「緑色五輪」を顧みて

環境に配慮したオリンピックをめざした北京五輪が閉幕した。

北京市 8月24日、北京五輪の閉幕式をテレビで見て思わず口元が緩んでしまった。人、人、人。無論開会式の比ではなかったが、壮大なパフォーマンスを通して13億人のパワーをひしひしと感じた。

 だが、これほどの人口となるとそれによって生じる問題も桁違いの規模になってくる。環境問題がまさにそうだ。各国メディアによって繰り返し報道されており、その深刻さをここであえて述べる必要はないだろう。12年前にシドニーの五輪誘致が決まった際にも北京の大気汚染が大きく響いた。過去の環境汚染について、現在中国で環境ビジネスを営む、ある日本人の文章を引用させていただく。

「上海のような有名な都市が、なぜこのように汚いのか、少し離れた農村部や、また東洋のベニスとまで謳われた蘇州の運河や水路までが『どぶ川』化しており、古都の詩的風景を想像していた私は、その環境汚染の現状と実態を知れば知るほど、中国に対する失望と自分も今このような環境下に住んでいるというおぞましい現実にぞっとした覚えがある。
 環境に対する印象の持ち方は、人それぞれではあるものの、特に中国の歴史が好きであるがゆえに留学にまで来た私の想いが、この汚さによって裏切られたような感覚に陥り、それ以来、中国の環境問題に真っ向から取り組んでいこうという決意を抱いたのである。」 ―― サーチナ論文大賞2006受賞論文-最優秀賞・西田幸喜

 2000年の誘致成功から8年。中国国家環境保護総局は、オリンピック招致の条件である北京市の環境汚染対策として、この間に1千億元を投入したとしている。さらに開催間近まで政府は環境への取り組みを必死にアピールしてきた。

 ・北京五輪会場の周辺にある街灯の8割に太陽光発電を利用
 ・選手村でも太陽光で沸かしたお湯を使用
 ・5月からスポーツ施設や文化財保護施設での禁煙を実施
 ・タバコの広告や、タバコメーカーとのスポンサー契約を禁止

 といった具合である。北京市内では厳しい車両規制に悲鳴を上げる市民(無論、車所有者が多数を占める)が続出している。それらを受けてなのか、IOC(国際オリンピック委員会)医事委員長のアルネ・リュンクビスト教授は「北京の大気の質はかなり改善された。北京五輪参加選手にとっても健康問題にはならないだろう。一部の世界のメディアはこれを無視して無責任な報道をしている」とさえ発表した。IOCは中国政府と北京五輪組織委員会が、大気汚染の改善対策を進めた努力を高く評価したのだ。

 話を戻すが、運よく男子サッカー決勝戦のチケットを手に入れることができた私は23日にナショナルスタジアム(通称「鳥の巣」)で観戦した。観客収容数は9万人以上と聞く競技場をすぐそばから見るのはやはり圧巻で、テレビ、売店、トイレなどの設備も完備されており、僅か17日間のオリンピックのために建てられたと思うといささかもったいない気もする。水色のユニフォームに身を包んだ大学生ボランティアの姿も印象的だった。その後のアルゼンチンvsナイジェリア戦もそれに負けず熱烈だったが、試合が終わり席を立とうとしたときにふと違和感を覚えた。観客席に紙カップや菓子の袋が散乱していて歩くことさえ困難だったのだ。すぐそばにゴミ箱があったにもかかわらず、である。必死に掃除をする清掃員の方を見て、自分が残したゴミでもないのに申し訳なく思った。

 テロや汚染問題などが懸念されてきた北京五輪だったが、大きな問題もなく、16日間の会期をへて閉会した。政府が力を入れた環境対策も、個人的には合格点を出せるのではないかと思う。当初の目的が何だったにせよ、五輪を機に中国が環境問題とより真剣に向き合うようになったのは事実なのだから。あえて言わせてもらえれば、省エネ設備や車両規制など「ハード」面での対策よりも、人々の意識を変える「ソフト」面(公共道徳教育の徹底、そして環境保護対策の技術や実地での検証を通しての指導など)の対策により力を入れてほしかった。前述のサッカー試合でも、例えば入場前の観客一人ひとりにゴミ袋を手渡すなどもっと工夫ができたのではないかと思うと残念でならない。

 中国の環境問題は複雑かつ深刻だ。五輪は単なる通過点に過ぎず、これで問題が解決したかと問われれば答えはもちろん「ノー」である。今後は開催期間中だけ北京への車の乗り入れを禁止するなどの場当たり的な処置ではなく、経済発展形式の改革も視野に入れた抜本的な対策が必要になるだろう。取り組みを単に取り組みとして残すのではなく、以後の継続的な環境保護に繋げてほしい。

 繰り返すようだが、環境問題にしろ他の問題にしろ、中国がそれらを克服するために行ってきた様々な努力は評価されるべきだと考える。今後もこれらの努力が途絶えないことを期待したい。今大会で活躍した中国人選手団のように、20-30年後の中国が世界に誇れる「環境対策先進国」であることを切に望む。

【筆者】張 一 / 環境友好公益協会 / 寄稿 /  [C08082901J]
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「環境保全活動・環境教育推進法」に関する調査結果がまとまる

同法において必要とされる今後の対策とは?

日本全土 環境教育を推進し、環境の保全に国民一人ひとりが自発的に取り組む意欲を高めることを目的とし、平成16年10月に施行された環境保全活動・環境教育推進法(「環境の保全のための意欲の増進及び環境教育の推進に関する法律」)の進捗状況に関する調査が行われ、その結果がまとめられた。

 この調査は、同法の中で、施行後5年をめどに施行状況を検討し、必要な措置を講ずることが定められていることから、今後、環境教育や環境保全活動を推進するための法制度的な対策等の洗い出しを行うこと目的として行われ、(1)アンケート調査(小・中学校、地方自治体、企業、NPOを無作為抽出。発送数:2,984、回収数:877、回収率29%)、(2)先進的に取り組んでいると目される団体(小・中学校、地方自治体、企業、NPO等)へのヒアリング調査、(3)有識者8名による懇談会の開催、などが行われた。

 調査が小規模であったため、全体的な傾向は示しがたい。具体的な数字については割愛するが、同法の成果として、(1)比較的大規模な地方自治体では環境教育に関する計画や方針の策定が進んだこと、(2)法律の存在により環境教育の予算を大きく増やすことができた自治体や助けになったとする学校もあったこと、などが表れていたことは特筆される。

 しかし、2002年に南アフリカ共和国で開催されたヨハネスブルグサミット(持続可能な開発に関する世界首脳会議)で、日本から提案されたESD(持続可能な開発のための教育)に関する取組については、まだ認知度が低く、学校や自治体等でこれら取組が進んでいないなどの課題も見られた。

 今回の調査結果を受け、同法において必要とされる今後の対策としては主に、(1)環境保全活動をより促進するためのNPOに対する財政的な支援、(2)地方自治体や学校におけるESDの取組を進めるための支援、(3)企業やNPO等が有する環境学習に関する施設やフィールドに対する財政面・税制面での支援、などを挙げている。

(参考URL)
 環境保全活動・環境教育推進法 http://www.env.go.jp/policy/suishin_ho/

「環境教育の推進に係る制度的検討業務 報告書」(表紙)

【筆者】中村 洋(NAKAMURA, Hiroshi) / (財)地球・人間環境フォーラム(Global Environmental Forum) / 寄稿 /  [J08082901J]
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オリンピック閉幕後、北京の青空のための“低炭素の旅”

北京オリンピックが閉幕

北京市 北京オリンピックが閉幕した。

 北京の人々は、中国選手が金メダルを獲得した場面を思い出すのと同時に、オリンピックがもたらした晴天を懐かしんでいる。北京市環境保護局が8月15日に公開したデータによると、8月の14日間、北京の空気の質は毎日基準に達しており、その内の5日間は質が最も良いとされる一級水準に達している。

 多くの北京の人々は、久しぶりの青空に対する喜びと、その青空がすぐに消え去ってしまうことに対する不安を感じている。つまり、オリンピック期間中の北京の青空は改善された結果ではなく、人工的にコントロールした結果なのである。このようにコントロールされた状態を維持し続けることは難しい。北京市環境保護局のスポークスマン、杜少中氏は、以下のように述べた。「オリンピック期間中の臨時排出削減措置、オリンピック前に実施した大気汚染の総合的措置案は、全て8月の北京の青空のための“セーフガード”であった。まず、オリンピック前に北京を含む周辺の省の大気汚染の総合的措置を全て完了させた。次にオリンピック期間中に、車両制限・一部企業の生産停止・建設停止などの臨時排出削減措置を実施した。専門的な検査を行うことにより、各臨時排出削減措置を着実に実施した。」 (2008-08-16《北京晩報》)

 これに対し、多くの市民から、オリンピック期間中に行われた車両のナンバープレートの奇数・偶数による通行制限措置を続けて欲しいとの要望が出ている。しかし、このような措置は社会の様々な方面に影響を及ぼし、今後複雑な問題が出てくることになるだろう。現在、このような措置の執行に対し、明確な態度を示している部門はない。

 この度、自然の友では“低炭素の旅”活動を計画中であり、ボランティアの募集を行っている。ボランティア募集通知の内容は以下の通りである。
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■通知文:

「北京市民の自家用車保有数の増加に伴い、自動車の排気ガスが北京の大気汚染の主な原因となっている。同時に、自転車道の減少に伴い、自転車に乗る環境が悪化し、自転車交通がしだいに周辺化しつつある。

 自然の友では、2005年に“北京サイクリング”活動を始めて以来、この話題に関して多くの関心を集めている。2008年9月22日の“世界ノーカーデー”を迎えるにあたり、“ナンバープレート通行規制”の行政命令終了後も、都市の住民に自主的に自転車・公共交通・相乗り通勤など“二酸化炭素低排出”の外出方法を定着させるため、自然の友では“低炭素の旅”活動を提案し、公衆の自転車・公共交通に対する意識の向上を目指し、細部から自転車や公共交通の快適度を改善し、“低炭素の旅”を都市市民が自主的に行うことを望んでいる。

 暑い夏が終わり、爽やかな秋風を感じる中、お気に入りの自転車に乗り、同じ趣味を持つ仲間と一緒に自然を楽しみ、自分自身の目で見た“低炭素の旅”の物語と私達の都市を記録しよう!」

■ボランティアに対する要求事項:

 サイクリングが好きであること;北京の交通情況に興味があること;カメラまたはデジタルビデオの扱いに慣れていること;インターネット接続できること;健康状態が良好であること;8月30日のボランティア研修に参加できること。

■活動内容:

 1. “北京四環路以内のサイクリングロードの記録”活動への参加。
 2. お勧めのルート、評価、写真、動画などを含むロードマップ(インターネット版)の提供。
 3. ホームページ http://www.greenmap.org.cn/ でのルートの解説。
 4. “低炭素の旅”の“自転車友達”ルート選択への参加。

■活動期間:2008年8月30日~9月22日

■連絡先:自然の友事務室
 電話番号: 86-10-65232040 / 65120929 / 65120827 / 65120937
 FAX:86-10-65286069
 住所:北京市東城区甘雨胡同53号万博写字楼368室
 郵便番号:100006

【筆者】康 雪(KANG,Xue) / 自然の友(Friends of Nature) / 寄稿 /  [C08082701J]
【翻訳】中日翻訳チームC班 富川玲子]]>

子どもたちの“足と目”が支える指標生物調査

タンポポの分布状況を調べて、自分たちが住んでいるまちの自然環境を調べる活動を子どもたちとともに続けている。

大阪 大阪市西淀川区は、1960年代から始まる日本の高度経済成長時代には「公害の街」と呼ばれ、周囲の工場から排出される大気汚染は、自分で移動することのできない植物に容赦なく襲いかかった。アサガオが一夜にして枯れてしまったり、キンモクセイが花をつけなかった年が何年も続いた。セミが羽化できず、静かな夏になった年もあった。

■春はタンポポ、夏はセミ

 そんな植物のひとつ、タンポポの分布状況を子どもたちとともに調査し、自分たちが住んでいるまちの自然環境を調べる活動を続けている。調査が始まったのは1996年。公害のまちの再生をめざすあおぞら財団がよびかけた。まちの再生には「まちの現状」を知ることから始めようと、在来種と外来種で生育環境に違いのあるタンポポを指標にすることにした。また夏には、セミのぬけがらを調べることにした。長期間土中で過ごすセミは、種類によって好む環境が異なるので環境の指標となる。

 タンポポには、日本に古くから分布している在来種(カンサイタンポポ *主に長野県以西の本州と四国・九州における在来種)と、明治時代(1860年~)以降に日本に移入された外来種(セイヨウタンポポ)がある。カンサイタンポポは、日本に昔からあるタンポポで、里山など農村的環境で生育し、虫や蝶がいないと子孫を増やすことができない。一方、セイヨウタンポポは荒れた土地やコンクリートの隙間でも根を張り自家受粉で広がる。都市部の大阪市西淀川区でみられるタンポポは、セイヨウタンポポばかりで、カンサイタンポポは数えるほどしか存在しない。

(参考)タンポポの見分け方

 タンポポの見分け方は、比較的簡単で、花の裏をみて見分けることができる。

 総苞外片(そうほうがいへん)(花びらのまわりをとりまくガクのような部分)がそりかえっているのが、セイヨウタンポポで、まっすぐ上をむいているのが、カンサイタンポポである。(イラスト参照)

■地域の環境を身近な植物・タンポポを通して考える~”タンポポ博士”の誕生

 西淀川区の大野川緑陰道路で行われた今年の調査(4月26日)には、区内の学童保育所やガールスカウトの子どもたち50人が参加。半日かけて3.8kmの緑陰道路の約半分を歩き、3カ所・7株のカンサイタンポポを発見した。

 「虫や蝶がすめるような環境でないとカンサイタンポポは生きていけません。多くの生き物が一緒にすめる環境は、人間にやさしく住みよい環境でもあります」という説明に子どもたちが大きくうなずいた。”タンポポ博士”はこうして増えていく。

 8月23日はセミのぬけがら調べを予定している。ひとまわり大きくなった子どもたちの元気な笑顔に会えるのが楽しみだ。


セイヨウタンポポ(総苞外片がそりかえっている)

カンサイタンポポ(総苞外片が上をむいている)

【筆者】小平智子(ODAIRA, Tomoko) / あおぞら財団 / 寄稿 /  [J08082202J]
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あが便り(その4) ― “新潟の宝もん”~映画「阿賀に生きる」

映画づくりから見えてきた新潟独自の運動スタイル

新潟 「新潟へ行ったら旗野を訪ねたらいい、酒が呑めて泊めてもらえるはずだから」と、26歳の佐藤真(さとう・まこと)監督はその大きな身体を屈めて我が家を訪ねてくれた。私はとにかく嬉しくて船大工の遠藤さんや餅屋のジィちゃんの魅力を自慢し、阿賀のほとりの映画づくりを打診した。毎晩おおいに杯を酌み交わし、夢を語りあったことが懐かしい。

 「日常生活をそのまま撮ればいい、水俣病という言葉を使わなくとも、その暮らしの背景には必ず水俣病が映るはずだから・・・」そして8年後の1992年の春、誰もが予想しなかった国内外から賞賛されるドキュメンタリー映画「阿賀に生きる」が完成する。患者さんはスクリーンに登場する自身の姿を面白がって喜んでくれたのだが、翌年の春には栄作さん、餅屋のジィちゃん、そしてバァちゃんが相次いで逝ってしまう。一年遅かったら撮れなかったであろう、まさに奇跡のような「新潟の宝もん」の映画となった。

 好きな場面が三つある。昭和電工近くに住む芳男さんは妻のミヤヱさんと二人で山間の棚田を作っている。嫁いだ娘さんは水俣病や高齢を気遣って「もう、いい加減やめたら」と電話を掛けてくる。「こんな山ん中の田んぼ、誰も作るもんなんか居ねぇ。でもな、俺それがまた好きなんだわ」と怒りながらも、最後はニッコリと微笑む。

 カタブツで知られる船大工の遠藤さんは、窓ガラスが割れていたので修理を申し出ると「そこは毎年、朝顔が挨拶に来る入り口だからそのままで良い」と言う。そして、カメラマンの小林茂さんは割れたガラスの隙間から朝顔が一輪、本当に花を咲かせているシーンを見逃さずに撮っていた。

 餅屋のジィちゃんは酒宴のあとに「今日の酒は旨かった。仲間居て旨かった」と撮影スタッフを仲間と呼び、バァちゃんに静かに語りかける。それぞれ水俣病や高齢化や貧困を抱えつつ、それでも心豊かに生きていることを教えてくれた人生の達人だった。

 私はその達人に囲まれ、地元で一番に良い思いをした者として5月の連休に追悼集会「阿賀の岸辺にて」を企画した。気がつけば今年で16回になった。北は北海道から南は沖縄まで「阿賀に生きる」ファンが毎年100人余りも駆けつけてくれる。

 10回目の節目の年、佐藤監督は再び小林カメラマンと組んで現地に入るべく第二弾「阿賀の記憶」の制作を発表したが、追悼集会の最中に小林さんは脳梗塞で倒れた。その後も難題が立ち塞がるが、2004年「阿賀の記憶」はついに完成する。前作と違って実験映画的な「あの世」と「この世」を撮るという要素も含みつつ、餅屋のジィちゃん、バァちゃんが亡くなった後、一人で暮らすキミイさんや安田患者の会専属民謡歌手でもある88歳の参治さんが歌い、昔話を語る。なんとも不思議な映画となった。

 最初の頃、熊本に比べ新潟には表現者がいない、文化運動が無いと嘆いてばかりいた私だったが、佐藤監督と出会い仕事を重ねるうちに熊本とは違う新潟のスタイルが見えてきて嬉しかった。その恩人でもある佐藤真監督が昨年の9月4日、49歳の若さで突然逝った。早いものでもう一年になる。もっと一緒に仕事をしたかったとつくづく思う。残念でならない。感謝を込めて心から合掌したい。

(あが便り バックナンバー)

・その3「患者さんにずっと寄り添っていくという決意」
 http://www.enviroasia.info/news/news_detail.php3/J08071801J

・その2「立ち上がる安田町の人びと」
 http://www.enviroasia.info/news/news_detail.php3/J08062001J

・その1「第4回東アジア環境市民会議・新潟開催に向けて」
 http://www.enviroasia.info/news/news_detail.php3/J08060602J

追悼集会「阿賀の岸辺にて」

「阿賀に生きる」 撮影風景(1)

「阿賀に生きる」 撮影風景(2)

【筆者】旗野秀人(HATANO, Hideto) / 新潟水俣病安田患者の会事務局 / 寄稿 /  [J08082201J]
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北京市民の関心「五輪閉幕後も、青空は続くのか?」

8月以降、北京の大気質は日々基準に達し、晴天時には青々とした空

中国全土 8月以降、北京の大気質は日々基準に達しており、晴天時には青々とした空が広がっている。住宅地の人々は空を眺め、「北京の空は青くなれるものだ」と口々に言い、「五輪閉幕後も、北京の空は青いままなのか」と討論するのだった。

 そして、ある程度の汚染復活はあるものの、以前に比べれば好転するだろうという結論に達した。

 このように推測するのにもちゃんと根拠はある。まず「ある程度の汚染復活」についてだが、数千箇所の建築現場が再開し、奇数偶数ナンバーの車両規制が終了し、一時操業停止していた汚染工場も再稼動を始め、その他一時的措置全てが取り消されるためである。そして「好転」については、北京が供給するガソリンは既に環境保護基準に達しており、いくつかの大規模な工業企業は移転し、より多くの工業生産用に、ストーブの燃料に、また家庭用キッチンに天然ガスが使われるようになるからだ。

 そしてもう一つ言えるのは、五輪期間中良質な空気を堪能した市民らは、大気の質に敏感になっており、大きな汚染復活には耐えられないということだ。街の人々が五輪閉幕後の空について話題にすること、そのこと自体が心の中の希望を表している。このように希望を持っている人はきっと少なくない。大勢の人が切望することは一種の動力になり、またプレッシャーにもなる。

 五輪閉幕後も気を抜くことなく、この勢いに乗じて、汚染復活をできるだけ抑え、北京の大気質を更に改善させなければならない。

 大気汚染の改善は政府だけの責任ではなく、市民全体の責任でもある。北京在住のフランス人ジュリアン氏は最近新聞に載せた記事の中で、あるスローガンを提言した。「私のスローガンは『グリーン五輪が終わり、グリーン北京が今始まる』です。」と。また「政府は既に力を尽くしており、今度は私たち一般市民が努力をする番です。だから私は自動車を買いません。水素あるいは電気自動車が普及するのを待って購入します。」と話している。たった一人の外国人がここまで覚悟を持っているのだ。私たち中国人も負けてはいられない。

【筆者】康 雪(整理) / 自然の友 / 新華網 /  [C08082103J]
【翻訳】中文和訳C班  小松 圭子]]>

「グリーン・オリンピック」を叫びながら、中国を3,000キロ歩く

地球を歩く人、ポール・コールマン、中国全土に環境保護のメッセージを伝える

中国全土 昨日8月20日(水) 午前10時30分に、環境財団レイチェル・カーソン・ルームで、地球を歩き木を植える環境活動家、ポール・コールマン(54歳、Paul Coleman)氏を招き、講演会が開かれた。

 ポール・コールマン氏は英国出身の環境活動家として、1990年から現在まで、世界39か国、4万7,000キロ以上を歩きながら、数百万株の木を植え、生命と平和のメッセージを全世界に広めている。2007年9月22日から、「グリーン・オリンピック」をモットーに掲げ、香港から北京まで3,000キロ以上を歩き、木を植え、中国全土に環境保護のメッセージを伝えた。しかし、北京オリンピック開幕を2日後に控えながら、中国内の環境問題の深刻さを伝えることができた、という理由で、中国を出国しなければならなくなった。彼の330日間にわたる旅程の瞬間、瞬間を一緒に感じてみよう。

 私は香港を出発して、広東と揚子江を渡り、歩き続けた。この道を歩きながら、ある時は地方政府関係者、中央政府関係者、住民たちと一緒に木を植えた。それ以外にも、木を植える行事に行ったりもし、大学や学校で演説する機会も多くあった。私たちが北京まで行く間は、写真も撮り、とても自由な雰囲気だったが、オリンピック開幕が近づくにつれて、公安問題がとても厳しくなった。私たちが汚染された場所の写真を撮ると、警察が近寄ってきて制止した。オリンピックに伴う治安問題のためという、建前上の理由からだった。それ以後、警察の監視の目はさらに厳しくなった。

■中国で330日間歩き、河に入って泳ぎたいと感じたのはたった二日だけ

 香港から天津まで歩きながら見た中国のほぼすべての川や河川は、想像を越えるほど汚染が深刻だった。小さな村の河川はゴミでぎっしり埋まり、その河川で育ったカモを見て、私たちは中国でカモ肉は食べないことにしたし、魚も然りである。

 福建省で河を渡ったとき、数千匹の魚が死んでいた。このように河の魚が死んでいく理由は、人々が河川から地下水を引き、周辺の農作物に農薬を大量散布して、また河川にその水を流しているせいだ。さらには、ある村を通りかかったとき、無農薬イチゴを栽培しているところで、やはり河川からの正体の知れた黒い水と、大量の農薬の袋を確認することができた。

 汚染された河川で生活している住民たちへのインタビューの中で、私たちはさまざまな話を聞くことができた。中国の地域経済活性化のために建設された石油化学などの大きな工場群からの排水や大気汚染などが、地域住民の健康に悪影響を及ぼしているのだ。

 汚染のせいで、頭痛がして眠れない人が増えているという。驚くべきことは、このような問題に住民たちは直接、抗議することができず、私たちを通して世界に問題が知れ渡ることを望んでいるという事実だ。ある人は、このように歩くことに、どのような意味があり、問題解決の助けになるのか、とたびたび質問してくる。私はこのように歩きながら活動することで、生々しい現場の話をブログに載せ、出逢ったさまざまな人たちにありのままを伝えている。

■グリーン・オリンピックを夢見る2008北京オリンピック

 最近、北京ではオリンピックを控え、天然ガスを燃料にしたバスが導入され、周辺の河川はゴミ一つなく、きれいな様子だ。また、このような変化が中国人たちの生活の質に影響を与えているようだ。しかし、オリンピックが終わった後、覆い隠されていた環境汚染の問題はより一層深刻さを増すことも考えられる。

 河川の黒い水を人工的にペイントで青くしたり、捨てられたゴミを地方の村の、あちこちの処理場に移動したり…。これが、目下の中国のグリーン・オリンピックだ。

 中国を歩きながら、美しい自然環境と親切な友達たちに会うことができ、楽しかった。そして、最近、中国では小さな変化が起きている。若い世代を中心に、自分の声を上げ始めたのだ。万里の長城を訪ねるたくさんの観光客を見ながら、このように多くの人たちが環境に対する認識を変えたとしたら、どれほど大きな変化が起こるだろうか?と想いをめぐらせてみる。私たちは責任ある消費者にならなければならない。私たち自身が、持続可能な環境にやさしい暮らし方を追求しなければならない。私たち自身が変わるときだ。

【筆者】崔洪成美(ChoiHong Seong Mi) / 韓国環境運動連合(KFEM) / 寄稿 /  [K08082101J]
【翻訳】斉藤寿美子]]>

オリンピック食品

日本水泳界のエース北島康介も称賛したオリンピック村の食事、特に御飯がおいしかった。

北京市■「畑から食卓まで」のどんな些細な部分も逃さず、市民が享受する食品安全基準とオリンピックの食品安全基準を一致させる

 非登録記者で組織された「インターナショナルニュースセンター」は、石景山区にある「北京オリンピック食品安全管理センター」で第一回目の取材活動を行った。センター内の実験室には各種精密機器が置かれ、以前なら40分かかっていたスーダンレッドのサンプル定性定量測定をわずか5分で完了していた。

 この実験室の他にも、中を「食品安全移動実験室」に改造した金龍の大型バスは、世界初ということであり、参加した外国人記者たちは口々にその設備を称賛した。

 北京市食品安全調整事務局スポークスマンの唐雲華さんによれば、オリンピック食品の基準は国際基準同様に厳しく、北京市では既に15のオリンピック食品安全地方標準を実施したということだ。

 7月31日、政府の組織した中外記者が北京延慶のオリンピック用野菜畑の拠点を見学した。そこは海抜500m、日光にも恵まれ、3年前に整備されてからオリンピックのために26種類の有機野菜が生産されているという。

 似たような拠点は北京に24か所、周辺の省市に5か所あり、主にオリンピックの行われる中心地区の需要に供される。

■「食品安全の保障」は三年で一振りの剣を研ぐがごとし

 一旦食品の安全を脅かすような行為を行えば、処罰の対象となるだけでなく、その企業は51セクターからなるネット上の信用システムブラックリストに載ってしまう可能性もある。

 オリンピック食品は「点と点」の供給方式を採用していて、全国各地から選抜された原料供給拠点が同時に全行程の安全管理も行っている。彼らは「食卓から畑へ」と「畑から食卓へ」の双方向の管理能力がある、と政府側は強調した。

 上述の唐雲華スポークスマンによれば、すべての食品は厳密な安全管理ネットシステムに組み込まれていて、食品の生産、加工、流通、消費という流れの重点エリアに設置された1.5万箇所の管理ポイントで大量の情報を収集しているという。また食品運搬車にはすべてGPSシステムも搭載されているそうだ。

■鳥の巣に面しているなら塩のビンさえ毎日取り換える

 30万近い各国の政府関係者、選手、記者だけがオリンピック食品の唯一の安全保障対象ではない。推定100万人以上の観光客がこの都市に押し寄せ、そのうち50万人は外国からの観光客だろう。

 衛生部門のレストランに対するランク付けは、観光客に「ランク表示のある店に入るのが一番!」と思わせる手引きになる。北京飲食業衛生信頼度は上からA,B,C,Dの4つのランクに分かれていて、「衛生優秀」と「衛生規範」を表しているのがAとBのランクのレストランで、推薦レストランとなる。北京衛生管理所はさらに「2008年私の最も好きなAランクレストラン」という評価活動も展開した。

 「鳥の巣」からもっとも近い朝陽区北小河路は300mにも満たないが、11軒ものレストランが並び、そのすべてがAランクに達していて、通りの入り口には「鳥の巣北岸Aランクレストラン街」という電子看板まである。朝陽区衛生管理所副所長の李洋さんは言う、「最初は、『他の場所ではBランクだって十分なのに、どうしてAじゃなきゃいけないんだ』なんて言うレストランもあったけど、どうもこうも鳥の巣の目の前だからだ、って言ったんです。」

■全国の力が「食品安全の保障」を推し進める

 中国の首都である北京の80%の食品は全国各地から供給されている。そこで中央政府は統一管制という強みを発揮した。

 農業部は「品質、安全の確保、オリンピックに協力する」という「オリンピック協力活動」を発動し、北京、天津、河北など13の省(自治区、直轄市)で備忘録の記入を行い、オリンピック用農産物の数量、品質、安全を確保した。遼寧、山東の両省では省級幹部が担当し、召集した人々が実際の作業を手伝った。

 7月26日午前、「京張(北京と張家口)は一家、高原野菜供給は確保」の横断幕を掛けた57台のトラックが河北省と北京のパトカーの先導を受け、700トンの野菜を満載して新発農産物卸売市場へ到着した。

■食品の安全はテロ対策の一環

 テロ活動はその方法もさまざまなので、食品を使ったテロが起きないとも限らない。食品の安全確保をテロ対策の一環と考えるのももっともだ。

 211名からなる40チームのオリンピック公共衛生突発事件応急小隊はオリンピック期間中24時間体制で待機する。北京市はすでに食品安全突発事件緊急対応プランを制定、7月2日には第1回大規模演習を行った。

 西城の北京市オリンピック施設公共衛生保障管制センターの管理室内の大画面には、オリンピックの中心エリア、売場などの表の仕事から人目に触れない裏方の仕事まで、すべてが余すところなく映し出されていた。

【筆者】苏永通 实习生 蔡木子 贾思玉 (康 雪) / 自然之友 / 南方周末 /  [C08082101J]
【翻訳】中文和訳B班 下垣内あゆみ]]>

CO2を減らすためには、ルールが必要!

8月8日、東京・渋谷で「MAKE the RULE キックオフイベント」(決起集会)が行われた。

東京 日本には、温室効果ガスを減らす技術がある。温暖化防止に関するエコキャンペーンなども各地で行われている。だが、CO2は相変わらず増え続け、氷河や棚氷はこの瞬間にも溶け続けている。なぜだろう? それは、日本にはCO2を減らすためのルールがないからだ。

 そのルールを作るのと同時に日本でのCO2などの温室効果ガスの中長期な削減目標を定めることを目指しているのが、MAKE the RULEキャンペーンである。MAKE the RULEキャンペーンは、2009年までの間に署名、サイバーアクション、イベント、勉強会などを通じて、日本のCO2を減らすための新しいルール作りと法律作りを目指している。

 8月8日に行われたキックオフイベントの会場は、すでにこのイベントに参加している全国の33団体のメンバーなどで満席だった。実行委員長であるシロクマも来場して、イベントを一層盛り上げた。ちょうど北京オリンピック開幕の日ということで、実行委員長の背中には「日本、頑張れ!」という文字をプリントした紙が貼られていた。今回のキックオフを含めた応援メッセージということのようである。(ちなみに委員長のシロクマさんの名前は現在募集中)

 集会の冒頭で、呼びかけ人の一人である西岡秀三氏による基調講演「温暖化の影響と低炭素社会への道すじ」が行われた。(1)低炭素社会を実現するためには、省エネ、自然エネルギーなどのあらゆる技術を動員して、すべての分野・地域・産業で取り組んでいく必要がある。(2)これまでは、供給側メインでCO2削減に頑張ってきたが、これからは需要・供給側両方の努力が必要になるだろう。(3)何かを行う時、できない言い訳をたくさん作るより、できる方法を探して実現してみることが大事だ。といったことが語られた。

 MAKE the RULEは、京都議定書の目標である6%の削減はもちろん、2050年には1990年のレベルと比べ70%削減という中長期的な目標作りを目指している。実は、この目標値を聞いた瞬間、筆者は無理だろうという考えが先に立った。だが考えてみれば、私たちはやってみようという前に、できないだろうという言い訳を「優先」しているのではないだろうか。信じて頑張ってみれば、できないことはないはずなのだ。

 すでに英国では、NGOキャンペーン″The Big Ask”が、市民の声を政府に届け、中長期の温室効果ガス削減を義務づける法律を成立させようとしている。日本でも市民の力を合わせて、ルールを作るべきではないか。ルールによって一人ひとりの意志が明確に見えるようになる。キャンペーンを大きく広げ、地球温暖化を止める大きな流れを作ってゆこう!

参考URL)

 MAKE the RULEキャンペーン
 (PCサイト) http://www.maketherule.jp/
 (携帯サイト) http://www.maketherule.jp/m/

MAKE the RULEキャンペーン呼びかけ人、西岡秀三さん

同呼びかけ人、大木浩さん

キャンペーン実行委員長

【筆者】朴梅花(PIAO, Meihua) / 東アジア環境情報発伝所 / 寄稿 /  [J08081501J]
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北京オリンピックのエコ開幕式、花火へのこだわり

北京オリンピック開幕式の花火は、オリンピックのイメージとその寓意を融合させたものであった。

中国全土
■開幕式の花火へのこだわり

 北京オリンピック開幕式の花火は、オリンピックのイメージと寓意が融合し、オリンピック理念を見事に表現していた。

 今回の花火はハイテクを駆使、空気発射やデジタル着火システムなど、これまでになかった技術が採用された。北京”エコオリンピック”の理念にもとづき、微量火薬と最新発射技術の使用、煙塵、かす、ごみの少量化、環境汚染と悪影響の軽減が実現された。

 開幕式では、噴泉、花束、礼花弾などの伝統種以外に、芯片花火、特別礼花段、微煙花火等新型の花火が見られた。

 ショーの内容とその過程に応じて、多種多様で特殊な花火が上がり、ショーとセレモニーを一体化させていた。また、オリンピックのテーマと特色がよく表現され、素晴らしい効果をあげていた。開幕式のショーがクライマックスに達した時、世界各国から集められた笑顔の写真千枚が映し出されたと同時に、2008発の笑顔の形をした花火が打ち上げられた。

 作業員によると、開幕式のために実施方案と組織運行方案が制定され、開幕式の観衆やアスリートに影響を与えないよう工夫されたのだそうだ。

■「鳥の巣」への損害ゼロ

 壮観な花火がオリンピック開幕式を更に盛り上げる一方、その最中の危険管理は怠れない。現場やその周辺への人員配置、また設備や建築物の安全確保も重要である。関係部門は花火の最中、国家体育場「鳥の巣」にいかなる損害も与えられることのないよう万全の注意を払った。

 開幕式の花火担当係は打ち上げテストを行い、開幕式のリハーサルで「鳥の巣」の構造への影響が皆無であり、会場の観衆にも影響を及ぼすことがないことを確認した。また、万一に備え、「鳥の巣」に防火塗料を塗り、防火性能を増強した。

■精密操作による打ち上げ

 オリンピック開幕式の花火総指揮、趙偉平によると、空気発射技術は環境保護のためだけでなく、花火の位置を指定でき、直線、弧線などの曲線を確実に表現させることができるのだそうだ。芯片花火はその起爆時間を設定し、コンピュータからの指令により、決められた時間に爆発させることができる。これらの技術によって、「鳥の巣」の構造が抱える難題、鳥の巣の薄膜が花火によって燃えてしまう、という問題が解決された。それは、起爆する位置、花火が落ちる位置までコントロールされ、すべての花火が鳥の巣の上空で完全に燃焼できたからである。

【筆者】李 力(LI, Li) / 環境友好公益協会(envirofriends) / 華商報記事を整理 /  [C08081301J]
【翻訳】中文和訳チームA班 歳国真由子]]>