地球温暖化条例制定をめざす嵐山町

埼玉県嵐山町で、日本で初めて議会提案での温暖化条例づくりが検討されている。

埼玉 埼玉県に位置する人口約2万人の嵐山町(らんざんまち)は、国蝶のオオムラサキも生息する緑豊かな自治体だ。現在、日本各地の都道府県や市で地球温暖化条例が制定されているが、自治体議会が中心となって定めた条例はこれまでにない。嵐山町では、日本で初めてとなる町村レベルでの議会提案による条例の検討が進められている。

 現在、嵐山町議会文教厚生常任委員会からの依頼を受けて、市民団体の“市民と議員の条例づくり交流会議 低炭素地域づくり条例プロジェクト”(以下、プロジェクト)が協力し、嵐山町にふさわしい条例の在り方についての検討を行っている。

 2010年10月25日には、プロジェクトメンバーが嵐山町を訪れ、町議会文教厚生常任委員会所属の議員のみなさんと町内を視察し、意見交換を行った。

 プロジェクトは、すべての自治体の条例で、中期(2020年)以遠の温室効果ガス削減目標を定量的に示すことを提起してきた。しかし、数値目標の設定のために必要な信頼のできる排出量のデータが、現状公開されている統計データからだけでは日本の自治体レベルでは難しいのが実情だ。そのため、条例での数値目標設定はどこの自治体にとっても容易ではない。

 町内には大規模な工業団地が存在している。こうした事業者や市民など関係者が一堂に会して低炭素地域づくりを議論する場の必要性も今回共有された。また、プロジェクトメンバーからは、導入コストが太陽光などと比べて低く、二酸化炭素の削減効果の高い太陽熱温水器の積極的な導入が提案され、関心を集めていた。

 嵐山町を擁する埼玉県でも、新たな地球温暖化条例の制定が検討されている。今後は埼玉県の条例との役割分担も含め、嵐山町独自の条例案が検討されていく予定だ。

文教厚生委員会の様子

し尿処理センターを視察

【筆者】廣瀬稔也(HIROSE, Toshiya) / 東アジア環境情報発伝所 / 寄稿 /  [J10102901J]
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自然之友の創始者、梁従誡会長が逝去

1994年、中国で初めての環境NGO“自然之友”が創立された。

北京市 昨日の夕刻、“自然之友”ホームページがカラーからモノクロへと切り替わった。同時に梁従誡会長が病気により逝去したとの公告が発表された。梁従誡会長夫人、方晶氏によると、梁従誡会長が逝去した病因は「内臓器官の衰え」であるとのこと。病気の影響で、2006年以降、梁従誡会長の体調はすぐれなかった。梁従誡会長の子息、梁鑑氏は、「梁従誡会長はここ数年人の顔を識別できなくなっており、特に最近は家の中でさえ歩くことができなくなっていた。家族はこのことに対する準備ができていた」と語った。祖父 梁啓超、父 梁思成、母 林徽因。名門の出身で出版社の編集者として活躍していた梁従誡会長は、1988年に公職を辞して環境保護事業に専念し、1994年に中国で初めての環境NGO“自然之友”を創立した。10数年来、自然之友は累計会員数が一万人余りとなるまで発展し、各地の会員が当地で各種の環境保護活動を展開、“自然之友”会員により創設されたNGOは既に10数団体に上る。

 “自然之友”は、国内外で“アジア環境賞”“地球賞”“パンダ賞”“エコ人物賞”及びフィリピンの“ラモン・マグサイサイ賞”等を含む、20数個の賞を受け取った。1988年、梁従誡会長は、訪中していたイギリスのブレア首相(当時)に手紙を送り、イギリスへのチルーカシミアの不法貿易を制止する措置を取り、中国側のチルー密猟者との戦いをサポートするように訴えた。ブレア首相(当時)は、「必ずこの要求をイギリス及びEUの環境主管部門に伝達する。このような不法貿易を終わりにする可能性があることを望んでいる」と即日返信した。チルー保護のために、梁従誡会長は“自然之友”全会員を動員して反密猟組織“西部ワイルドヤクチーム”をサポートした。1998年の年末、“自然之友”がチルー保護のために調達した“ワイルドヤクチーム”資金は40万元に上り、その維持運用費用にあてられた。当時67才であった梁従誡会長は4,000メートルを超える崑崙山脈の峠に上り、手ずから400枚のチルーの皮を焼却処分した。

 自転車に乗った政治協商会議委員としても知られる梁従誡会長の生活は質素であった。常に自転車で政治協商会議へ参加していたが、一度守衛に妨げられ中に入れなかったことがあった。この守衛はこれまでに自転車で会議に通う政治協商会議委員を見たことがなかったからであった。梁従誡会長の友人 王軍氏が思い出すところによると、政治協商会議委員の視察旅行中に、同じ車両に乗り合わせた人が飲み終わったミネラルウォーターのペットボトルを無造作に窓から投げ捨てたことがあった。梁従誡会長はすぐさま車を止めるように指示し、車を降りるとそのペットボトルを拾い上げ、リサイクルしなければならないと言った。

 梁従誡会長、安らかに。

 ●1932年に生まれる
 ●1950-1958 北京大学歴史学部、学生、大学院生
 ●1958-1962 雲南大学歴史学部教師
 ●1962-1969 外交部国際関係研究所研究員
 ●1969-1978 “文化大革命”期間、江西省上高県“五七幹部学校”へ下放される
 ●1978-1988 中国大百科全書出版社編集、月刊『百科知識』の創設に関わる。雑誌『知識分子』編集長を務める
 ●1988年 公職を辞し、招かれて民営の中国文化書院の指導教官(教授)職に就く
 ●1989年より、第七期から第十期にわたり全国政治協商会議委員。第九期は同会議常務委員
 ●1994年 中国で初めての環境NGO“自然之友”創立
 ●1999年 中国環境新聞工作者協会と香港“地球之友”が授与する“地球賞”と国家林業局が授与する“パンダ賞”を受賞
 ●2000年6月 国家環境保護総局から“環境使者”の称号を授与される。同年北京市オリンピック申請委員会から環境顧問として招かれる
 ●2000年8月 フィリピンのラモン・マグサイサイ賞パブリックサービス部門受賞
 ●2000年12月 国家環境総局より“環境保護傑出貢献者”の称号を贈られる
 ●2002年 北京オリンピック組織委員会環境顧問
 ●2004年9月 『南方人物週刊』に“最も影響力のある中国公共知識人50人”の1人に選ばれる
 ●2005年 “エコ中国年度人物”賞を受賞

【筆者】新京報 / 環友科学技術研究センター / 転載 /  [C10102901J]
【翻訳】中文和訳チームA班  野口]]>

【より道 わき道 COP10】先見えぬ会議と「上関」のゆくえ

環境などをテーマに名古屋を中心とした東海地方を走り回るジャーナリストのCOP10レポート。

愛知 10月18日に開会した生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)。本会議ではやはり最大の懸案である「遺伝資源」の扱いをめぐって各国の対立が鮮明化。遺伝子組み換えのような一定の合意に達する「名古屋議定書」までこぎ着けられるかどうかが焦点です。一方、会場の外では日本のある地域が焦点となっている問題が強く訴えられ、世界の参加者を通じてじわじわと会場内にも波紋が広がってきていました。

 その地域とは「上関(かみのせき)」。山口県南東部の瀬戸内海に面した上関町のことです。その町の一画、瀬戸内に浮かぶ長島という島の「田ノ浦」地区に、中国電力による原子力発電所の建設が計画されています。

 この原発の是非について、あえてここでは触れません。現場に行った経験のない筆者は「触れられない」と言ったほうが正しいでしょう。

 しかし、その上関から名古屋まで「歩いてきた」という人たちの訴えには、耳を貸さないわけにはいきません。

 「生物多様性の残されたこの美しい島が危機にある。COP10を開きながら、経済発展のために原発を選ぼうとしている日本の現実を知ってもらいたい」

 名古屋国際会議場の一室で、山田俊尚さん(37)が英語で語りかけました。目を丸くしながら聞き入るのは、アメリカやインド、ブラジルなどからCOP10のために来日した正式な参加者たちです。

 東京在住の天台宗の僧侶でもある山田さんは今回、上関から2カ月以上をかけて歩きながら「7世代先」までの環境問題を訴える「7Generations walk」という運動を呼び掛けて名古屋にたどり着きました。その直後、COP10開会を控えた今月15日に中国電力が上関原発の海面埋め立て工事の準備に取りかかったという情報が入り、山田さんは国際会議場周辺で行われている生物多様性交流フェアの一画で「ハンガーストライキ」を始めました。

 「原発と断食」という異様なアピールは海外参加者の目にもとまり、会場内で無料配布されるNGOのニュースレター「eco」が20日付の1面にその活動を掲載。翌21日にはサイドイベントの一つに山田さんらが招かれ、海外参加者に直接訴えかける機会がつくられました。

 このサイドイベントは「Biodiversity & Climate Justice」と題され、生物多様性だけでなく気候変動も含めた環境問題と人権問題などが話し合われます。

 議長役を務めたアメリカの環境団体「グローバル・ジャスティス・エコロジー・プロジェクト」代表のアン・ピーターマンさんは「生物多様性のCOPでも、ここ数年は気候変動との関係が非常に大きな関心事になっている。原発はグリーンテクノロジーではない。米国でも直面している問題をシェアしておきたい」として、ブラジルのバイオ燃料生産の現状などとともに上関原発もテーマに取り上げることを認めました。
 
 日本側は原発予定地対岸の「祝島(いわいしま)」に暮らす人々らを追ったドキュメンタリー映画『ミツバチの羽音と地球の回転』を今年4月に完成させた映画監督、鎌仲ひとみさんも同席。「上関では科学的な環境アセスメントがきちんと行われていない。海外でこうした問題を解決した例はないか」などと問い掛けると、海外の参加者からは「企業が強くプッシュしているのが驚き」「気候変動のグループと協力するべきだ」「非公式の場でもよいからこの会議場でもっと訴えてよい」などの意見やアドバイスが出されました。

 事態は劇的に動きました。このサイドイベントの翌朝にはNGOのミーティングに山田さんらが招かれ、午後のプレナリー(本会議)ではNGOの代表としてCBD市民ネットの道家哲平さんらが声明を発表。このなかで「いま進行しつつある悲劇」として上関原発の計画について触れられたのです。

 本会議で世界に訴えられたことは一定の成果だとして周囲にすすめられ、山田さんは1週間ぶりに水を口にしたそうです。しかし現地では漁師らの反対行動のなかで工事が進められようとしています。

 本会議とともに、先行きが見通せない情勢となってきました。

サイドイベントで原発問題について訴える鎌仲監督(中央の女性)と山田俊尚さんら

【筆者】関口威人(SEKIGUCHI, Taketo) / 東アジア環境情報発伝所 / 中日環境net【より道 わき道 COP10 関口威人】(2010.10.23)より転載 /  [J10102902J]
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愛と執念で漢江を守る―襄樊交流会の後に(1)

彼女はボランティアとして、毅然と漢江を保護するという重大な任務を負った

河南省■南陽での晴耕雨読

 17歳から27歳の間、若くして才能に溢れる諸葛亮は、南陽郡鄧県隆中に隠居し10年間にわたって晴耕雨読の生活を送っていた。そこへ三顧の礼で知られる明君劉備が訪ねるのである。この故事の続きは皆さんご存知だろう。今回私が特に取り上げたいのは、諸葛亮が晴耕雨読の生活を送っていた「南陽」、具体的には今日の襄樊市襄陽区西南にある古隆中である。諸葛亮は、決して心まかせにここを隠居地として選んだわけではない。諸葛亮が最も崇拝する先達である龐徳公と司馬徽は襄陽城に住んでおり、彼の友人である龐統、徐庶、崔州平と孟公威らもここで生活していたのである。かつてから襄樊には優れた人物が多く存在したことがわかる。

 襄樊に触れず古隆中についてばかり語るのでは、当然偏りがあるといえる。古隆中が体現しているのは、襄樊の歴史の蓄積である。ともすれば、そこを通りぬける漢江はこの都市を養う母乳であり、古隆中の歴史の生みの親である。

 漢江は長江の最も大きな支流で、陜西省の寧強県に源を発し、1,577kmを流れたのち、武漢市漢陽区で長江と合流する。途中で漢江は襄樊を通り抜け、襄樊を襄陽と襄城の二つの都市に分かつ。まさに「一江碧水穿城過」(美しく澄んだ河の水が町を分かち流れる)と詩に詠まれた通りである。今日では襄樊の人口は580万人にのぼり、その90%以上は漢江流域に住んでいる。よって、漢江の水環境の変化は直接的に襄樊市の存続と発展に関わっているのである。ゆえに、襄樊市の人々は親しみをもって漢江を「母なる河」と呼ぶのである。

 運建立さんは生まれも育ちも襄樊であり、漢江が汚染される危機を目にして、彼女はボランティアとしてためらうことなく、漢江を守るという重大な任務を負った。彼女はこの十年間、自ら漢江の保護に取り組み、その業績は広く伝わり人々を感動させた。このことについて多くを語る必要はないだろう。私がもっと強く感じたのは、襄樊の人々が故郷を強く愛しているということである。緑色漢江(襄樊市環境保護協会)の160名あまりの会員や3,000名にのぼるボランティアの皆が襄樊への愛情を胸いっぱいに行動を起こしたのである。こういった愛情は故郷、土地、川の流れ、ひいては動植物に対する恩や、命への畏敬、また子孫後裔の未来への期待と責任から生まれるものである。このような愛情がこれほど多くのボランティアを呼び集め、緑色漢江を形づくり、希望を生み出しているのである。

 あの日、水質調査船「緑色漢江号」に乗って、手を伸ばして漢江の澄んだ水を感じた。思わず、一千年もの昔に諸葛も何度もこのように漢江の水を感じたのだろうと思いを馳せた。

■力を尽くし、死ぬまでやりぬく

 一度動き出したら止まることはない。緑色漢江はこうして民間組織として漢江を保護する重責を担うこととなった。それは、もう戻ることのない道であった。「だいぶよくなりましたよ、補助も出ますし。以前は調査に出るのも全部持ち出しでしたから」肖鋭鋒氏はこのように言って、運さんを安心させた。運さんがまず「この子たちは本当に苦労してるのよ」と口にしたからだ。実際、緑色漢江のボランティアの多くはこのように活動を続けてきたのである。活動資金の有無にかかわらず、彼らは負担をものともせず、ただ漢江の水が永遠に美しくあってほしいと願っているのである。環境合唱団、7つの水質監視グループは当初と変わらず、私欲をはからず能力に応じて取り組み、できる限りのことをやり遂げている。

 襄樊に着いてすぐに鐘さんが病気で入院したと聞いたが、残念ながら会うことはできなかった。また実際には運さんの体調もずっと優れず、二日目の丹江ダムの視察の際、皆は彼女を半ば強制的に家にとどめた。しかし彼女はまたオフィスに戻って、仕事を続けていた。また葉さんや李先生、そして私が知らないもっと多くの人々も、漢江を自分の命以上に重要だと思っている。緑色漢江会員の耿文傑氏は「我々の貢献はちょっとした力だが、運会長は自らの命を捧げている」と言ったが、私は運会長一人だけではなく、多くの緑色漢江のボランティアも同様に命を捧げていると思う。

【筆者】緑色龍江  張 亜東 / 環友科学技術研究センター / 寄稿 /  [C10102701J]
【翻訳】中文和訳チームB班  額田 拓]]>

愛と執念で漢江を守る―襄樊交流会の後に(2)

どの機構もそれぞれの境遇があり、独自の問題を抱えている

湖北省 古隆中の遺跡は壊れ、後世の者が修復する:三国の歴史が埋もれてしまったのは、このように考えられる;ここは何も目立ったものはない。なぜなら精神の伝承は一番難しいからである。また、緑色漢江は諸葛亮の“献身的に力を尽くし、死ぬまでやりぬく”という精神を受け継ぎ、また身をもって体験し努力して実行をしている愛すべき、そして尊敬なる漢江守護者なのである。

 およそ物事というものは、全てを予見することは困難である。

 最後の日の午後、緑色漢江の事務室で腰を下ろしていると、運さんが皆に緑色漢江への意見を誠意をもって求めはじめた。

 どの家にもそれぞれの事情があるように、緑色漢江も多くの困難に面している。それは職員を募集する際にも、プロジェクトを企画する上でも、資金集めにおいてもである。

 全国各地の機構の代表も次々に意見や方策を出し合い、小さな事務室は急ににぎやかになった。ある人は若い世代を育てる必要があると言い、またある人はプロジェクトの長期計画の重要性を説き、また、資金を援助してくれるという人もいた。

 緑色漢江を湖北省全体に広め、政府との交流をどのように橋渡しできるか分析したり、また、運さんは自分に厳しく、自分で自分を疲れさせているとこぼしている人もいた。

 葉さんは傍らでしっかりと記録をとりながら皆の意見をよく聞き、それらを緑色漢江の運営において確かなものにしなければならないと説いた。

 どの機構もそれぞれの境遇があり,独自の問題を抱えているということは、多くの人達が説いていることであり、運会長を始めとする責任者が引き続き留任することで、多くの困難が徐々に解決すれば、次世代の者も後についてくるであろう。

 なので、多くの問題はやはり機構の責任者に降りかかることになり、なおかつ制度や外部から万能薬を得ることは難しい。

 運さん、葉さんと李志和先生に留任してもらいたいと思うのと同時に、運さんらを安心させる必要もある:問題は依然として存在するであろうし、徹底的に無くす方法はないようであるが、くれぐれも焦って体を壊さないようにしてもらいたいものである。

 諸葛亮は後出師表の中で、“およそ物事というものは、全てを予見することは困難である。あくまでもひたむきに己の全力を尽くし、死ぬまでやめない覚悟でやりぬく。成功か失敗になるか、はたして成功するか失敗するか、予測することはできない。”と説いている。つまり、全ての物事はこのように、予測することは難しい。臣下は全力を尽くすのみ。

 死はただ休むということに過ぎない。魏を討ち、漢が興ったことが成功だったのか失敗だったのか、物事が順調に進んだことなのか困難なことだったのか、臣下の知力では予見することは不可能である。

【筆者】緑色龍江  張 亜東 / 環友科学技術研究センター / 寄稿 /  [C10102704J]
【翻訳】中文和訳チームC班  船木 知子]]>

アジア各国におけるE-wasteの処理状況や有害性の情報を共有

第7回E-wasteワークショップが開催された。

茨城 2010年10月18日、第7回E-wasteワークショップ(主催:国立環境研究所)が、茨城県つくば市で開催された。フィリピン、ベトナム、中国などアジア8ヵ国から15名の専門家が発表を行い、約50名の参加者たちとE-wasteのリサイクル処理プロセス、インフォーマルリサイクルによる環境・人体への影響などについて情報交換が行われた。

 午前のセッション1「アジアにおけるE-wasteリサイクル技術の類型化」では各国で行われているE-wasteの回収や解体のプロセス、またいわゆるインフォーマルの産業による現状が紹介された。フィリピンやベトナムなどでは、E-waste関連業者の収入が平均収入より高く、逆にトータルの回収・解体コストが安いということで、インフォーマルセクターに人もE-wasteも集まる様子が紹介された。またベトナムの場合、E-wasteの75%を携帯電話(使用寿命1年)やパソコン(使用寿命4年)が占める現状から、電子機器使用寿命の長期化が必要だという意見も参加者から出た。

 午後のセッション2「E-wasteリサイクルの資源性・汚染性」では、各国のE-waste解体地または解体作業による土壌汚染や人体被害などが報告された。また、太陽光発電パネルなどで新たに使われるようになったインジウムによる汚染問題も報告された。フィリピンやベトナムで行われた実際の調査では、E-waste保管地・解体地とも土壌に含まれる重金属の量が平均よりはるかに高いことが確認された。(例えば金のリサイクル作業場:Ag 110, Cu 780, Sn 1300, Au 54, Ni 700, Sb99, Cd 4.7 Pb 5400, Zn 2280など)

 また中国からは仙頭(スワトウ)大学医学院の霍霞教授が2004年から実施している子どもの鉛中毒調査結果を発表した。世界の解体基地とも呼ばれる貴嶼における子ども血中鉛値などが比較地に比べて非常に高いことにふれ、鉛の場合は脳の成長に甚大な影響を与えるので、早期の改善が求められると話した。

 午後のセッション3「E-wasteインベントリー・適正管理制度」では日本の携帯回収キャンペーン、国立環境研究所が行った各種調査活動、スクラップ関連の調査活動などが紹介された。中国の家電買い替えキャンペーン(以旧換新)は、廃棄家電がフォーマルセクターに回収することに役立つといった紹介がされた。ただ、まだその割合は低く、全体の10%以下になると環境保護局の関係者は述べた。

 このほか韓国やタイの研究者より、E-waste関連調査の方法や課題などの発表もあった。日本の専門家チームがベトナムやフィリピンで現地調査を行うことで、E-wasteによる被害がさらに明確化されたという話もあった。

 今後、発展途上国における発生量の把握・回収や処理システムの構築、作業者の労働条件の向上などの課題を意識しながら、交流を続けることが参加者の間で確認された。

参照リンク)

・第7回E-wasteワークショッププログラ
 http://www.nies.go.jp/event/kaigi/20101019/20101019.html

・国立環境研究所
 http://www.nies.go.jp/index-j.html

各国から発表がなされた

【筆者】朴 梅花(Piao, meihua) / 東アジア環境情報発伝所 / 寄稿 /  [J10102201J]
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ブラウン管テレビの適正なリサイクルに向けて

10月は3R推進月間。首都圏(九都県市)では「3R普及促進キャンペーン」が行われている。

東京 埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、横浜市、川崎市、千葉市、さいたま市、相模原市の「九都県市」では、3R(Reduce, Reuse, Recycle)推進月間である10月に、3Rに関連したキャンペーンを実施している。

 今年は「4つの宣言」として、(1)「九都県市はマイボトル宣言」、(2)「容器包装ダイエット宣言」、(3)「私はエコ宿泊宣言」、(4)「廃テレビ適正リサイクル宣言」を掲げている。

 (1)~(3)は、使い捨ての容器・レジ袋・アメニティグッズなどの使用を抑えるReduce(発生抑制)の取り組みであるのに対し、(4)は、Recycleの取り組みと言える。

 来夏に控えたアナログ放送終了に伴う、従来型のテレビの大量廃棄を見越してのキャンペーンだが、単に「1.過去に購入した小売店で引き取ってもらう、2.買い換えの場合は、新製品を購入した小売店で引き取ってもらう」(参考:15型以下で1,785円、16型以上で2,835円)といった呼びかけにとどまっている。

 2010年10月21日に、環境省が発表した2009年度の廃家電の不法投棄等の状況について」によると、廃家電4品目(エアコン、テレビ(ブラウン管式及び液晶・プラズマ式)、電気冷蔵庫・電気冷凍庫、電気洗濯機・衣類乾燥機)の平成21年度の全国の不法投棄台数(推計値)は、133,207台(前年度119,381台)と、前年度比11.6%増になったという。

 2003年度をピークに減少傾向だった不法投棄台数は、今回増加に転じた。しかも廃家電の不法投棄台数(増加分)の大部分は、ブラウン管式テレビだという。アナログ放送の終了とエコポイントによる買い替え促進の影響は小さくない。「廃テレビ適正リサイクル宣言」は、表向きはRecycleだが、より強く訴えることで不法投棄の抑止、つまりReduceにもつながるものと考えられる。

 (1)は、昨年の取り組みを継承するものだが、「九都県市域内のコーヒーショップ等と規模を拡大して連携し、マイボトルの使用を呼びかけ」ということで、21事業者・1,804店舗で行われている。(2009年は14事業者・1,671店舗) 店により値引き額や実施期間は異なるものの、マイボトルを持ち歩くスタイルが定着しつつある中、今期のキャンペーンがさらなる後押しになることが期待される。

(参考URL)
・九都県市リサイクルスクエア
 http://www.re-square.jp/

・平成21年度廃家電の不法投棄等の状況について(環境省)
 http://www.env.go.jp/press/file_view.php?serial=16409&hou_id=13053

エコポイント導入前日のテレビ売場で

電器店の前にあったブラウン管テレビ

マイボトルで30円割引

【筆者】冨田 行一(TOMITA, Koichi) / 東アジア環境情報発伝所 / 寄稿 /  [J10102202J]
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水利部報告 一億人以上の農村人口が清潔な水を飲めていない

中国初 農村での飲用水安全問題に関する報告

中国全土 10月20日午前、北京で発表された一つの報告書から、日々深刻化している飲用水水源汚染問題により、全国で現在一億人を超える農村人口がいまだ清潔な水を飲むことができていないということが明らかになった。

 この報告は「中国農村飲用水安全プロジェクトの管理実践と探求」と題され、水利部と世界自然保護基金(WWF)が共同編成した。第一財経の記者によると、水利部、中国水利水電科学研究院、中国農業大学の20数名の専門家たちがこの報告の調査研究と作成に参加したという。

 報告では、中国農村飲用水水源地の水質保護情勢は大変厳しく、主には天然の劣悪水の問題が突出していること、農村飲用水水源地の汚染問題が日々深刻化していることに表される。そのうち農村の水環境の主な汚染源としては、郷鎮企業による汚染、化学肥料や農薬の過剰・不適切な使用、集約型養殖場の汚染、固形廃棄物汚染と農村の汚水を処理する基盤施設の立ち遅れなどが含まれている。

 2005年の水利部農水局の一つの調査結果で、中国の農村で安全でない水を飲んでいる人口は約3.23億人、そのうち9,084万人は水質汚染の影響を受けていると明らかにされた。2006年から2010年の間、中国政府は農村飲用水安全プロジェクトを実施して2.2億人の農村人口の飲用水安全問題を解決し、国連の千年発展目標の約束を、6年前倒しで実現した。しかし、現在まだ一億人の農村人口が清潔な水を飲めずにいる。

 経済の発展に伴い、農村の飲用水水源地汚染問題は日々悪化しており、今や飲用水安全プロジェクトだけに頼っていては根本的な飲用水安全問題の解決は望めない。

 「現在、全国の1/3の河川や湖は汚染されており、半数以上の湖の生態系は程度の違いこそあれ破壊の憂き目にあっている」とWWFプロジェクト実施総監の朱春全博士は述べる。「総合的に水源地を保護し、健全な淡水生態系を修復することが、清潔な飲用水を提供する上で根本的な保証となる」

 朱春全は、生態対策を推し進めて飲用水の安全問題を解決するため、2008年以来WWFと水利部農村飲用水安全センターが協力し、農村において飲用水安全の研究を進め、水源地の保護と市民への宣伝を行っている、と話す。

 「水源地保護は農村の飲用水安全保障のカギであり、また、健全な淡水生態系を取り戻すことは、飲用水の安全を持続させる有力な保障となる」中国工程院学士院メンバーの王浩は、水資源効能の区分、水源地の確定と保護、流域汚染の防止と農村の水環境の改善は、政策支援が必要であり、また強力な技術と資金の後押しも必要である、と考える。

 この報告は、農村の飲用水水源地の保護区分及びその監視の推進、流域の総合的な管理と生態系の整ったきれいな小流域の建設、農村生態環境の総合的修復の強化、水質検査管理と宣伝教育の強化などを含む、農村水源地の水質保護の対策と措置を提起している。

 記者は、報告が、農村水源地の保護にもっともよい例を参考にするよう総括・推奨していることに注目した。例えばコカ・コーラ社の資金援助の下、WWFは岷江と嘉陵江流域に農村水源地総合保護のテストプロジェクトを展開している。

 その中で、WWFが成都の水源地がある郫県園田村で展開しているテストプロジェクトは、自然の川ときれいな小流域を回復させ、新型のメタンガスプールとビオトープを建設して農村の生活汚水を管理し、有機農業を展開することで農村の地表汚染を減らしたり、また河川健全ポイントカードを導入するなどの手段を通して、有効的に農村水資源の保護と発展を推し進めた。

 水利部はこの間の指導について、「水利部は将来的にWWFを含む機構や専門家たちとさらに力を合わせ、農村水源地保護と関連した政策策定を推し進めたい」との意向を示している。

【筆者】第一財経ネット  栄 蓉 / 環友科学技術研究センター / 転載 /  [C10102102J]
【翻訳】中文和訳チームA班  近藤 玲]]>

環境保護NGO相互交流ワークショップが湖北省襄樊市で開催

NGO間の相互交流が非常に重要である

湖北省 2010年10月13日から15日まで、中国本土の民間環境保護組織である“緑色漢江”が主催する“環境保護NGO相互交流ワークショップ”が湖北省襄樊市で開催された。今回のワークショップには、NRDC(アメリカ自然資源保護委員会)・自然の友・緑家園ボランティアズ・公衆環境研究センター・環友科学技術研究センター・淮河衛士・河南新郷環境保護ボランティア協会・緑色浙江・厦門緑十字・江蘇緑色の友・遼寧省盤錦市ズグロカモメ保護協会・緑色龍江・緑満江淮・自然の友武漢会員チーム・武漢大学公益と発展法律研究センターなどの代表が参加した。出席した代表らはそれぞれの組織が現在展開している業務や成功例を紹介し、その中で組織が遭遇した困難や挑戦についてディスカッションした。

 ワークショップの開催期間中、代表らは丹江ダムに赴いて南水北調プロジェクトの水源に立ち、「南水北調プロジェクトが運んできたのはダムの水だけではない。ここには、湖北省の人々の愛や心も込められているのだ。私たち北京や天津の受益者はさらに水を節約し、水資源を保護して行かなければならない」という思いを深めた。その後、参加者たちは“緑色漢江号”に乗り、漢江の襄樊市流域を視察した。現在、漢江の襄樊市流域の水質は良好であり、2類水質を維持しており、一部の支流では1類水質を維持している。これは緑色漢江の長年にわたる苦労と努力によるものである。結成以来、緑色漢江は幅広い市民の参加を呼びかけ、中核となる6つの環境保護ボランティアチームを設立し、漢江沿岸に6箇所の水質観測地点を設けた。2ヶ月おきに環境保護チームは6箇所の水質観測地点で全面的な水質検査を行った。このために緑色漢江はポータブル水質検査機器を購入し、ボランティアに研修を行って使用方法を教育した。同時に緑色漢江はサンプルを専門検査機関に送り、さらに緻密で専門的な検査を行った。

 襄樊市でのワークショップ開催期間中、参加者にもっとも深い印象を与えたのは、緑色漢江が政府の意思決定やボランティアの活動に影響を与えていたことである。緑色漢江は調査研究結果をさまざまな形式で政府の関連部門に報告し、政府関連部門の注目を得た。2009年5月、緑色漢江は襄樊市市長と市委員会書記に手紙を送り、漢江の保護のために5つの問題を急いで解決しなければならないと報告した。襄樊市市長は手紙を受け取ってから一週間の間に、市政府常務会議を開き、関連部門に法の執行と管理の強化を要求し、同時に宣伝部門に宣伝の強化を要求し、“みんなで一緒に母なる河を守ろう”と呼びかけた。緑色漢江の活動は現地政府の全面的な支持を得て、運建立会長は各地の政府から招待され、講演会を行った。学生・教師・記者・農民・公務員などを含む緑色漢江のボランティアは、各地で活動を行っている。

 参加した代表たちは次々に、NGO間の相互交流は非常に重要であり、今後もさらに多くの機会を設け交流と学習を行いたい意向を示した。

【筆者】自然の友  竇麗麗 / 環友科学技術研究センター / 寄稿 /  [C10102101J]
【翻訳】中文和訳チームC班  富川 玲子]]>

中国・天津、地球温暖化交渉AWG会合

COP16の成果に向けた新たな動き

天津市 中国・天津において10月4~9日の日程で、気候変動国連交渉会議である天津AWG会合が開催された。11月29日からメキシコのカンクンで開催されるCOP16前の最後の特別作業部会(Ad Hoc Working Group:AWG)であった。

 2009年のコペンハーゲン会議(COP15)で2013年以降の包括合意に達し得なかった気候変動枠組条約締約国は、2011年に南アフリカで開催されるCOP17での包括的な法的合意を見据えて議論を進めた。

 気候変動枠組条約の下での長期的協力の行動のための特別作業部会(条約AWG)ではそれまでの議論を踏まえ、「カンクンの成果として考えられる要素」という議長ペーパーが日程中盤で配布された。このペーパーを受け、ボリビアなど一部の国を除く多くの国がカンクンでの法的拘束力のある成果を求めるという意見を各国意見として述べた。

 そこでの着目点は次の三つである。

1.緩和行動の扱いについて

 もっとも大きな対立点となったのは、緩和行動に関する先進国と途上国の位置づけである。先進国は途上国の緩和行動のMRV(計測・報告・検証が可能な形式)の確保に躍起であったし、途上国は先進国の行動目標をより高めることを求めた。

2.バランスの中身

 カンクンで採択されるべき「バランスのとれた決議」という時の、「バランス」が何を意味するのかも重要であった。たとえば、条約AWGと議定書AWGという二つの間で、どちらで何を決議するかというバランスである。あるいは先進国と途上国や、さらにその両サイドの中での思惑の違いの間のバランスである。

 また、トピックによる議論の進捗のずれも生じた。これらにどのように折り合いをつけるかが重要であった。

3.南アフリカCOP17までのマンデートとプロセス

 カンクンが最終合意の場でないとして、それでは南アフリカまでをどうつなぐのか、南アフリカでは具体的にどのような合意をするのか、というマンデート(mandate)が重要な論点となった。

 結局、会議は、「カンクンの成果として考えられる要素」を含め、11/29から始まるカンクン会議に持ち越されることになった。交渉の進展の遅さは、NGOだけでなく、締約国からも懸念の声が上がっている。

 以上のような論点で進められた天津AWG会合であったが、議論や文書の草案作成過程は非公開であった。カンクン会議でもNGOの参加が制限される可能性が指摘される。意義のある合意に向けて、きちんとしたオブザーバー参加の方法をつくってほしい。

会合の様子

UNFCCC 天津 Climate Talk

【筆者】気候ネットワーク / 気候ネットワーク / 寄稿 /  [J10101501J]
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