宮城県南三陸町にて

巨大な災難の後、落ち着いてみんなで助け合って、苦境を乗り越える民族がいるとすればそれは...

宮城 3月15日。宮城県南三陸町歌津中学校。1,500人が同校の体育館に避難している。赤ん坊から95歳の老人まで。地震から四日目。まだ泣き声が聞こえる。ラジオの前でぼんやりしている人もいる。各家族はシートやシーツを敷いて、静かに座っている。敷物が足りない部分は新聞で補う。昨日の新聞だ。一面は黒い字で大きな見出し:「家はなくなった」

 南三陸町の志津川町と歌津町は海辺の漁村。津波でほぼ全壊し、コンクリートの建物の骨格だけが残っている。17,000人が暮らしていた南三陸町では、7,000人の生存者が確認されている。車で廃墟を通る私たちは、この下に何人かの命が埋まっているのかを想像するのをためらわざるを得なかった。

 15日から歌津に来ている救助隊は廃墟で生存者を探し始める。あるいは遺体を。津波が来た時、歌津町のある村には70歳と90歳と二人のお年寄りが家にいただけとされたが、50人の救助隊はあきらめず、地図を見ながら懸命に探している。周りは静かだった。遠くから救急車のサイレンと波の音だけが聞こえる。

 各避難所では、毎日新しく来る人の名前が登録され、発表される。壁に貼られる小さな紙の前にいつも自分の家族の名前を待ち望んでいる人でいっぱい。

 歌津中学校の避難所では、水も電気もガスもない。おにぎりと水だけが配られる。大雪の中、寒さをしのぐには自衛隊が運んでくれる毛布に頼るしかない。慢性の病気を持つ高齢者向けの薬はなくなっている。撮影中、一人の男の子がカメラの前に走ってきて、赤いペンで書いた紙を見せてくれた。”Please help us!”

 情報がひどく遅れている避難所で過ごす人たちにとって、これから何が起こるかは知る由もない。互いに支え合い、助け合い、生きていくほかない。

 男の人たちは新鮮な水を探しに出かけた。まもなく彼らは山の上にある水源を見かけ、毎日トラックで水を運んできて、沸かして、皆に配る。ほかのチームは近くの森で竹を切って、お箸とお椀を作る。ここでは一日におにぎり一つと水一杯しかもらえないにもかかわらず。

 志津川中学校の避難所の状況は少しましだ。お昼はおにぎりが二つ、場合によってはスープももらえる。料理を作るチーム、それを配るチーム、救助物資を運ぶチーム、人数を確認するチームなど、役割分担はしっかりしている。屋外に設けられたトイレはとてもきれいで、トイレットペーパーも置いてある。だが、建物の中では相変わらず土足厳禁。大きな教室で、皆は依然として、ほかの人の迷惑をかけないように小さな声で話している。

 南三陸町にいる二日半、私たちは何度も何度も日本人のこうしたつましさや細やかさに心打たれた。これほどの巨大な災難の後、落ち着いて皆で助け合って、苦境を乗り越える民族がいるとすれば、それは日本人に間違いないと思う。

 海から少し離れた村では、家に戻ろうとする人たちの姿が見られる。75歳と72歳の老夫婦は家を掃除している。午前中は台所だけ終わった。居間と寝室は津波後のまま。カーテンと本棚が倒れて、一メートルを超える壁には、まだ津波の印が見える。「みんな同じだから。できるだけ早く家を片付けて、ほかの人の手伝いをしたい」と主人は言う。カメラマンは感動して、写真を撮りたいと伝えたところ、二人は急に恥ずかしがり、手をつなぐのをやめた。

 16日。放射性物質による汚染拡大が懸念され、私たちは本部の命令で宮城県(仙台市)に撤退することになった。その日、また大雪が降って温度が下がったが、避難所は静かなまま。誰も逃げようともあきらめようともしなかった。大雪の中だが、また救助隊は来て、生存者を捜し続ける。一夜の雪の後である。生存者を見つける可能性は非常に低いにもかかわらずである。

 私たちは帰りの車中で交通や天気状況をまとめ、外に向け発信する。それがその時に私たちが唯一できることだった。

南三陸町

【筆者】倪 暁雯(Ni Xiaowen) / 早稲田大学政治学研究科 ジャーナリズムコース M1 / 寄稿 /  [J11042901J]
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(7)瑠奈チャン ~ブログJKTSより~

「瑠奈チャン、なにが欲しい?」

岩手 寝泊まりをした体育館でたった三日間でかわいいお友達が出来ました。

 血圧測定や点滴に走り回る私のあとを小走りについてくる、人懐っこい6歳のかわいい女の子、瑠奈チャン。

 マスクが大嫌いな子だったので、マスクに全然似てないキティちゃんを書いてあげたら気に入ってくれたのがきっかけだったのかな。

 夜の体育館は本当に寒いので頼るのは薄い毛布と人肌。

 私の医療チームは男ばっかりだから人肌に頼ることも出来ず毎日入り口付近ですきま風と戦っていました。

 電気が復旧していなかった広い体育館は例えるなら洞窟みたいでした。

 ストーブも消され冷えきった真っ暗な空間。頻繁な余震。

 1人だったらどんなに怖くて心細いか。

 たくさんの避難されているかたが集まっているからこんな暗闇でも朝を待つ気力に変えられるのだろうと心底思いました。

 真っ暗な夜中の体育館の寝息の中にもちろんすすり泣きの声も聞こえています。

 不安なのかな、
 家族や友達と会えていないのかな、
 考え出すときりがないし

 私は1週間程度だけど、ここにいるみんなはこれがいつまで続くんだろうと思うと暗闇の体育館は洞窟どころか出口の見えないトンネルのようにも思えました。

 寒くて眠れないけど、そろそろ寝ないと不眠不休で倒れてしまいそう
 ここで倒れて足手まといになったら来た意味がないと寝返りをうっていたら
 瑠奈チャンが「お姉ちゃん!」とどこからか毛布を持ってやってきてぴったり横にくっついてきました。

 「瑠奈チャンも眠れないの?」と聞いたら元気よく頷いていたので抱き寄せるとめちゃめちゃあったかい瑠奈チャン。

 「お姉ちゃん、好きな人いる?」と瑠奈チャンに聞かれたので
 「いるよ!」と言ったら

 「どんな人?」って(´`)

 「おヒゲがはえてる人だよ(笑)」と分かりやすいように教えてあげたら

 「サンタさん??」と。

 かわいいなぁと思いながら「そうだね、サンタさんみたいな人だね」と頭をなでなでしながら話すと

 「また冬になったらサンタさん来てくれるかな?」とニコニコした笑顔。

 やっと笑顔が見れて嬉しくなって「瑠奈チャンいい子だからまたサンタさん来てくれるよ!」と言ってしまった私。

 でも「瑠奈チャンね、おうちなくなっちゃったけどサンタさん、瑠奈チャンちがないからプレゼント持って帰ってしまわないようにお姉ちゃんから言っておいて」と言われて、ごめんねって思いながらぎゅっと抱き締めてしまいました・・・

 「瑠奈チャン、なにが欲しい?」の私の質問に

 「おうちとママ」

 いつも一緒にいるのが母親かと思っていたけど次の日、それは叔母さんということが分かりました。

 瑠奈チャンのお母さんも被災され、あんなにかわいい瑠奈チャンを残して瓦礫の下から変わり果てた姿で見つかったそうです。

 瑠奈チャンは幼稚園にいて救出されたけどお母さんは瑠奈チャンが大事にしていたお人形や絵本の入ったリュックを抱えて亡くなっていたそうです。

 まだまだ小さな瑠奈チャンはお母さんが恋しくていつも私にくっついて寝ていたのかな。

 別の避難所と救護所に移動のためにいつも寝ていた体育館を去るとき瑠奈チャンが私と別れることに対して声をあげて泣いていました。

 お母さんと悲しい別れをしたばかりなのに、傷は癒えてないのに、また別の形だけど人と別れる悲しみを味わせてしまった・・・

 また会おうって言っても
 お手紙を書きたくてももう瑠奈チャンには住所がない

 でも、きっとまた復興したら必ず会いに行く約束をして体育館を離れました。

 この震災を忘れずに
 強くて優しい女性になってほしい。
 どうかこれから進む道が明るくて幸せであるように。

 リーダーナースとの泣かない約束はあっけなく破られ手を振る瑠奈チャンを見ながら、車の中でずっと泣いていました。

 なんでこんなことになったんだろうと悔しさをどこにぶつけていいか分からず次の支援施設、救急病院へ向かいました。

 みんなに笑顔と元気を届けに来たのに、瑠奈チャンを泣かせてしまって。

 私のここにいる意味は何だろうとも思っていました。

【筆者】JKTS  / (個人) / JKTSブログより転載 /  [J11042903J]
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権瓶晴雄さんと「東アジア」

新潟水俣病安田患者の会代表の権瓶晴雄さんが亡くなった

新潟 ENVIROASIA関係者の多くに、権瓶晴雄(ごんぺい・はるお)さんは、2008年に新潟で開かれた「第4回 東アジア環境市民会議」(以下、新潟会議)で大活躍した方として記憶されているのではなかろうか。現地主催団体であった新潟水俣病安田患者の会(以下、患者の会)代表としての会議冒頭での挨拶をはじめ、2日目の現地視察では水俣病患者としての体験談を話し、さらに最終日の現地視察でも主催者として接待や案内に飛び回った。

 これには後日談がある。権瓶さんはあんなに頑張ったのに、最終日の昼食会で他の患者さんが得意の歌を披露したことで注目がそちらに集まり、お土産の受け取り役まで奪われてしまった、と悔しがって、事務局の旗野さんはなだめるのが「大変だった」という。そのことを私が聞いたのは、同年の患者の会の忘年会ならぬ”望年会”に行ったときで、権瓶さんは体調を崩して参加していなかったので、私は旗野さんにお願いして、翌日、改めて一緒にお詫びかたがたお礼のために訪ねた。ところが、権瓶さんはそもそも私のことを記憶していなかった。もちろん、それまでも何回かお目にかかり、新潟会議の前にも、会議の最中にも何度も挨拶していたし、旗野さんも私のことを何とか思い出すような手がかりを説明してくれたものの、ついにわかっていただけなかった。

 2009年には、毎年10月に大阪の人たちが水俣病関西訴訟と新潟水俣病の関係者を囲んで開く集会に、新潟からのゲストで権瓶さんが参加した。権瓶さんは2次会までつきあったうえ、宿泊先に戻ってさらにビールの乾杯を続けた。相変わらず私のことは誰だか「知らない」が「ともかく飲みなさい」とビールを注がれ、旗野さんともども数杯いただいた。私が権瓶さんにお会いしたのは恐らくこれが最後で、覚えていただけずじまいとなった。

 権瓶さんの訃報は、旗野さんからの控えめなお誘いのメールを通して知ることになった。「大地震があったり、晴雄さんも亡くなられましたが、感謝しながら今年も患者の会はお花見会をやることになりました。」 患者の会の「晴雄さん」といえば権瓶さんのこととは思いつつ、事前のやりとりではそれ以上の情報は得られず、その確認のためにお花見会に行くような形になった。

 行けば、ありし日の権瓶さんを偲ぶのも趣旨の一つになっていて、挨拶もそこそこに白黒の権瓶さんの写真の束が回ってきて、確証として実感することになってしまった。落ち着いて話を聞くと、亡くなったのは2月5日、高齢の水俣病患者に多いといわれる嚥下障害が直接の原因らしいが、葬儀についてはご家族の方で一切をやられたので、患者の会としては何もしようがなく、中韓の関係者にも知らせなかった、とのこと。恒例になっている5月4日の追悼集会が、患者の会として初めての権瓶さんの追悼行事も兼ねることになるという。

 2006年に初対面の旗野さんをこのネットワークにお誘いしたことがきっかけとなり、同年の望年会で、端然と座る「患者の会代表」権瓶さんを初めて紹介された。少し孤高な感じもする威厳あるお姿で、私にとって権瓶さんは「最初に顔と名前を覚えた患者の会の患者さん」であった。それだけに、会った年数・回数からすると大きな寂寞感がある。

 代表も亡くなったのに、また大地震の影響もなお続いているのに、それも新潟は福島の隣の県なのに「お花見会」を4月16日にやることになったのは、患者の会の患者さんたちから「次は花見だろ」と言われたからだという。ここでは新潟会議は「東アジア」の名でなお語り草になっている。2003年に新潟県からの派遣で水俣病の語り部として天津を訪問したことが、権瓶さんにとって良い思い出だったようだ。

 何があっても恒例を維持する患者さんの強さにも学びつつ、今後も東アジアの環境交流を継続していくことが、権瓶さんの遺志を継ぐことにもなる。強引な感じもするが、きっと端然と受け止めてくださるだろう。

参考リンク)

・「第4回 東アジア環境市民会議」
 http://www.enviroasia.info/conference/aga/J/aga.html

・権瓶晴雄さんにまつわる記事
 http://www.enviroasia.info/news/news_detail.php3/J08102402J


大阪集会の2次会にて上機嫌で語る権瓶さん(2009年10月)

新潟会議の現地視察で阿賀のお地蔵さんについて説明する権瓶さん(左上、2008年10月)

初めてお目にかかった2006年の望年会にて(中央が権瓶さん)

【筆者】相川 泰(AIKAWA, Yasuxi) / 東アジア環境情報発伝所 / 寄稿 /  [J11042902J]
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アースデーにグリーン青年によるフラッシュモブが行われ、電子廃棄物が中関村に“出現”した

環境保護ボランティアが各種の電気製品の模型を身につけ、周辺住民に電子廃棄物の危険性を呼びかけた

北京市 (2011年4月22日、北京)今日は第42回世界アースデーであり、電気製品の販売店が集中している北京の中関村では、“歩く”パソコン・テレビ・冷蔵庫・洗濯機やエアコンなどの使用済み電気製品が現れた。環境保護ボランティア達が電気製品の模型を身につけ、周辺住民に電子廃棄物の危険性と電気製品の安全な処理方法を訴えた。

電子廃棄物の危険性は大きく、回収システムはまだシステム化されていない

 ボランティア達が配っているパンフレットには、電気製品には大量の有毒有害物質が含まれており、電子廃棄物は最も早く増大する環境汚染源であると明記されている。たとえ分解しても焼却、埋め立てたとしても、これらの有毒有害物質は環境中に放出されて環境を汚染し続け、公衆の健康を脅かす。

 イベントの現場ではボランティアの石剣寒が「北京の電子廃棄物の回収の現状は楽観視できない。大部分の電気製品生産企業はその負うべき回収と処理の責任を負っていないばかりか、その電子廃棄物によって環境を汚染している。」と語った。

 ボランティア達は広く市民に、勝手に電子廃棄物を捨てない、あるいは街頭の行商人に売らないことを呼び掛けた。また電気製品生産企業に使用済み電気製品を返却し、正規の回収処理企業に電気製品の無害化処理をさせることを呼び掛けた。また、ボランティアは多くの市民にこれらの回収処理サービスを行っていない電気製品生産企業に電話して、回収と処理サービスを早く行うことを要求するよう提案した。石剣寒はまた、今回の活動の組織、電子廃棄物の民間行動ネットワークにより多くの活動を行い、我が国の電子廃棄物の回収システムの改善を推進することを表明した。

電子廃棄物条例が公布されてから半年近くになるが、8割を超える市民が実情を知らない

 環境保護組織“電子廃棄物民間行動ネット”は活動当日に同時に≪北京市社区住民電子廃棄物民意調査報告≫を公布した。報告には≪廃棄電気電子製品回収処理管理条例≫(以下≪条例)とする)は2011年1月1日に正式に実施されたが、85%の北京市民にこの≪条例≫が知られていないと記させている。

 報告の主要な執筆者である石剣寒は、この数字は一方で公衆の環境法律意識が希薄であることを示しており、また一方では新しい環境管理制度は公衆の広い認知を得なければならないことを証明しており、またこれは長い道のりであり、公共管理者の試練でもあると述べている。そこで、政府はさらに多様化した宣伝教育活動を展開すべきであり、公衆に条例及び関連する法律法規を周知させ、公衆に十分自身の権利と義務を認識させ、積極的に電子廃棄物汚染の防止に参加させるべきである。

民間組織は政策提案を提出し、全社会合同で電子廃棄物に挑戦することを提案する

 北京の現在の電子廃棄物に対する挑戦とは、“電子廃棄物民間行動ネット”が報告中に提出した、北京市政府は直ちに行動をとり、地方の実際の状況に適合した実施細則を制定し、さらに確実に≪条例≫を実行することである。同時に北京市政府・関連企業はさらに“下取り”政策を拡大させ、この基礎をもとに、多様化した電子廃棄物の正規の回収システムを構築しなければならない。また電気製品生産企業は、“生産者延伸責任制”の理念にもとづき、積極的に回収処理責任を担い、電子廃棄物の無害化業務を行わなければならない。

 石剣寒は “正規の回収システムの構築は電子廃棄物の安全処理の前提を作り、また公衆参与は電子廃棄物問題の基礎を解決する。政府・企業・市民・民間組織は協力し、中国が直面している電子廃棄物の挑戦に対応しなければならない。”と強調した。

背景:
 電子廃棄物民間行動ネットは若者たちが自主的に組織した民間の草の根環境保護組織であり、公共環境情報交流のプラットホームを構築し、電子廃棄物問題の調査と研究・公衆への呼びかけと教育・および政策の提案に力を注ぎ、電子産業チェーンをグリーン化している。

【筆者】新浪公益 / 環友科学技術研究センター / 転載 /  [C11042702J]
【翻訳】中文日訳チームC班 富川玲子]]>

森林を守り、気候変動を止めよう――東アジア気候ネットワークデイ 中国NGOの活動

中国・韓国の小学生10名が北京の国家動物博物館に集まる。

東アジア 今年は国際森林年(the International Year of Forests)である。東アジア気候ネットワークは4月22日のアースデイを同団体のネットワークデイとしている。中国・韓国の小学生10名は、北京の国家動物博物館に集まり、「森林を守り、気候変動を止めよう」という共通のスローガンのもと、森林、生物多様性、気候に関する知識を共有するとともに、会場で市民の活動への合意をひろく集めた。また、韓国大使館の李潤燮環境官は会場の市民に対し、気候変動に関する東アジアの環境分野における協力について基調講演を行った。

 今回の活動は、道和環境と発展研究所、環友科学技術研究センター、国家動物博物館及び互動百科(中国インターネット百科辞典サイト)の協同開催で、2011年全国青少年気候変動「1+6」活動の一部である。この活動は青少年の環境問題に対する主体的な行動の強化をうたっており、「1人の若者が周りの6人を変える」という活動理念の基、青少年が気候変動の問題においてリーダーシップを発揮し、市民の気候変動に対する見方を変えようというものだ。「1+6」活動は、2010年に道和環境と発展研究所が始め、今年で2回目となる。中国の青少年の気候変動分野における重要な活動である。

 今回は、北京の韓国インターナショナルスクールの子どもと、中国の子どもがともに「1+6」活動に参加している。この事について道和環境と発展研究所の持続可能な発展教育官員羅鵬氏は、次のように述べた。「他国の子ども達が『1+6』活動に参加し、未来に対する提言をする事をとても嬉しく思う。子ども達が団結する姿を見て、気候変動は『一人』あるいは『一つの国』だけの問題では無く、世界の全ての子供たちの未来に関わる問題である事を学ばされた。大人は子ども達の『受託者』であるという事を認識しなければならない。私たちには地球環境を保護し残す責任がある。これは、いわゆる世代間の公平性というものでもある。」

 また、環友科学技術研究センターの李力代表は、「子ども達の共同宣言も、より多くの国が一致団結し気候変動への対策を呼びかけるというものであった。中国・韓国という東アジアの2国に関しては、特に地理的な位置が近く、互いの影響も大きいため、互いに交流を深め、気候変動に関わっていく事は重要な現実的意義がある」と述べた。環友科学技術研究センターはこれまで中日韓の環境情報共有に力を入れてきている。同NGOが立ち上げに関わった「東アジア環境情報ネットワーク」は11年間活動を続けており、中日韓の重要な情報交換の場となっている。最近、同NGOは両国のNGOがともに東アジア気候ネットワークの建設を進め、さらに東アジアの国家間の交流を強める事で、気候変動というグローバルな問題に取り組んでいる。

 国家動物博物館展示館の黄乗明館長は、「現在、世界の森林の激減と大量の温室効果ガスの排出が温暖化を進め、生物多様性に大きな影響を与えている。より多くの市民がこの活動を通して、それぞれの生物の生活環境及び厳しい現状を理解し、積極的な行動を採って欲しい」と述べ、この活動を評価した。

 2011年の青少年「1+6」気候影響力アクションは、3月21日世界森林の日(World Forest Day)に始まって以来、すでに北京・成都・武漢等80箇所以上の小中学校が参加している。参加者にはインターナショナルスクールやその学生も少なくなく、そういった学校の「1+6」グループも近日中に各々が提出した方法書に基づき「森林を守り、気候変動を止めよう」というテーマに沿った活動をする。将来的に「1+6」活動はより多くの国に広がり、世界に向けて子ども達の未来に対する美しい希望を広める事になるかもしれない。

 また北京では、中国民間気候変動アクションネットワーク(CCAN)の参加者が会議期間を利用し、登山を通して「森林を守り、気候変動を止めよう」という理念を広めた。その他、緑色龍江、緑色盤錦等のNGOもそれぞれの活動地域で森林保護と気候変動の東アジア気候ネットワーク日に特別な活動を行った。

【筆者】道和環境と発展研究所 羅鵬 / 環友科学技術研究センター / 寄稿 /  [C11042701J]
【翻訳】中文和訳チームB班 額田拓]]>

(6)ライフラインと絆 ~ブログJKTSより~

絆で結んだ電気

岩手 避難所の体育館に時間制限はありますが電気が復旧しました!!

 電気がついた瞬間拍手喝采で嬉しくてみんなで泣きました。

 全国で節電したから予定より早く復旧したそうで本当に本当に嬉しかったです。優しさが伝わりました。

 被災地に到着した日は雪が降り積もっていて現地の人が「こんなときに雪が降って神も仏もいなくなったな」とつぶやいていたけど

 神も仏もいない今、優しい気持ちの生きてる人間がたくさんいるよ!!とちょっと胸をはれたような気がします。

 でも本当に大変なのはこれからです。これからも全国の優しい気持ちが広がることを願います。

 ガスや灯油が届かなくて寒いのは変わらなかったけど、夜に電気が灯っているだけでなんだかあったかくなった気分でした。

18日午後

 震災が起きた時間14:46には手を止めて黙祷をしました。

 サイレンが鳴り響いて
 現地の人たちの涙を見て

 1週間経過した時間に対して早く感じました。

 1週間経過したことでメンタル的サポートも必要になってきたようにも思う光景も増えてくる。

 相変わらず救急搬送患者や入院が必要な被災者が増えていく一方、救急車の燃料切れや受け入れ先病院を探してもどこも満床、少なくなっていく医療物品、新たな問題も山積みになり何度も立ち尽くしてしまいました。

 そういう問題にぶつかるたびに弱気になったけど気持ちは常に強く。

 救急患者対応だけでなく避難所の血圧測定と健康相談、現地ナースに休んでもらうために入院病棟の患者の処置や巡視、エレベーターが止まったままなので食事の配膳時には5階建て階段の往復、時間が少しでもあいたら火をおこしてお湯を沸かす、1日が24時間では足りないくらいでした。

 寝る時間が2時間でも横になりながらこの時間も何か有効につかえないか考えていました。

 こうして記録して現状を報告することしか思いつきませんでした。

 電気がついただけなのに全国で節電をしたみんなのことを思うと絆で結んだ電気に思えてすごく明るくあったかく電球が見えました。

 頑張りがこうして形になって見えると俄然自分ももっと頑張らなくてはと背中を押された気持ちになります。

*(4)小児と高齢者、(5)消えてく命、生まれてくる命 については、機会を改めます。

【筆者】JKTS / (個人) / JKTSブログより転載 /  [J11042202J]
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「温室効果ガス25%削減目標」堅持を~原子力に頼らない温暖化対策は可能

“3つの25”は達成可能だ

日本全土 福島第一原子力発電所の事故を機に安全とされてきた原子力発電の前提が崩れ、日本の原子力政策は大きな岐路に立っている。原子力に頼らない社会を作り上げていくことは日本の命題である。

 これまで政府は、民間団体と一体となって、“CO2を出さないクリーンなエネルギー”として、原子力を温暖化対策の柱に据えてきた。しかし、原発に想定通り頼れなくなった今、不足する電力を化石燃料で賄う必要があるとして、温室効果ガス25%削減目標を見直すべきとの声が官民から聞かれ始めた。

 政府はCO2排出削減を理由として原子力発電を推進してきたが、リーマンショックまで日本の排出量は増加傾向を続けてきた。原発増設を口実に、他の削減対策が先延ばしされてきたためである。

 今回の大震災と未曾有の原発事故によって、新たな原子力発電の増設の道は絶たれたというほかなく、停止中の原発の再稼動にも根本的な安全対策の見直しが不可欠である。しかし、ここで原発に代わって枯渇性資源である化石燃料依存を高めれば、ピークオイルによる原油価格高騰や、資源獲得競争などによる国際リスクを高めることとなるだけでなく、地球温暖化を加速させ、環境リスクを高める方向へと舵を切ることになる。

 温暖化対策の柱は、今、行われている節電行動とともに、これを工場や事業所、家庭における省エネ設備への投資によって恒久的な省エネにつなげ、燃料転換を実行するとともに、再生可能エネルギーを大幅に拡大することである。危険な原子力に頼らず、自然資源を活用したエネルギー消費の少ない持続可能な社会をつくることにある。

 エネルギー供給の重大なリスクに直面した今、エネルギーの需給構造を見直し、被災地域の復興とこうした地球温暖化対策と重ねて実現していくことは、世界に対する責任でもある。あいまいな空気で25%削減を見直そうとするのではなく、今後のCO2・エネルギー削減可能性を丁寧に掘り起こしながら、省エネと再生可能エネルギーを大胆に推進する政策措置を講じることで、震災復興と温暖化対策の共通課題を解決していくべきである。

 気候ネットワークは、こうした視点から急きょ試算検討を行い、「節電25%」「温室効果ガス25%削減」「再生可能エネルギー電力25%」の同時達成は可能であることを確認し、4月18日に「“3つの25”は達成可能だ」と題する報告の概要版を、4月19日にその詳細版をそれぞれ発表した。

 日本と世界の安全な環境を守るための確かな足取りをとるためにも、25%削減目標は必須であり、当然のこととして、これを堅持すべきである。

参考リンク)

・省エネルギー・低炭素社会へ向けて~東日本大震災を受けて~
 http://www.kikonet.org/research/energyshift.html

【筆者】気候ネットワーク / 気候ネットワーク / プレスリリースより転載 /  [J11042201J]
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2011年版の中国環境緑書は、環境問題への挑戦は引き続き厳しい状況にあると指摘

市民の視点に重きをおいて中国の環境状況を考察・記録している「環境緑書」。データと事実を中心に実証性と真実性を強調し、権威性を確立。

北京市 4月19日、「中国環境発展報告書(2011年版)」(別名「中国環境緑書」)が、著名民間環境保護団体の「自然の友」により発表された。同書は、自然の友の編集責任による第6冊目の中国環境緑書である。同書は、私達が直面している環境問題は引き続き厳しい状況にある、と指摘。様々な自然災害、重大な環境汚染や生態系破壊が頻発しており、都市化の加速に伴い都市の環境危機も日増しに顕著になっている。環境保全政策や対策の実施面において進展はあるものの、そのペースは緩慢だ。

 2010年は、この20年間で2008年に次いで災害が多い年だった、と同書は指摘している。一年を通じて、4.3億人にのぼる人々が様々な自然災害による影響を受けた。干ばつ、洪水、土石流等の種々の災害が頻発し、救助活動や災害対策準備、都市計画、農村計画、生態系保護、政策・法規等多くの面で省察を呼んだ。

 同書は、2010年に起きた主な環境汚染事件についてまとめており、紫金鉱業の汚水漏洩が引き起こした福建省汀江流域での広範囲にわたる汚染、中国石油による大連での漏洩による海域汚染等について記述している。中国企業は、環境責任の認識と履行の面で大きな問題を抱えている、と同書は分析。中国の環境、環境法治と環境正義は、企業による汚染を前に、厳しい試練を受けている。

 都市化が進むにつれ、都市の計画と運営において様々な環境問題が表面化しており、市民は過度な消費という誤った方向に進み、各種の大型開発事業は、環境汚染、生態系破壊、動植物の種の生存空間の圧縮等、我々が直面している環境問題を激化させている、と指摘している。

 また、中国経済の持続可能な発展と社会的な調和という重責は、必然的に都市にかかっている、と分析。都市は資源消費の主力であり、低炭素経済構築の重要拠点で、環境政策における公平性と正義の決戦場だ。「住みやすい都市」は、評価と検査のための重要な指標となるべきだ、としている。

 清華大学公共管理学院の社会政策研究所所長で、同書の総括章を執筆した李楯教授は、我々は環境と社会問題に対し迅速に行動を起こすべきだ、と指摘。体制やシステムの改革の妨げとなっているものを突破し、全面的な改革を通じて産業構造と経済成長の模式を変え、国民が消費様式を変えるように導き、汚染処理、温室効果ガス排出の削減、資源の節約、循環経済の発展、生態系の修復等を行い、困難な局面を打破しなければならない。

 中国環境緑書は、民間の環境保護団体である「自然の友」による編集、社会科学文献出版社が出版している中国の環境年度報告書だ。「自然の友」理事長で、著名な学者でもある楊東平氏が編集長を担当し、優れた学者や、NGOの中心人物、ジャーナリストらの協力により作成されている。同書は、市民の視点に重きをおいて中国の環境状況について考察・記録しており、データと事実を中心に実証性と真実性を強調することにより権威性を確立している。台達環境・教育基金会の長期にわたる支持のもと、6年連続で出版されている。

【筆者】捜狐緑色 / 環友科学技術研究センター / 転載 /  [C11042002J]
【翻訳】中文和訳チームA班]]>

環境アセスメント敗訴により香港珠海マカオ大橋の香港側工事着工を延期

橋を建設した場合としない場合のそれぞれを計算してはじめて、環境影響を評価できる。

中国全土 香港珠海マカオ大橋香港側工事の環境アセスメントが、東涌地区の住民に再審理を行うようにと訴えられた。香港高等裁判所は住民勝訴の判決を下し、香港政府は再度環境アセスメントを行うか、上告することを迫られた。これは、もともと年内に着工予定だった大橋の香港側工事が延期されることを意味する。消息筋による分析では、この案件の影響は大きく、香港政府当局が一貫して採用していたアセスメント方法への打撃となるばかりか、今後開始予定のほかのプロジェクトにも影響する可能性がある。

 香港東涌地区在住の朱綺華氏(66歳)は、7つの理由を挙げて香港環境保護署署長が行った香港珠海マカオ大橋の環境アセスメント結果に異議を申し立てた。そのうち、今回裁判官に認められたのは、道路が大気の質に及ぼす影響について環境保護署が着工前後の比較をしていないという点だ。

 今回、香港政府の環境アセスメント結果が覆されることになった理由は、主に以下の点による。道路が大気の質に及ぼす影響を評価する際に、環境アセスメントでは累計影響が基準値を超えないことだけを要求し、道路や橋の建設以前の大気の質について評価を行っていなかったのだ。

 このため、裁判官は朱綺華の異議を認め、環境アセスメントを行うには、橋を建設した場合としない場合に分けて計算してこそ、影響評価を行うことができるとした。

 高等裁判所の裁判官は例を挙げて説明した。橋を建設していない状態で、二酸化炭素濃度が法定上限の30パーセントだったとして、橋の建設後にもし90%に達したとすれば、橋の建設が環境に及ぼす影響は60パーセントと言える。つまり法定基準値を越えていなければ影響はない、とは言えない。裁判官はこのようなやり方こそが、工事の影響を効果的に計る鍵であると述べた。
また、環境アセスメントの意義は、いかなる工事が引き起こす環境への影響もできる限り減らし、排出される大気汚染物質を最低限に減らすことであると強調した。

 裁判官は、今回の環境アセスメントはこういった要求にまったく応えておらず、環境保護署署長はこれを承認し環境許可証を発行する権利はないとして、決定を翻した。

 また、これは関連プロジェクトが、環境アセスメントに合格できないということではなく、適切な環境アセスメントを行った後に合否を判断するということであると強調した。

 香港環境諮詢委員会メンバーでグリーンパワー(訳注:香港の環境教育NGO)の総幹事でもある文志森氏は、環境保護署は速やかにこの新しい要求に基づいて環境アセスメントを行うほうが、上告してややもすれば1~2年引き延ばすより合理的だ、と考えている。しかし、裁判官が問題にした部分は、新しい基準にもかかわるので、解決は難しい。

 立法会議員の余若薇氏は、今回の再審査は、これまでしきたりのまま用いてきた環境アセスメントの方法には、多くの問題、それも常識的な問題が存在していることを示していると述べた。

 香港立法会交通事務委員会主席の鄭家富氏は、「工事はこれにより遅延するだろう。政府は工事作業員を増加して進度を加速し、2016年通行開始の目標実現を確保することは可能だが、それに伴う投資は増えることとなろう」と語った。
 
 大橋の香港側の出入国施設はもともと昨年の第三四半期に、連結道路は今年中に着工の予定だったが、上記案件の影響により現在は前期工事を行うことができるのみだ。珠海とマカオの工事はすでに一昨年着工している。

 香港政府消息筋によれば、香港側工事が阻まれたのは仕方がないが、それでも2016年には通行開始できるようにしたいとのことだ。

 2010年1月に、朱綺華氏は香港高等裁判所に再審理を申請し、香港環境保護署が2009年10月に批准した香港珠海マカオ大橋の香港海岸側と接合部分に関する2通の環境アセスメントを覆すよう要求した。あれから一年あまり、朱綺華氏はついに香港高等裁判所による勝訴の判決書を手にしたのである。

【筆者】経済観察報 / 環友科学技術研究センター / 転載 /  [C11042001J]
【翻訳】中文和訳チームC班 船木知子・松江直子]]>

浜岡原発すぐ止めて!東京で市民がデモ

東京・千代田区の東京電力本社、中部電力東京本社前などで、浜岡原発の即時停止を求めるデモが行われた。

東京 2011年3月11日にM9という観測史上最大の地震による津波で被害を受けた福島第一原発は、いまだ放射能物質が大気や水、土壌を汚染し続けており、事態の収束は見えず、依然予断を許さない状況が続いている。

 多くの日本の市民は、他の稼働している原発への不安を抱いているが、中でもM8クラスの東海地震の想定震源域の中心に立地している中部電力の浜岡原発(静岡県御前崎市)に関する不安がとりわけ高まっている。そこで、震災から約1ヵ月が経過した2011年4月10日、浜岡原発を止めたいという市民の意志を表そうと、「浜岡原発すぐ止めて! 4・10東京―市民集会&デモ」(主催:浜岡原発すぐ止めて!実行委員会(注))が東京にて開催され、約2,500人の市民が参加した。また、同じ日に東京の高円寺でも1万5,000人が集まるデモが行われた。

 デモに参加した静岡県出身の子ども連れの母親は、「今回、想定外のことが続いて起こってこんな大規模な被害がでているのだから、それを教訓にしないでどうするのか。静岡は地震の多い地域。ここで原発を稼働し続けるなんて中部電力や国の考えていることはさっぱりわからない。電力が足りないというなら生活レベルをそこまで下げるから、今の人たちで責任が取れないようなことを次の世代に持ち越すべきではない」と語っていた。

 今回の福島第一原発を直撃した津波が15~16mという想定外の規模だったことを受けて、中部電力では、3月末に2~3年以内に海面から高さ12m以上の防護壁を砂丘と浜岡原発の間に建設すると発表した。

 しかし、浜岡原発は、震源域の真上にあるため、想定されている東海地震が発生した場合、津波だけではなく地震そのものによって被害を受ける危険性が極めて高い。浜岡原発で福島第一原発以上の事故が発生すれば、浜岡原発がある地域の風向は年間の7~8割が東向きのため、発生から約8時間で首都圏全体を放射能が包み込むというシミュレーション結果が出されている。東海地方と首都圏をあわせた約5,000万人が避難することになるが、その場所・余地などない。

 地震予知連絡会の会長を務めたことのある地震学者も「巨大地震の発生が最も懸念されているところに原発を設置するのは、世界の常識からすれば異常です」と、浜岡原発を止めるべきだと主張している。加えて、浜岡原発設計者が耐震数値をねつ造したとか、施工業者が欠陥コンクリート骨材を納めたといった衝撃的な内部告発もされている。

 中部電力の2011年度の計画では、最大電力と供給力の差は439万kwと見込まれており、3基の合計発電力が361万7000kwの浜岡原発をすべて止めても、真夏の真昼のピーク時でさえ電力の余剰があることになる。日本の社会が原発依存から脱却するための第1歩として、まずは最も危険が予測される浜岡原発を即時停止することが求められている。

注:呼びかけ団体:浜岡原発を考える静岡ネットワーク、ふぇみん婦人民主クラブ、日本消費者連盟、チェルノブイリ子ども基金、原子力資料情報室、プルトニウムなんていらないよ!東京、福島老朽原発を考える会/チェルノブイリと日本の未来を考える会/たんぽぽ舍/大地を守る会/日本山妙法寺/原子力行政を問い直す宗教者の会/東京電力と共に脱原発をめざす会(2011年4月2日現在)

(関連URL)

・浜岡原発、巨大地震対策虹のネットワーク
 http://www.stop-hamaoka.com/

・4月10日 全国各地で反原発デモ(Our Planet TV)
 http://www.youtube.com/watch?v=UzPeD6sAteo&feature=player_embedded#at=192

【筆者】廣瀬稔也(HIROSE, Toshiya) / 東アジア環境情報発伝所 / 寄稿 /  [J11041501J]
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