布ナプキンを使おう、私も地球も大事にしたいから~

使い捨て生理用ナプキンの問題点を解消するために、手作りの布ナプキンを使う人が増えている。

韓国全土 ちょっと前に地域の若者のお祭りに行ったときのこと、子供たちがたくさん集まって座りながら、しきりに手を動かしていると思ったら、縫い物をしていたんです。五色の布地に白いネル生地をあて、くねくねと縫う姿がただただかわいく見えました。

 縫い物をしながら、子供たちは生理について話していました。その日になると、苦しくて痛くて大変で嫌だという話がほとんどでした。子供たちに縫い方を教える先生が、生理について静かに話して聞かせました。生理は、隠してはずかしがるようなことではなく、自然なこと、健康な体であるしるしだと言いました。生理痛がひどければ、生活習慣や生理用ナプキンを見直すべきだとも言いました。少し前、ひどい生理痛は環境ホルモンに起因すると言っていたドキュメンタリー番組についても話し合っていました。

 子供たちが作っていたものは「生理用布ナプキン」です。使い捨て生理用ナプキンの問題点を解消するために、手作りの布ナプキンを使う人がだんだん増えています。

 使い捨てのナプキンは漂白する過程で、環境ホルモンであるダイオキシンが残り、これは私たちの体に直接影響を及ぼします。最近よく問題になっている環境ホルモンに、私たちの体が直接露出されるわけです。そのため、生理に伴う症状が深刻な人には、布ナプキンを使うことをおすすめします。使い捨てナプキンの使用で誰もが経験するかゆみ、不快感、臭い、炎症なども布ナプキンで解消されるのです。

 挿入型の生理用品であるタンポンは、トキシックショック症候群を引き起こすこともあります。アメリカでは、1980年にタンポンによるトキシックショック症候群で38名の女性が死亡しています。

 健康のこと、環境のことを考えるのであれば、布ナプキンを積極的に使いましょう。使い捨てのナプキンは、使い終わるとそのままごみになります。このごみはどのように処理されているのでしょうか?ビニールと特殊加工の綿で作られたナプキンは、腐敗するまでに100年かかります。年間販売されるナプキンが29億1,800万個以上というのだから、これを廃棄する過程もたやすく解決できる問題ではありません。一度で捨ててしまう使い捨ての文化は、使うときの便利さだけで、それが生産・廃棄される過程はまったく考慮されていません。

 布ナプキンは、手作りしたものを使ったり、市販品を買って使ったりすることができます。手で何かを作って使う文化がだんだんなくなりつつある昨今、布ナプキンを手作りしてみることをおすすめします。家族や友達が集まって座り、自分たちの体について話しながら縫い物をする風景を思い浮かべてみてください。もちろん男性も一緒です。生理という自然な現象を、隠したり恥ずかしがったりすることではないことを共に知らなければならないのですから。

 布ナプキンを作る方法は、ホームページ(http://www.bloodsister.or.kr/)から入手することができます。初めてで1人で作るのは難しいという方は、いつでも私たち緑色連合にお問い合わせください。

【筆者】チョン・ミョンフェ / 緑色連合(Greenkorea) / 寄稿 /  [K06103101J]
【翻訳】柳田佐和子]]>

江西省愛鳥協会、12月1日、南昌にて発足

江西省林業庁と江西省科学協会の協力の下、江西省民政庁により「江西省愛鳥協会」の発足が承認された。

江西省 江西省の鳥、特に鄱陽湖の渡り鳥は世界に誇る江西省の自然財産である。このたび、江西省の鳥類事業発展を推進するため、江西省全国人民代表大会常務委員会副主任彭崑生、朱英培、同省全国人民代表大会環境資源委員会副主任龔三堂、人民政府参事宮正廖国良等による提唱、そして、同省林業庁および科学協会の協力により、「江西省愛鳥協会」が発足することとなった。

 12月1日午後3時、南昌の天香園にて設立式典が行われるが、それには江西省の各メディア、科学研究所、大学・大学院、自然保護区等52もの団体が参加することになっており、また、12月2~4日は江西師範大学学術交流中心により「鄱陽湖の野鳥・湿地・農業の複雑な関係と地球観測」というテーマにて学術研究討論会が行われる。また、以下の学術報告も行われる予定である。

・野鳥インフルエンザの伝染と蔓延(中国科学技術院動物研究所 雷富民)
・野鳥、渡り鳥の遠隔追跡(中国科学技術院昆明動物研究所 楊暁軍)
・家禽インフルエンザの伝染と蔓延(ベルギー Marius Gilbert)
・鄱陽湖の渡り鳥と湿地生態の健全的な思考(江西省科学技術院 戴年華)

 江西省愛鳥協会の趣旨および活動内容は下記のとおり。

趣旨: 科学技術普及、大衆性、環境保護、公益性、社会協調
活動内容: 
1.鳥類資源保護および生息環境研究
2.関連法律、法規、方針、政策の宣伝
3.学術交流、科学知識の普及、および専門技術研修
4.国内外の野生動物・自然環境保護組織と個人の関係確立
5.国際交流と国際協力

【筆者】王旭 / 江西省愛鳥協会 / 寄稿 /  [C06102902J]
【翻訳】中文和訳チームA班 歳国真由子]]>

砂浜がなくなる!?――鴨川における海岸づくり会議の取り組み

新たにできた漁港の影響で、均一だった砂浜に変化が生じている

千葉 日本のサーフィン発祥の地とも言われる千葉県鴨川市の東条海岸。南北約4kmに続くポケットビーチは、太平洋を伝わってくるウネリを敏感に捉え、サーフィンに絶好の波がたつということで、長年、多くのサーファーに愛され続けている。海岸沿いには1970年代からいくつものホテルが立ち並び、多くの海水浴客で賑わっていた。

 ところが、リゾート開発が華々しい80年代に入ると、海岸の南端に位置する鴨川漁港と加茂川をはさむ形で、新たな観光資源とするべく、フィッシャリーナ(注1)を造成することを本当の目的とした新漁港の造成工事が行われた。

 この工事計画は、当時の漁協組合長(現鴨川市市長)の強引な旗振りの元、推進された。漁民の一部やサーファーの中からは、工事が及ぼす海岸の生態系や地形の変化を危惧する声が上がっていたが、その声に耳を傾ける姿勢は推進側には見られなかった。

 バブルが崩壊し、長引く経済不況に苦しむ90年代、工事は続けられ、海岸に突出した形のそのフィッシャリーナは90年代後半に入ってなんとか完成した。しかしその結果、当初から懸念されていた変化は現実のものとなった。加茂川からの土砂は河口近辺に堆積すると同時に、海岸に突き出た堤防が遮蔽域となり、海岸の砂を引き寄せ始め、東条海岸の中央部の砂浜が浸食されてどんどん細くなり、海岸の両端にのみ砂浜が広がってしまった。その他、アワビやヒラメなどの漁獲高も目に見えて減ってしまったという。

 また、ずさんな設計のため、新たに造られた漁港そのものも、港内の波が高く、追加の工事をするまでは漁港としても使えないという皮肉な結果となった。この結果で立場が逆転したせいか、計画段階で声を大にして反対を唱えた女性の漁民が、日本全国で史上2人目、現在では唯一の漁協女性組合長となっている。

 その追加の改修工事をするにあたって、鴨川市が主催・事務局を担って「鴨川沿岸海岸づくり会議」が2003年からスタートした。この会議は、これまで漁港については、漁業関係者=利害関係者しか、設計の議論に参加することができなかったが、海岸法の改正(注2)を受けて、環境面への配慮を含めた議論の場、サーファーや普通の市民など、海を利用する全ての人が意見を言える場として、開催されている。会議の記録・資料は全て鴨川市役所のホームページで公開され、専門家を交えての徹底的な議論を経て出された意見は、工事主体となる千葉県の政策にしっかり反映されている。こうした市民参加型の海岸事業決定の仕組みは、全国でもまだめずらしい。

 しかしながら、砂浜の侵食がとまったわけではなく、砂浜を守るために具体的にどうするのかが、今後の課題だ。また「海岸づくり会議」を開催する予算が確保できるかも課題。だが、市民参加による合意形成、という新しい試みによって、鴨川市の東条海岸が将来どうなっていくのか、楽しみである。

(注1)フィッシャリーナとは、漁港区域内の遊漁船等(プレジャーボート)を漁船と分離して収容するための施設とその利用者のためのサービス、安全施設などを兼ね備えた漁港区域内の施設の総称(フィッシュ[魚]とアリーナ[劇場]を組合わせた造語)で、水産庁の事業。

(注2)「津波、高潮、波浪等の海岸災害からの防護のための海岸保全の実施」を目的に1956年に制定された海岸法が、1999年に一部改正され、「防護・環境・利用の調和のとれた総合的な海岸管理制度の創設」を目的とした法律となった。

(参考URL)
・鴨川沿岸海岸づくり会議
 http://www.city.kamogawa.chiba.jp/kaigan/kaigandukuri-index.htm

・改正海岸法(国土交通省)
 http://www.mlit.go.jp/river/kaigandukuri/seido02_01.html

・サーフライダー・ファウンデーション・ジャパン
 http://www.surfrider.jp/

・フィッシャリーナってなに?(社団法人 フィッシャリーナ協会)
 http://www.fisharina.or.jp/fisharina/index.html

東条海岸の全景。手前が問題のフィッシャリーナ。中央部の侵食の状況がわかる。

砂浜が細くなり、陸地に砂や波が押し寄せる。

フィッシャリーナはどの程度利用されているのだろうか。

【筆者】廣瀬 稔也(HIROSE, Toshiya) / 東アジア環境情報発伝所(East Asia Environmental Information Express Messenger) / 寄稿 /  [J06102701J]
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東京大気汚染訴訟結審と今後

東京の大気汚染は依然として深刻だ

東京 東京高裁で審理されてきた東京大気汚染訴訟の控訴審が、9月28日に全ての審理を終えて結審した。通常の訴訟ではこのあと判決を待つだけになるが、今回の結審にあたって裁判長は「和解の可能性と条件、内容について関係者から意見を聞きたい。解決ができるとすればそれが望ましい」と意見を述べた。原告側はこれを歓迎し、10月から和解への協議が裁判所で始まった。

 この訴訟は、自動車排ガス汚染を問題として、ぜんそくなど呼吸器の病気を持つ東京の患者たちが原告となって起こした民事訴訟である。1996年5月にまず99人の患者が提訴し、その後5回にわたって数百人が原告に加わり、現在、全体で600人以上の原告団となった。被告としたのは、国、東京都、自動車メーカー7社(トヨタ、日産など)で、幹線道路建設やディーゼル車の普及拡大、交通量抑制策の不在などが主な汚染原因とされている。

 原告側が訴訟を起こした最大の理由は、自動車排ガス汚染によってぜんそくなどが発病しても公的な補償制度が全くないということである。日本では、工場や火力発電所からの大気汚染が深刻だった1970~80年代、地元住民に対する補償制度があった。それと同じように自動車排ガス汚染に対応する補償制度が望まれ、そのための運動の中心手段として訴訟が起こされた。したがって今後の行方も、被告側がこの補償制度の要望にどう対応するかに大きくかかっている。

 東京都は、知事の公式発言では、補償制度に前向きであり、国や自動車メーカーにも働きかけるとしている。また一部報道では、自動車メーカー各社の間で対応がまだ揃っておらず、補償制度に否定的な社もあると報じられている。一方で国は、環境汚染補償を扱う環境省が公式に補償制度を拒否した。環境大臣が10月17日の記者会見で「因果関係のないものに税金は出せない」と言い、この問題の出発点である排ガス汚染とぜんそくとの関係自体を認めていない。

 今後は、そのような頑なな国の対応が変化するかどうかが最大の分岐点になるだろう。もし国に変化がない場合、東京都・メーカーとの和解が先行し、原告側は引き続き国を相手に訴訟を続けざるをえない。また都・メーカーとしても、国が因果関係を全否定する問題について正面から補償制度を設けることはハードルが高く、一時的な賠償金支払いなどにとどまる可能性は十分ある。

 『週刊金曜日』9月1日号の記事「排気ガスとぜんそくの関係」によれば、現在でも東京の子どもは全国平均の約2倍の割合でぜんそくを発病しており、大気汚染の低減はなお重要な課題である。この訴訟で原告側が指摘してきた幹線道路やディーゼル車、自動車交通の抑制策などについて、私も東京に暮らす市民の1人として考えていきたいと思う。

(参考URL)
・石原知事定例記者会見録(2006年9月29日)(東京都)
 http://www.metro.tokyo.jp/GOVERNOR/KAIKEN/TEXT/2006/060929.htm

・若林大臣就任記者会見録(2006年10月17日)(環境省)
 http://www.env.go.jp/annai/kaiken/h18/1017.html

【筆者】尾久 裕(OKU, Yu) / なし / 寄稿 /  [J06102702J]
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進化するバイオ・ディーゼル政策

ソウル市の決断と産業資源部の立場の変化

ソウル特別市 産業資源部とソウル市が、先週、一歩進んだバイオ・ディーゼル政策を相次いで発表した。ソウル市は、BD20(バイオ・ディーゼル20%+軽油80%)を、自治区を含む7機関の自治体の車両に普及していくと発表した。

 実は、BD20指定ガソリンスタンドが廃止されたことにより、自治体の車両にBD20を供給することは以前のテスト普及期間よりはるかに難しくなった。しかし厳しい条件の下、自治体レベルでは初めてBD20を積極的に普及することを決定した。そして、バイオ・ディーゼルの原料である廃食用油の収去、BD100車両導入の検討等、積極的な計画を検討している。意思が条件を超えたのだ。

 また、産業資源部は去る10月18日、バイオ・ディーゼルを漸進的に拡大するために、年内に中長期総合対策を樹立すると発表した。自治体の清掃車や官用車等にBD20使用推進法案を検討し、現在の非常に複雑なBD20の使用条件を緩和し、BD20の使用を促進するという計画にも言及した。

 環境運動連動は、去る7月に施行された産業資源部のバイオ・ディーゼル商用化政策に対し、以下の四つの点を挙げ、問題提起と批判をしたことがある。一つ目は、中長期的バイオ・ディーゼルの普及目標がないという点である。二つ目は、BD20市場をリサーチした結果、事実上、バイオ・ディーゼル普及決定が精油会社によって左右されているという点である。三つ目は、BD0.5は点火剤としてさえ使えないレベルであり、バイオ・ディーゼルを利用した大気改善効果が全く表れていないという点である。そして四つ目は、産業資源部の告示がバイオ・ディーゼルに対する自治体と市民の参加を阻んでいるという点である。

 しかし今回の産業資源の発表内容は、このような批判を相当部分使用したものに近く、エネルギーと気候の変化の危機に対する産業資源部石油産業チームが自ら歩み寄ったものとして評価することができる。

 もちろん、産業資源部の発表は方向性のみについて言及しただけであり、十分な内容を含んではいなかったという限界がある。これから、山積みの課題を産業資源部が賢く推進力をもって解決しさえすれば、産業資源部の発表が現実になることもあるであろう。まず産業資源部は、バイオ・ディーゼルを拡大補給するという確固たる意思を貫かなければならない。エネルギー危機の状況下で、バイオ・ディーゼル等、再生可能エネルギーの促進のための政府の切迫感と意思がなければ、現在の絶対的な石油依存の社会を変えることなどできない。

 特に、バイオ・ディーゼル<品質需給協議会(仮称)>の位置と役割を明らかにしなければならない。産業資源部が、バイオ・ディーゼル政策論議のための民間機構として提示した品質需給協議会は、産業資源部の発表内容とは異なり、まだ構成さえ完全ではない任意機構の性格を帯びている。性格と位置があいまいな品質需給協議会よりは、「普及協議会」と名称を定め、性格を明らかにしなければならないであろう。そして、バイオ・ディーゼル普及拡大のために責任のある論議をすることができるよう、政府が積極的に支援しなければならない。

 バイオ・ディーゼル拡大のためのソウル市の先導的な政策と、産業資源部の積極的な解決意思に支持と激励を送る。しかし、今後進行される全てのプロセスにて、一貫性のある前向きな態度と積極的な姿勢を通じ、エネルギーと気候の変化の危機に賢明に対処する産業資源部に生まれかわることを願う。

▲ロッテデパート本店にて行われたバイオ・ディーゼル広報キャンペーンⓒクォン・ミエ

【筆者】キム・ヨンジ(Kim Yeon-Ji) / 環境運動連合(KFEM) / 寄稿 /  [K06102501J]
【翻訳】安部 加奈]]>

ツバメを保護し、オリンピックを迎えよう

北京観鳥会が大興地区の四不像苑で「ツバメを保護し、オリンピックを迎えよう」というテーマの愛鳥・鳥類保護PRを展開

北京市ツバメを保護し、オリンピックを迎えよう――北京観鳥会がバードウォッチングで愛鳥PR活動

 国慶節(10.1~7)期間、北京観鳥会は大興地区の四不像苑で、「ツバメを保護し、オリンピックを迎えよう」をテーマとした愛鳥・鳥類保護PRを行った。この活動では、様々な形式で北京地区のツバメに関する科学知識とバードウォッチング知識を観光客に紹介し、PRパンフレットを配布した。子供たちは、長さ1.5m、幅20mの布に色とりどりのペンで心の中のツバメを描き出し、ツバメや鳥類に対する熱い思いや、科学知識へのあこがれ、大自然への心からの祝福を表現した。これは、北京観鳥会が北京地区のバードウォッチャーを代表して、初めて世界バードフェスティバルに参加したもので、世界バードフェスティバルは毎年10月に行われるが、具体的な期間は各地の状況に応じて確定される。北京観鳥会が今回の活動を国慶節期間に開催したのは、より広い範囲で、バードウォッチと愛鳥の理念を普及させ、より多くの人にバードウォッチングと愛鳥の隊列に加わってもらい、中国におけるバードウォッチング事業の発展の歩みを加速させたい、という願いからである。

 2008年の北京オリンピックのマスコットであるニィニィは、翼を広げて空を飛ぶツバメであり、北京の伝統的な「沙燕風筝」(ツバメ凧)がそのモチーフとなっている。「燕」は古代北京の呼び名――「燕」も表している。

 鳥類学の分類上では、ツバメはアマツバメとツバメに分類され、北京市でよく見られるのはツバメ2種とアマツバメ1種、つまりツバメ、コシアカツバメ及びヨーロッパアマツバメ(以前は「北京雨燕」と命名されていた)であり、北京周辺地区で記録があるアマツバメには、ヒメアマツバメ・ショウドウツバメ・ガケツバメ・イワツバメ・ハリオアマツバメなどがある。北京は、ヨーロッパアマツバメ(北京雨燕)のモデル繁殖地であり、この鳥類分布が最も集中した地区のひとつでもある。毎年多くのヨーロッパアマツバメが北京の古い建築物が集中した地区で巣を作って繁殖しており、北京はこの種の生存と繁殖に重要な意義を持っている。そこで、ヨーロッパアマツバメに関係する科学知識の普及を行い、ヨーロッパアマツバメ及び関連資源の保護を強化することは、北京地区の生物多様性の保護にプラスとなるのである。毎年3、4月から7、8月の間、北京ではヨーロッパアマツバメがよく見られる。観測調査によると、ヨーロッパアマツバメ(北京雨燕)の種は3,000匹以上になると推測されている。

 2003年に発足した北京観鳥会は、中国のバードウォッチング活動の普及に伴って生まれたものである。中国のバードウォッチング活動は1996年に開始され、バードウォッチング活動が全国で普及するにしたがって、中国のバードウォッチャーはしだいに多くなり、北京観鳥会の発足以来、北京のバードウォッチャーの間では何度もバードウォッチング活動、北京の重点鳥類区・重点鳥類の科学調査及び鳥類保護知識に関するPR・普及活動が行われている。北京観鳥会では一年近くに渡り、北京大興地区の四不像苑で鳥類調査を行っており、現在69種の鳥類が観察されている。

(撮影:北京観鳥会 趙欣如 肖雯 梁煊)

【筆者】侯 笑如 / 北京観鳥会 / 寄稿 /  [C06101801J]
【翻訳】中文和訳チームC班 橘 高子]]>

車のない姓三峙路に向かって…

歩いて姓三峙(ソンサムジェ)まで-第4回姓三峙路ウォーキング大会が開かれました。

全羅南道 10月14日第4回「姓三峙路ウォーキング大会」イベントが智異山(チリサン)で開かれました。参加者は全羅北道南原市のダルグンキャンプ場と全羅南道求礼郡(クレグン)の泉隱寺(チョンウンサ)の両側から午前10時30分から出発し、姓三峙の道路に沿って3時間あまりを歩いて午後1時30分に姓三峙駐車場に到着しました。

 求礼郡の泉隱寺から出発した約70人の人たちが先に到着して、ダルグンから出発した人たちを拍手で迎えてくれました。昼食後、2時30分から姓三峙の駐車場において「姓三峙路ウォーキング大会」の意味を改めて考えるイベントが開かれました。

 湖南(ホナム)大学のオ・グギュン教授と牛頭城(ウデュソン)の国立公園を守る市民会(以下、国市会)の副会長兼智異山生命連帯の共同代表の挨拶後、慶尚南道河東の智異山平和教会「アルムナラ」の子供たちが自然をテーマにした祝賀の歌を歌ってくれました。そして求礼(クレ)に住む学生、チェ・ボランさんにより「智異山へ送る手紙」が朗読され、続いて、弘益(ホンイク)大学前のクラブでシンガーソングライタ-として活動している「サイ」の記念ライブが行われました。その後、姓三峙から下山することでこのイベントが幕を下ろしました。

 この日のイベントには1歳から50代の中年層の参加者まで含めて170人余りの様々な年齢層の人たちが全国から参加しました。姓三峙路ウォーキング大会は、年1回でも姓三峙の道を自分の足で登ってその道を智異山に返してあげる方法を探るために毎年秋に開いているものです。

 国立公園1号、智異山は朝鮮半島生態系の宝庫であり、民族の霊山として全国民の心に刻まれています。1988年姓三峙貫通道路が開通して以来、智異山国立公園の入場客数は急激に増加し、老姑壇の場合は、道路が開発される前より20倍ちかく探訪客が集中しています。

 姓三峙の貫通道路は老姑壇(ノゴダン)の生態系のみならず、智異山国立公園全体の生態系を脅かしています。そして、この道路から姓三峙へ登る探訪客の車両の騒音と排気ガスは国立公園の環境を脅かしているもう一つの要因でもあります。智異山生命連帯は姓三峙のウォーキング大会とともに、近いうちに住民たちが参加する「姓三峙道路を見直すための民官協議会」(仮称)を構成し、智異山国立公園の貫通道路問題を解決するための活動を展開していく予定です。

 智異山国立公園を愛し、守っていこうと努めている彼らは年1回でも姓三峙の道路を自分の足で歩き、この道を智異山に返す方法を探り、智異山が直面している様々な問題を共有することで、智異山に対するありがたさを考える機会を持ちたいと思います。

【筆者】智異山生命連帯(Jirisan Networks) / 智異山生命連帯(Jirisan Networks) / 寄稿 /  [K06101401J]
【翻訳】尹美英]]>

カネミ油症被害者らが集会 国に救済求め決議

40年近く被害者の大半が放置された「カネミ油症事件」。被害者たちは全面救済を求めている。

東京 9月24日、東京に「カネミ油症事件」の被害者ら約120人が集まり、仮払金返還免除、医療費の全額負担など、立法による全面救済を国に求めた。現在、ダイオキシン類被害としての国の対策は取られておらず、被害者の大半は30年以上の長期に渡り放置された状態にある。

 「カネミ油症事件」は1968年、西日本一帯に発生した日本最大の食品公害である。カネミ倉庫が製造したカネミライスオイルにダイオキシン類が混入し、食用した人々に健康被害が出たという事件だ。租製油を脱臭する過程での加熱に、PCB(ポリ塩化ビフェニル)を熱媒体として使用しており、これが油中に漏れ、ダイオキシン類(PCDF・コプラナーPCB)が生成されたという。

  汚染された食用油を食した人々は、塩素ニキビ、眼脂、目まい、嘔吐、腹痛、頭痛、手足のしびれ、脱毛、皮膚や爪の黒変化などを発症し、1万4000人もの被害者の届出があった。しかし、発症当時に油症被害者として認定されたのは1867人足らずである。

 2004年9月に、全国油症治療研究班により、ダイオキシン類を含む新認定基準がつくられ、カネミ油症被害者へのダイオキシン被害者としての救済拡大が期待されたが、わずか22名の新認定に留まった。

 カネミ油症事件以前に、原因となったライスオイルの廃油を配合した飼料により70万羽もの鶏が死亡するという「ダーク油事件」が起きた。人間より先に動物に被害が出るという公害事件の前兆が見られていたにもかかわらず、国は適切な対策を取らなかった。国の被害者に対する責任は明らかであるのに、現在も被害者
は救済されていない。

 さらに次世代への影響も懸念される。油症被害後の妊娠84件中20件は自然流産、死産、人工中絶となっており、7件には「黒い赤ちゃん(PCB胎児症)」の被害が出ている。

 実際の被害以外にも仮払金問題がある。1970年より17年間、第1陣から第5陣にわたって国、責任企業に油症被害の損害賠償を求めた裁判が行われた。1・3陣の1・2審判決で、農水省の対策の怠慢が認められ国に勝訴し、約830人が仮払金としておよそ300万円を受け取った。しかし、最高裁では敗訴するといった噂などを受け、国、責任企業との和解案を受け入れることになった。これで裁判は落ち着いたように思われた。ところが、1996年に国が各地の裁判所に仮執行金の返還を求める調停を申し立て、各原告に仮払金返還の督促状を送付した。油症被害者の一部には、この仮払金の返還という負担がのしかかった。この金は医療費や裁判費用に費やされており、すでに返金不可能な状態である。

このようなことが起こった理由として、国が仮払金の返還請求をしないだろうと踏んだ被害者側の弁護士団の判断の甘さなどが指摘されている。しかし、いかなる理由にせよ、公害事件の被害者が今も苦しみ続けている現状は、目に余るものがある。

 そろそろ事件発生から40年が過ぎようというのに、カネミ油症事件被害の救済は程遠いように思える。

参考論文:

http://www.shakai-gijutsu.com/ronbun/ronbun.4.pdf

(事件の全体像として)

【筆者】小村哲也(KOMURA, Tetsuya) / 東アジア環境情報発伝所(East Asia Environmental Information Express Messenger) / 寄稿 /  [J06101302J]
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高レベル放射性廃棄物処分場誘致の声が各地であがるわけ

高レベル放射性廃棄物の処分場を誘致しようとする動きが活発だ

日本全土 最近、高レベル放射性廃棄物の処分場を誘致しようとする動きが活発に見られる。連日のように報道されている地域は高知県の東洋町や津野町、滋賀県余呉町などである。しかし、この動きは廃棄物処分の重要性の認識の上と言うより、多額の交付金が出ることに目がくらんだ一部の有力者によるものといえよう。置き去りにされている地元住民は高レベル放射性廃棄物の危険を訴える講演会を主催するなど活発な動きを展開して反対の運動を展開している。

 原子力発電を行なえば必然的に放射性廃棄物が発生する。これらには、発電所の定期検査などで出る放射能レベルが比較的低い廃棄物と、核分裂によって生じた放射能が極めて高いレベルの廃棄物がある。高レベル放射性廃棄物は仮に人が1メートル以内に近づけば数秒で致死量の被ばくをするほど放射線が強い。さらに、その毒性が数百万年にわたって続くことから非常に厄介な廃棄物である。原発を始めた数十年前には比較的簡単に処分できると信じられていたようである。だが、いまや最も厄介なものと認識されるようになった。

 1999年にこの処分に関する「特定放射性廃棄物の最終処分に関する法律」ができ、地下300メートルより深い地層に埋めて捨てることが決まった。事業の開始は2030年ごろからを目標として、処分の実施主体である原子力発電環境整備機構が全国の自治体へ処分地の公募を行っている。選定の過程は、立候補を受けた地域を文献調査して可能性ありとなれば、次に地層などの概要を調査して適地と評価されれば、処分場設計のための精密調査が行なわれる。精密調査地域は全国1~2ヶ所で行ないたいとしている。

 政府の原子力政策は今後数十年にわたって原子力を利用し続けることを方針としている。これでは処分場は2ヶ所でも足りなくなるだろう。放射性廃棄物がたまり続けているのに処分地がないという異常な事態は、原子力開発が廃棄物の処分について充分な議論と対策をなおざりにして進めてきた結果である。

 推進の動きに対抗して処分場の危険を訴える声が高まっている。放射性廃棄物の毒性が超長期間続くのに対して、今の技術で人間環境から隔離できるとされている期間はせいぜい1万年程度とわずかである。これらはベストな条件でのことであり、実際に処分してみたときに極めて早くに漏れ出てくる恐れが残る。1万年以降は自然条件任せであるが、それなら処分地をより厳密な条件で探すべきであるものの、それだと選択肢が狭まることで賛否が争点化して処分が実現できなくなる恐れが高い。

 こうして、火山地帯周辺20kmや明らかな活断層は避けるなど、わずかな条件をつけて選定の幅を広げている。無理な選定のしわ寄せは処分地を受け入れた地元住民にのしかかることになる。

 このところの動きの活発さは、立候補により支給される交付金が07年度から増額されることになったからに違いない。申請を10月中に行なわなければ、次年度に交付金が得られない。2000年に文献調査期間中は毎年2億円、概要調査期間中は毎年20億円を支給することで制度が出発したが、これまで誘致の噂が流れると、その段階で住民の強い反対にあって潰されてきた。そこで、政府は文献調査期間中の総額を20億円とし、単年度で最大10億円に増やした。この金額に浮き足立っていくつかの自治体で動きが出ているのだ。原発への依存や処分のあり方を根本から考え直す好機にするべきだろう。

(参考URL)
・「最終処分施設の設置可能性を調査する区域」を公募中。(原子力発電環境整備機構)
 http://www.numo.or.jp/

・特定放射性廃棄物の最終処分に関する法律(条文)
 http://www.numo.or.jp/lebel/shobun_horitsu.html

・「高レベル廃棄物処分場誘致の動き-各地での立地工作に警戒必要」(『原子力資料情報室通信』388号(2006.10.1)』より)
 http://cnic.jp/modules/news/article.php?storyid=422 

東北電力女川原子力発電所(Wikipediaより)

【筆者】伴英幸(BAN, Hideyuki) / 原子力資料情報室(cnic) / 寄稿 /  [J06101301J]
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第3回セマングム生命平和文化祭 「終わらない干潟の歌」

私たちに干潟のもつ意味と生命の尊厳を気づかせる。

全羅北道 9月30日、明洞のヒャンニン教会にて第3回セマングム生命平和文化祭「終わらない歌」が開かれました。“文化を考える人々”が企画し、“草花の世界のための会”と、青山別曲さんがリーダーを務める“蝶よ、青山に行こう”、および市民環境研究所が主催しました。ウンソンプルさんが所属されている出版社、クムルコの名前で本を後援してくださいました。特にトルプルさんはヒャンニン教会に通っておられ、物心両面で行事をサポートしてくださったそうです。

 今回の「セマングム生命平和文化祭」は、セマングム干潟と共にチャンハン干潟にも関心を向ける時間だったといえます。8月にチロンイプルさんとオルトップルさんが「チャンハン干潟を救う行進」に参加されたことは覚えていますか?そのときの縁でさらに親しくなったニュース舒川(ソチョン)のヤン・スチョル代表が、今回舞台に上がりチャンハン干潟の状況について説明してくださいました。いつもそうであるように、開発の名のもとに多くの生命が殺されようとしているというのが主な内容でした。チャンハン干潟がセマングムと同じ目に遭わないように、という願いは切実です。文化祭に関連した話は“文化を考える人々”が掲載した記事を見るだけでもよいと思います。

 実は、当日はあちこち奔走した関係で行事会場にはあまり入れませんでした。

 ピョンサンパラムコッさんとパルガさん、そして私はこのように行事会場にあたふたと到着したのですが、なんと大事な草花ノートを事務所に置いて来てしまったではないですか。仕方なくまた事務所に引き返すしかありませんでした。そうやって行ったり来たりして1時間半ほどかかりました。ノートも重く、ヒャンニン教会に戻るのに道にも迷ってしまいました。

 ヒャンニン教会の入口にはホ・チョルヒ先生とニュース舒川のイ・ガンソンさんが撮ったセマングム干潟の写真が展示されていました。セマングムせき止め工事の前と後に撮った写真でしたが、多くの人が写真の前から目をそらすことのできない光景が演出されていました。

 1階のロビー左側に草花の世界ブースが設けられており、ノートや本の販売をしたり、来場された方たちにカレンダーと「草原」(会報)を差し上げたりしました。1階の建物内にはフリーマーケットが設けられ、クムルコで後援した本やリサイクルグッズ、アクリルタワシなど、多様で役に立つ品々が並びました。
行事が終わるとニュース舒川のヤン代表と界火島(ケファド)のコグマ(本名コ・ウンシク)さん、コチョルさんが挨拶を交わし、喜び合いました。

 文化祭の締めくくりはカガミ貝のスープの試食でした。セマングムせき止め工事の後、とれなくなっていたカガミ貝が、最近になりにわかに増えてきたそうです。界火島のコグマさんも理由はよくわからないとおっしゃっていました。みんな喜んでカガミ貝を1つずつ食べ、席を立ちました。セマングムがこれからも生き続け、カガミ貝だけは不自由なく食べられたらいいなと思いました。そんな日が必ず来ますよね?

 みんな三々五々、文化祭の打ち上げに出掛け、パルガさんと私は少し遅れて到着されたトルコッさんと荷物を整理して事務所に戻りました。骨の折れる1日でしたが、セマングムへの期待を失くすまいとする方々と共に過ごすことができ、幸せな時間でした。

小さな天使たちの歌声が聞こえませんか?

“セマングム生命平和文化祭”の垂れ幕

教会入口に設けられたセマングム写真展

【筆者】草花の世界のための会(Nature Trail-For the Beauty of This Earth) / 草花の世界のための会(Nature Trail-For the Beauty of This Earth) / 寄稿 /  [K06101201J]
【翻訳】朴裕美]]>