人達が、風と砂埃が猛威を振るう肌寒い黄土の高い傾斜面で、小さな苗木を植えた。

 風と砂埃がよく舞うこの春に大同に行き、高見氏の緑化地点に行って植樹を見ることができて、私は言葉では言い表わせないほど嬉しかった。

【筆者】康 雪(Kang, Xue) / ENVIROASIA China / 寄稿 /  [C06042603J]
【翻訳】中文日訳チームC班 尾畑友佳子]]>

アジア太平洋地域の発展に伴う生態系の試練―WWFがレポートを公布

WWFは、2006年4月19日、中国北京にて『2005年アジア太平洋地域のエコロジカル・フットプリントと自然財産レポート』を公布した

北京市 アジア太平洋地域の発展に伴う生態系の試練―WWFが『2005年アジア太平洋地域のエコロジカル・フットプリントと自然財産レポート』を公布した。

 過去40年、アジア太平洋地域のめざましい経済発展と人口の増加により、資源消費量はそれまでの3倍にまで増加した。現在、この地域の人々が使用する資源は、食物、繊維、エネルギーと水等を含め全世界の総消費量の40%を占めている。

 世界自然保護基金(WWF)が2006年4月19日に北京において公布した『2005年アジア太平洋地域のエコロジカル・フットプリントと自然財産レポート』によれば、アジア太平洋地域の人々が資源を消費する速度は、この地域の自然資源が再生する速度の2倍であり、またそこに住む人々が必要とする地球資源、すなわち「エコロジカル・フットプリント」は、当該地域の生態系が提供できる資源の1.7倍にもなる。1961年から2001年までに中国人一人当たりのエコロジカル・フットプリントの増加率は以前の倍を超えた。

 アジアの全体のエコロジカル・フットプリントが全世界に与える影響ははかり知れないが、アジア人の平均のエコロジカル・フットプリントは依然として北米人よりも7倍少なく、ヨーロッパ人より3倍少ない。レポートによれば、過去8年において、中国と、一部の発展途上国は急速な経済発展を経験したものの、1人当たりのエコロジカル・フットプリントは比較的に安定したものであるということである。

 世界自然保護基金の中国首席代表、欧夢達は次のように述べた。「今後数十年の内に、中国は全世界に対して継続的に深い影響を与えるものと思われる。世界の人口の20%近くを占める中国が自然資源の消費と回復のバランスを実現することができるならば、将来に大きな変化をもたらすことができるだろう。」

 レポートは、中国などの国家に対し、(1)主要な都市で資源に有益な建築物と交通網を構築し、石油に依存した経済発展を減らし、エネルギー技術を発展させ、高価な化石燃料に依存することのないシステムを建設すること、(2)持続可能な経済発展のプランへの投資、とりわけ食品、衛生、自然資源の管理、交通と住宅に関わる領域に対する投資の増加が必要であり、また持続可能な発展を妨げる産業に対しては、資金投資を減らすべきである。と提案している。

 「エコロジカル・フットプリント」は、人類が必要とする生態系を指標として計るものであり、その計る内容は、人類が有する自然資源、消費する自然資源、および資源分布状況である。これは、既存の技術条件において、ある人口単位(一人、一都市、一国家、または全人類)がどの程度の生物生産力を有する土地・水域を必要とし、そこからどの程度の資源が生み出され、不要物が処理されるかを示している。

*注釈「エコロジカル・フットプリント」とは、ある地域の人間の生活を支えるのに、どれだけ“生物学的に生産可能な土地・水域”が必要かを面積であらわしたもので「経済の環境面積要求量」などとも訳される。

【筆者】康 雪(KANG, Xue) / 東アジア環境情報ネット / 寄稿 /  [C06042601J]
【翻訳】中文和訳チーム Å班 五十嵐裕美]]>

生命を脅かす黄砂

黄砂被害を避けるには

中国全土 毎年、この季節になると、喜ばしくないことに白く霞んだ黄砂風が吹いてくる。平常時には10~50マイクログラム/立方メートルのダスト濃度が、100~500マイクログラム/立方メートルに大きく増加し、黄砂の主成分であるシリコン、アルニミウムなどの濃度も上昇する。白く霞んだ黄砂の中には鉛、銅、カドミウム、水銀など人体に有害な重金属はもちろん、亜硫酸ガス(二酸化硫黄)のような汚染物質、各種細菌、ウィルス、カビなどが含まれている。実際ひどい黄砂の後には、大小さまざまな疾患で病院を訪れる患者が増加し、特に子供や老人、アレルギーまたは呼吸器疾患の患者は、さらに注意が必要である。

 黄砂は中国の黄河地域が乾燥する毎年3~5月にかけて頻繁に発生する。中国北部の砂漠化地域は海と遠く離れており、水と植物が不足し、風が強いため砂嵐が頻繁に発生している。遠く離れた韓国に影響を与える主な時期は大規模な黄砂が発生する春頃だ。しかし今年は1月16日に、白翎島を時期はずれの黄砂が襲った。1月に黄砂が発生するのは2001年以降、5年ぶりであった。黄砂が発生する期間も、以前よりさらに延びた。その原因として、中国全土の17.6%にあたる北部内陸地域の砂漠化が考えられる。また中国の急激な工業化により、黄砂の中の有害物質がさらに増えている。

 では黄砂に頻繁に長時間さらされた際に、容易に発病したり悪化しやすい疾患にはどのようなものがあるだろうか。呼吸器疾患はもちろん、それ以外にも敏感な目や皮膚の疾患が最も代表的である。

 まず黄砂が口に入れば気道の粘膜を刺激し、正常な人でも呼吸困難や喉の痛みを訴える。したがって平素から気管支が弱い喘息患者や肺結核患者、慢性閉鎖性肺疾患(COPD)のような呼吸器疾患を持っている場合には致命的だ。ひどい咳や呼吸困難などで救急センターへ運ばれる場合も多い。子供や老人も注意しなければならない。

 アレルギー性鼻炎も黄砂が深刻になれば悪化することもある。くしゃみが続き、透明な鼻水や鼻づまりなどがひどくなり、さらに苦しむ。ある統計によれば、小・中・高校生の30%、成人の10%程度が大小さまざまな鼻炎アレルギー症状を持っているという。したがって黄砂にさらされたことで、鼻炎症状が悪化するようであれば診察を受けたほうが良い。どの器官よりも敏感な目も黄砂被害を受けやすい器官だ。黄砂ダストが入れば刺激性結膜炎が起こりやすくなる。目が痒く、涙がたくさん出て、赤く充血したり、目に何かが入ったような異物感を感じるときは、結膜炎の疑いがある。

 黄砂の時期には皮膚トラブルも増える。黄砂の中の有害物質が皮膚にアレルギー反応を起こさせ接触性皮膚炎の原因になったり、アトピー性皮膚炎の症状を悪化させることもある。乾燥した激しい黄砂風が皮膚の水分を奪い、皮膚乾燥症として苦しめられる場合もある。症状が軽い場合は心配ないが、皮膚にひどい痒みや腫れあがる場合には病院を訪れたほうがよい。

 黄砂自体を防ぐことはできないが、予報が出された時には、少しでも注意をすることで、黄砂にさらされる時間、黄砂による被害を大きく減らすことができる。黄砂注意報や警報が発令された場合は、その期間は野外活動を控えることが望ましい。対処法としては、外出時にはマスクを着用し、帰宅後はぬるま湯で目と鼻の中をきれいに洗い、頭もシャンプーで洗い、アレルギーの原因となる物質を洗い流すことである。

 中国の工業化と産業化が無分別な開発を招き、我々に黄砂というありがたくない環境被害が続かないように、中国での環境を守るために必要な緑地造成などの事業に我々が積極的に助力しなければならないと思う。韓国が東北アジアの環境を守る案内役として、新たな韓流を築こうではありませんか。

【筆者】イム・ジョンハン(林鐘翰), 環境正義・次世代を守る運動本部長 / 環境正義・次世代を守る運動本部(Citizens’ Movement for Environmental Justice (CMEJ)) / 寄稿 /  [K06042501J]
【翻訳】阿部靖子]]>