環境NGOがゴミ焼却場建設の環境アセスに意見を!

蘇家坨ゴミ焼却場建設事業の環境影響評価書、市民参加度について虚偽の記載があると指摘される

北京市北京蘇家坨ゴミ焼却事業の環境影響評価書において、市民参加度について虚偽の記載があると指摘されている。6月20日、北京地球村環境教育センター、ダーウィン環境研究所、環友科学技術研究センターと緑家園ボランティア等、環境NGO5団体が連名で環境保護部に投書し、蘇家坨ゴミ焼却場事業の環境影響評価書に関して、中国気象科学院の「甲級環境影響評価資格」の取り消しと国の規定に基づく相当の罰金を科す事を要請した。

環境NGO5団体が環境保護部に宛てた書簡には、中国気象科学研究院が河北省秦皇島西部ゴミ焼却事業の環境影響評価書の作成過程において虚偽の報告を行い、これまでに秦皇島西部の生活ゴミ焼却事業の環境影響評価の審査はすでに河北省の環境保護庁に取り消されている事、また、同機構が北京市海淀区蘇家坨ゴミ焼却事業において行った環境影響評価の報告書について環境NGOと焼却場付近の住民に強く説明を求められている事、などが記されている。

ダーウィン環境研究所の担当者のよると、蘇家坨ゴミ焼却事業について環境NGOが現地調査を行った結果、中国気象科学研究院が作成した環境影響評価書ダイジェスト版に掲載した情報には多くの食い違いがあり、現実の状況と合わないところが多く見られた。中国気象科学研究院の環境影響評価には多くの間違いがあり、市民参加の部分に関しては偽装の疑いを掛けられざるを得ない状況となっている。

環境NGO5団体はまた、中国気象科学研究院は環境影響評価書において、蘇家坨ゴミ焼却事業が規則に沿っているとしているが、明らかにその資格権限をこえている上、環境保護部の規範文章に違反しており、違法かつ無効なものであると指摘している。中国気象科学研究院が数年間に行ってきた不適切な環境影響評価に加え、『環境影響評価法』及び『建設事業環境影響評価資質管理弁法』の関連規定によって、NGO5団体は当機構の環境影響評価機構資格の等級を下げ、罰金を課す事を求めている。また、国の建設事業に関する環境影響評価制度を改善し、中国気象科学研究院のような環境影響評価機構が再度出現しないよう対処するように呼びかけている。

さらに、環境NGO5団体は環境保護部に中国気象科学院環境影響評価過程中の違反行為について調査を行う事、そして調査期間中は同機構が関与している環境影響評価事業を一時停止する事などを提案した。

【筆者】法制ネットワーク記者 郄建栄 / 環友科学技術研究センター / 転載 /  [C11062902J]
【翻訳】中文和訳チームB班 額田拓]]>

いつまでも大雨の被害を受け続けていてはいけない

武漢、杭州、南昌、上海は大雨に襲われ水浸しになった。北京も免れることはできない。

中国全土 武漢、杭州、南昌、上海は大雨襲われ水浸しになった。北京も免れることはできない。大雨が降ると、車は水に浸かり、交通は寸断され、道路は込み合い、道を歩くのは川を渡るようである光景がぼんやりと思い浮かぶ。今年は思いがけなく地下鉄にも浸水した。

 大都市はいつもこのような大雨の被害を受け続けてはいけない。私たちはいつまでもこのような何年かに一度の大雨に遭い、都市排水システムが極限を越えるのはよくあることだと言うことはできない。毎年大雨の被害があればとっくに人々はわかっているだろう。おそらくこれは大雨のせいではない、ただ都市の対応策が効かなくなっている証拠だろう。同時に大雨対策は、いくつかの大都市はまだ根本的な解決策がなく、ただ場当たり的に間に合わせ、おそらくほとんどは何の役にも立っていないだろう。

 これは体裁だけを重視して内面をおろそかにした結果である。一回の基礎工事を完全にしないと、必ず後で問題になる。国内外の大都市でこの程度の大雨を心配しなくてもよいのは、最初の基礎工事がしっかりしているからで、一度の苦労で一生楽することができ、土砂降りの雨が降っても心配をする必要がない。いくつかの大都市では大雨に耐え切れなく、都市計画設計者に先人がしっかり対策すれば次世代の人々は恩恵を受けることができるという教訓を与える。将来的に耐えうる基礎工事をしてこそはじめて、後世の人々はてあなたの功績を称えるだろう。

 豪雨に襲われた時、先人の目先のきかない失策を恨んでも仕方が無い。根本的に問題を解決するのに必要な莫大な代価を恐れ、行動を起こすのを遅らすのはさらに間違いである。街中が水浸しになり、被害を受けるのはいつも一般市民である。一度の大雨で受ける被害総額は、根本的に問題を解決するのに必要な一度の投資額をはるかに上回っている。これはすなわち“一度も苦労をしないから一生楽できない”というところだ。こうやって毎年過ぎていって、いつ解決するのか?私たちは大雨が降り、人々が困るのをただながめていることができるのか?

 根本的に言うと、これは都市計画の価値のとらえ方の問題である。都市が発展するのにお金をかけなければならない場所はたくさんある。しかし、いつまでも“目に見えない”基礎工事を手抜きし、“目に見える”外観工事に良い材料を使うことはできない。いくつかの大都市は、普段はとても体裁がいいが一旦大雨が降ると体裁を保つことができないばかりでなく、以前から積み上げた評価すらも減らしてしまう。

 その上、都市排水問題を根本的に解決することの業績は小さくなく、総合収益もまた相当なものである。知っておかなければならないのは、これは市民の大雨被害解決でもあり、都市発展のための機能障害問題解決でもあり、都市の体裁を保つためでもある。大雨の被害の苦しみで市民に不満を持たせるより、一度に大きな投資をしてきちんと工事をしたほうがいいのではないか。

 もう待つことはできない。次に大雨に襲われた時、またこのことを思い出すのか。根本的な問題解決法を方策手順に導入し、科学計画設計を成功させ、お金をかけるべきところにはお金をかけ、新たに工事をする決心を固めるべきである。たとえ市民の外出や都市交通に不便が生じても、社会各方面は、理解し克服してくれるだろう。

【筆者】現代金報 呉喬 / 環友科学技術研究センター / 転載 /  [C11062901J]
【翻訳】中文和訳翻訳チーム 古賀]]>

夏の節電、地球温暖化対策に

~江戸川区のNPOがパンフレット作成へ

東京 東京電力・福島第一原発事故に伴う電力供給の減少により、この夏に電力が逼迫する事態を迎え、政府は企業や家庭に15%の節電を求めている。ところが、東京電力が呼びかけている節電は、ピークを迎える平日昼間の電力消費を控えて休日や夜間に使うよう求めるもので、電力消費のピークを回避するための色合いが強く、電力消費を抑えて温暖化の原因となるCO2の排出を削減しようという省エネではない。

 東京・江戸川区にあるNPO法人「えどがわエコセンター」では、節電が温暖化対策につながるとの観点からパンフレットを作成し、区民向けに配布しようと準備中だ。

 パンフレットの名前は「節電当番」。夏場に家庭の電力消費の半分以上を占めるとされるエアコンと冷蔵庫にしぼった対策をイラストで紹介しながら、電力消費量が高い電子レンジやドライヤーなどの使用時間を短くするよう求めている。例えば、エアコンの場合は「室外機に散水したり日陰を作って冷やす」、冷蔵庫の場合は「冷蔵庫の内側にカーテンをつけることで扉を開く時に冷気が逃げるのを防ぐ」といった具合だ。

 エコセンターでは、パンフレットを数千部作成し、区民に配布しながら家庭内に貼り出してもらい、その後、パンフレットにある紹介事例を実施したかどうかをチェックさせ、どのような効果が得られたかを報告してもらうことにしている。節電行動の効果についてデータを求めていきたいとしている。

【筆者】山﨑求博(YAMAZAKI, Motohiro) / 足元から地球温暖化を考える市民ネット・えどがわ / 寄稿 /  [J11062401J]
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汚染への対処について哈薬社が政府と駆け引きするとはいかなる道理か。

地方政府は汚染企業の利益擁護と市民の生命・健康の保護を取り違えている。

黒龍江省 6月5日の「世界環境デー」の前後、黒龍江省ハルビン市の哈薬グループ社(Harbin Pharmaceutical Group Holding Co., Ltd.)の製薬工場で、違法な廃水・廃ガス・残渣の排出が行われていたことが、中央テレビ等のメディアにより曝露された。環境保護当局は、同工場の製品について生産停止・減産を命じ、排水中の汚染物質の濃度低下を図ろうとしている。

 しかし、汚染問題の包括的な解決はどうなっているのだろうか。哈薬社は、「異臭問題解決の根本策は、工場移転だ」としている。さらには、別の場所に工場を建設するためには膨大な投資が必要で、生産開始後2~3年は競争力が低下して赤字になりやすいため、会社は生き残れなくなる、とした。そして、「新工場の立地選定について、政府の関連部門から政策面でサポートしてもらいたい」と表明した。

 哈薬社のこの「お願い」は、全く常軌を逸しているとしか言いようがない。哈薬社による汚染の原因は、工場周辺の環境や住民ではなく、同社が法定基準を超える汚染物質を排出していたことだ。自身が汚染の原因であるにもかかわらず、新工場の立地選定について政府からの支持を求めるとは、笑い話にもならない。哈薬社のこの主張が成立すれば、どんな企業も「お金がない」ことを理由に「汚染対策のための政策」を政府に要請できることになる。

 さらに興味深いことに、哈薬社の2010年度報告書によると、同社による環境保全への新たな投資は僅か1,960万元だったのに対し、同年の広告費は5.4億元にも上っていた。一方では政府に泣きついて支持を訴え、一方では巨額の資金を広告につぎ込んでいるとは、行きすぎているのではないだろうか。

 とにかく新工場の建設は、問題の根本的な解決にはならない。哈薬社が依然として基準超過の排出を行うのであれば、工場の移転は汚染の移転を意味しているに過ぎない。驚くべきことに、黒龍江省環境保護庁は哈薬社の見解を認めてしまった。またハルビン市環境保護局方面の情報によれば、汚染を引き起こした作業場を年内に移転することは確実だとのことだ。「政策面でのサポート」が有ったかどうかについては、市民は知る術がない。

 哈薬社による水質・大気・土壌汚染事件は、ここまで来て急に性質が変わってしまった。環境保護当局がいかに汚染企業を罰するかではなく、汚染対策をめぐる哈薬社と政府の駆け引きになってしまった。実はこれは普遍的に見られる情況だ。一部の地方では、深刻な汚染を引き起こしている企業ほど、市民の疑念や政府の監督管理に直面した際に、より大きな「発言権」を持っているのだ。これはいかなる道理か。

 哈薬社の工場からの異臭について市民が危機感を持っていたことは、2005年5月の「黒竜江日報」及び2009年8月の「人民日報」により報道されていた。また、多数の黒龍江省の政協委員が、2年連続でこの件について提案を行っていた。にもかかわらず、哈薬社が平然と汚染行為を続けられたのはなぜだろうか。なぜ環境保護当局は見過ごしてしまったのか。ここから見えてくるのは、一部の地方政府は、汚染企業の利益には配慮するが、市民への悪影響はなおざりにしているということだ。

 企業が汚染問題への対処をめぐって政府と駆け引きしようとする背景には、一部の地方政府が、汚染企業の利益の擁護と市民の生命・健康の保護という問題について混乱しており、本末転倒の状態になっていることが挙げられる。

 哈薬社への対処は、本来単純なことのはずだ。「環境保護法」第39条は、「定められた期限内に汚染への対処を行わない企業・事業体については、国が定める汚染物質排出基準超過費とは別に、その危害・悪影響の程度にもとづいて、罰金処分、操業停止処分や閉鎖処分を科すことができる。」と定めている。哈薬社が、定められた期限内に汚染への対処を完了できないのであれば、次に控えているのは操業停止か閉鎖処分のはずだ。地方政府と汚染企業が話し合う余地などは、本来ないはずである。

【筆者】新京報 / 環友科学技術研究センター / 転載 /  [C11062201J]
【翻訳】中文和訳チームA班]]>

「自然の友」が発表、中国3都市の「民生用電力の利用状況、段階的電力価格に関する調査研究」報告

「自然の友」が発表、中国3都市の「民生用電力の利用状況、段階的電力価格に関する調査研究」報告

北京市 6月8日、自然の友は北京で中国3都市の「民生用電力の利用状況、段階的電力価格に関する調査研究」の結果を発表した。これによると、7割近い市民が段階的電力価格政策を支持、90%を超える市民が政府が省エネ製品の普及に向けた政策措置を取ることを希望。一方、半数の市民が“これらを口実にした電力価格の引き上げ”に対する警戒感も抱いている。

 国家発展改革委員会は昨年10月に『民生用電力に関する段階的電力価格の実施に関する指導意見』を公布。これは、国が近い将来電力供給の段階的電力価格制を実施する事を意味している。実際の状況を理解し、政策策定に役立たさせるために、自然の友は北京、上海、南京、アモイ等のボランティアに依頼し、市民に対するアンケート調査を実施した。今回は、北京、南京、アモイ3都市の調査結果を公表。これによると、北京では73.6%の市民が電力の段階的電力価格を支持、アモイの支持率は69.9%に達した。

 調査ではさらに、北京市で段階的電力価格を支持した市民のなかで、全面的に賛成する市民は19.3%に過ぎず、54.3%の市民は条件付きでの賛成という考えである事が明らかになった。また、半数以上の市民が段階的電力価格制度に一定の疑念を抱いており、それが電力価格引き上げの口実になり下がり、本当の省エネにはつながらないのではないか、という点を心配している。

 調査によると、対象となった北京の家庭の電力使用量は150メーター以内であり、90%近い市民は210メーターまでを基本段階として定額単価とした電力価格が合理的だと考えている。このほか、大部分の北京市民は政府が省エネ製品の普及をより積極的に推し進める必要があると認識している。

 華北電力大学の経済・管理学院で教授を務める張暁春氏によると、国家が段階的電力価格を採用するのは必然のことであるが、もしも一気に引き上げたならば、市民の抵抗にあう。従ってまずは低い基準からスタートし、その後に具体的に季節、人々の集団、地点など異なる方面からより多くのランク付けを行う必要があろう。

 このほか、上海、武漢、鄭州等の都市での調査結果も続々出てくる予定という。

【筆者】康雪 / 環友科学技術研究センター / 寄稿 /  [C11062202J]
【翻訳】中文和訳チームB班 畦田 和弘]]>

(11)スマイル。 ~ブログJKTSより~

笑顔の薬、少しでも傷が癒せるといいけど…

岩手携帯が圏外で使えなくて
不便なこともたくさんあったけど
そこまで行って言葉で伝えることや
話ながら背中に手をあてたりぬくもりもたくさんあった。
連絡が取れないから待ち合わせ場所に遅れないようにみんなが早めに来たりした。
ネットも繋がらないから必要な情報が入ってこないから
みんなで相談したり仲間を信じて行動した。
知りたくもない情報は入ってこないから日常を離れた気分になれた。

お金も必要なかった。
使ったのはテレフォンカードを買っただけ。
でも被災地ダイヤル回線でお金はかからなかった。

素敵なバッグもおしゃれなコートも必要ない。

あったかければなんでもいいから羽織っていた。
頭が寒かったときはハーフパンツをかぶって寝た。
私なんかより抵抗力の弱いお年寄りが寒くないようにみんなで掛け物を提供した。

自家発電が終了する夜は小さなろうそくのもと
これからを避難所のみんなと肩を寄せて話した。
瓦礫の山とぬかるんだ地面の陸地と対象的に
真っ暗な夜空に星がいつも夜になるときれいだった。人の声を聞くとほっとした。

水が出なくて資源の大切さを実感した。
髪も顔も洗うような無駄な水はない。
お風呂に入れなくて赤ちゃんのおしり拭きで全身を拭いた。
それで出たゴミは持ち帰った。

避難所や救護所や病院で奇跡の再会ができた人もたくさんいた。
そのたびに誰彼関係なく周りは拍手。まだ自分は身内に会えてない人まで他の人の再会を祝福していた。

その光景を見て家族や友達や同僚や親類や仲間の大切さを再認識した。

ちょっとだけ早く帰りたくなった。

1人でいる人に誰か必ず寄り添っていた。

私が医療物品を1人で詰めていても必ず現地の人が話し掛けてきた。

炊き出しの時間も現地の人優先だったので
見てるとお腹がすきそうだから救急車の中にいるといつもお裾分けに来てくれた自分の母親くらいの年齢の方がいた。

「○○チャンに倒れられたら
それこそ大変だから」と私の名前を覚えてくれていつも届けてくれた。

自分の明日の食事も見通しがつなかい状況なのに
申し訳ないのと感謝の気持ちでいっぱいでいつも母のことを思い出していた。

そんなときラジオから
都内で物資を取り合いしているニュースが流れていて
震災の被災地が東京だったら絶対復興はしないだろうなとぼんやり考えていた

ラジオのありがたみも知った。
日本語って本当に素敵だと思う。
スペイン語をマスターしたかったけど日本語をもっと大切にしたくなった。

ラジオからはいつも前向きな歌が流れていたし
きっとみんながリクエストしてくれたんだと思う。

アンパンマンの歌、平原綾香の歌、岡本まよの歌、
ミスチルの歌、嵐の歌、世界にひとつだけの花はほとんど毎日流れていた。

あと懐かしいところでは
「それが大事」とか「どんなときも」とか。

ラジオからドリカムの
『何度でも』が流れてきたときは患者さんを運びながら涙が止まらなかった。
すっごく勇気をもらった。友達の顔や家族の顔が無条件に浮かんできた。
医療チームも腕まくりする人が増えたから歌に後押しされていたと思う。

眠れない夜は翼の「君となら」とか「見果てぬ夢」とか「ただ・・・」を一晩中聞いていた。
勿論曲に励まされたけど、
あの楽しくて明るい空間って当たり前じゃなくて
そこまで行けることや
みんなが元気に参加出来ることって本当に恵まれた環境だったんだと思った。

あの会場にいた震災に遭った友達のこともずっと思い出していて
早く楽しい場所で笑顔で会いたいと思った。

いくら芸能人が「頑張って」とエールを送ってたとしても
なんせ電気が思うように復旧していないし
やっと見れたテレビはすべて震災情報、ラジオも震災情報、
新聞も震災情報。

エンタメ情報なんてひとつも入ることはなかった。

避難所のみんなもニュースしか見ていないし
他の避難所がうつるたびに家族や知人がいないか必死だった。

他県や外国からの
自衛隊の方々、
企業からの支援、物流の運転手さんたち、電気会社の方々、医療スタッフetc

すごくあったかかった。

まだまだ日本は捨てたものじゃないなと思う。

こんなときになかなか笑顔になれないけど
挨拶するとき、お礼をいうとき、笑顔でいるように心がけた。

心が折れることばかりの毎日だけど
避難所のみんなの心のほうがどんなに傷ついているか。

傷に薬をつけて包帯を巻くのは簡単だけど
心に包帯を巻くのは難しい。

笑顔の薬、少しでも傷が癒せるといいけど・・・

『誰かの笑顔につられるように
こっちまで笑顔がうつる魔法のように
理屈ではないところで僕ら
通じあえる力を持ってるはず

あなたは今笑っていますか
強がりじゃなく心の底から

憎しみが入る隙もないくらい
笑い声が響く世界ならいいのに』

【筆者】JKTS / (個人) / JKTSブログより転載 /  [J11061702J]
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原発どうする!東京国立でもパレード

原発事故から3ヶ月、世界各地で脱原発の同時アクションが行われた。

東京 6月11日および12日に「脱原発100万人アクション」と題して、海外を含む各地で同時デモが行われた。これは地震と津波により福島第一原子力発電所の放射能漏れが始まってから3ヶ月になる11日に、あらためて市民から脱原発をうったえようと企画されたものである。筆者は東京都国立(くにたち)市でのデモ行進に参加した。

 灰色の曇り空の昼下がり、スタート地点である一橋大学の前にはすでにたくさんの人が集まっていた。色とりどりの風船やプラカードがお祭りのような雰囲気をつくっている。出発集会のかわりに「サマータイム・ブルース」が演奏されて時間通りに出発。

 「サマータイム・ブルース」は国立ゆかりのロック・スター、忌野清志郎が日本の原子力発電を揶揄して20年前に発表した曲である。参加者の持参したプラカードや横断幕にも忌野清志郎やレゲエ文化をモチーフにしたものがめだち、ライブハウスの多い音楽の街ならではの行進だった。デモ隊の中にもリコーダーやハーモニカ、金管楽器やパーカッションを持った人が多く、思い思いに童謡や明るい曲目を演奏して楽しい雰囲気をつくりだしていた。

 音楽とともに、もう一つ今回のデモの特徴として挙げたいのは、参加者の多様さである。年齢や性別にあまり偏りは見られず、家族連れや友人どうしで近隣から歩いて出てきた、今回はじめて「デモ」に参加した「ふつうの人」が多かったのが印象深かった。実際に、歩いた人の半数ぐらいは今回が生まれて初めてのデモ参加だったという。

 デモ行進が終わった後、参加者の半分は一橋大学の教室で開かれた「ティーチイン」に合流した。有志の大学教員が企画した、学生や市民の意見交換会である。そこに集まった市民からは、東京電力・政府への不満はもちろん、こどもの健康への不安、今まで原子力問題に対して声をあげてこなかった自分へのとまどいなどが発言として挙がった。

 デモ主催者によると、参加者数の予想は200人だったという。実際当日に集まったのは700人である。政治的な次元において「怒らない」「表現しない」といわれてきた日本の市民社会でも、活動家の予想を上回る勢いで変化が起きている。逆に言えば、「怒らない」人が怒らなければならないほど原発の状況が深刻になってしまったということである。そうした変化を踏まえて、これからもたくさん計画されているさまざまな脱原発のアクションがどのように結果を出していけるのか、その渦中で見極めていきたい。

関連URL
6.11 脱原発100万人アクション http://nonukes.jp/wordpress/

事前のワークショップでアイデアを出し合って準備されたプラカード達。

街のシンボルである大通りをにぎやかなデモ隊が歩き、注目を集めた。

大学でおこなわれた「ティーチイン」の様子。

【筆者】石井晋平(ISHII, Shimpei) / 東アジア環境情報発伝所 / 寄稿 /  [J11061701J]
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「新知識サロン」に参加した感想

今回の交流は、アメリカフレンズ奉仕団の「海外投資及び対策」に関する討議である。

北京市 6月2日午後、私と李力氏は新知識サロンの活動に参加した。今回の交流活動は、アメリカフレンズ奉仕団の「海外投資及び対策」に関する討議である。3名の韓国民間機関の海外投資発展援助専門家が韓国最新の投資と公的発展援助の状況を紹介し、彼ら一行がカンボジアを訪問して行った調査について重点的に話した。

 最初の発表者は、韓国の公的援助視察団の代表で、彼らは政府とNGOによるODAに対するサポート状況について監督管理している機関である。研究面では、毎月100名規模での検討会を開催する、年2回は政府の政策を深く理解するための検討会を行うなどしている。また、実践面では、毎月事業通信を発行する、韓国政府と企業の投資先への会員の視察を組織するなどしている。

 2人目の発表者は、韓国国際団結組織(KHIS)のKim Jong Chul弁護士で、KHISの主な業務は多国籍企業の監査である。特に、韓国の外資系企業の人権や労働者の権益について監査している。KHISは海外投資の国際準則において多国籍企業の監査や海外実地調査を行っている。最初に韓国の海外直接投資の発展の動向を紹介した。2000年から2007年にかけて、韓国の海外投資は50億米ドルから350億米ドルまで増加した。投資分野は、林業・製造業・貿易の分野であったのが、エネルギー関連、製造業、不動産業の分野となった。

 韓国企業は海外投資において、コスト安の労働力を利用するため、強制労働や児童労働などの問題をもたらす。また投資の過程において現地の生態系を破壊し、現地の人々の生産や生活にマイナスの影響をもたらしてきた。問題は、韓国政府が企業の海外での行為について何も制裁措置をとっていないことだ。Kim弁護士は三つの事例を挙げた。バングラディッシュのチッタゴンでは韓国企業が投資した衣服生産工場で労働者がデモ活動を行ったときに、労働者3名が死亡した。現地政府は外部勢力の扇動によるものだとみており、KHISの調査では低賃金と工場管理者の暴力がこの事件を引き起こした主な原因とみている。また2番目の事例は、浦項鉄鋼の関係した事例である。現地の森林権利法に従って住民が代々森林に依存して生活してきたインド・オリッサ州のプロジェクトで、政府は現地の自治組織が同意すれば生産性のある開発を実施してよいとしたが、実際には政府は住民の同意を得られず、強制的に住民を移住させたというものだ。最後の事例は、ミャンマーの韓国の天然ガス開発企業の大宇国際が、天然ガス輸送パイプを建設するのに、現地の住民を強制的に移住させ、元来の自然の中で生活する権利を奪った。

 3人目の発表者は、エネルギーと気候政策公正転型研究院(ECPI)のLee jinwoo氏だ。彼は気候変化における先進国と発展途上国の不公平な状況について紹介した。経済の発展している十カ国が、地球のCO2総排出量の66%を占めていて、オーストラリアの排出量はアフリカのチャド共和国70カ国分に相当する。しかしながら、気候変化が引き起こす被害の大部分は発展途上国に集中している。原因は簡単で、発展途上国の主な産業は農業で、自然環境への依存度が高いため、容易に気候変化の影響を受けているのだ。また予測不可能な気候変化への防御能力もないのである。我々があきらかにわかっているのは、先進国がすべきは援助ではなく、発展途上国がうけた損失の賠償であるということだ。Lee氏は、地球の公平な気候変動対策(Climate Justice)の四原則は、「汚染した者の責任負担、共通だが差異ある責任、事前予防、発展途上国への補償」だと強調した。

 公平な気候変動対策の研究の事例については、Lee氏がカンボジアの状況について詳しく報告した。カンボジアの人口の85%は農村に住んでいて、62%は15歳以下の少年、35%が貧困線以下にある。しかし、多くの海外援助は都市における低コストの単純労働に集中しており、実際の需要に則していない。先進国が発展途上国を援助する主な目的は資源の確保であり、現地の住民にとっては実質的なメリットはない。Lee氏が示した解決方法は、児童教育や最低賃金の補償政策を含む、主に農村のための国際援助である。

 会議の時間は、何度も延長された。3名の発表者が示した海外の中国企業による投資について、まだ中国のNGOが中国企業を監督するという段階ではないと感じていたので、かなり激しく討論した。私と一緒に会議に参加した友人たちとは会議の延長で、場所を夕食会場に移して、食事をしながら話をした。中国企業の海外投資の状況について詳しく尋ねると、彼らはためらわずに知っていることをすべて私に話してくれた。残念なことに、彼らが把握している状況には限りがあった。帰宅途中に私は考えた。中国企業の海外投資と発展援助のプロジェクトの環境への影響に関して、評価や現地住民の需要についての調査をすることを機関に提案することができるだろうか。私は、思わずインド哲学の最高境地を思い出した。無私の献身奉仕だ。この道理は人の間のことだけではなく、国家間でも同じことが言える。先進国が発展途上国を援助する立場にまわる前提として、つまり先進国は奉仕の気持ちで、まずは発展途上国の需要を調査したうえで現地住民の発展能力を向上させる手助けができれば、先進国にとっても思わぬ収穫があるかもしれない。

【筆者】呉東建 / 環友科学技術研究センター / 寄稿 /  [C11061401J]
【翻訳】中文和訳チームB班 大石愛子]]>

4羽の相思鳥、太平河を飛び立つ

80歳近くになる李さん、愛鳥保護の宣伝に奔走

遼寧省 6月1日午前、青空のもと見渡す限りの緑が広がり、あでやかな花が咲き乱れ、多くの鳥が飛び交う盘錦市鼎翔太平河にて。遼寧盘錦市ズグロカモメ保護協会組織の一部の会員と、地方及び遼河油田の一部の大学生・小学生・職員幹部など40数人が相思鳥の放鳥を行った。愛鳥大使であり、協会の中核会員である李清明さんと李世文さんが一緒に鳥かごを開け、4羽の相思鳥が飛び立った。人々が驚いたのは、飛び立った鳥たちが、あるものはすぐに近くの木の枝にとまって虫をついばみ、あるものは木の上で羽づくろいを始めたことである。4羽の鳥たちは名残惜しい様子で、長いあいだ周囲を飛び回っていた。

 おそらく鳥たちと放鳥者の間に不思議な縁があったためだろう。

 今年78歳になる李清明さんは、退職前に遼河油田の現場の指導者として、“中国石油開発に貢献した政治活動幹部”などの賞を受賞していた。退職後、彼は高収入での再就職を断って環境保護に身を投じ、美術の基礎がないにも関わらず絵画を学び、≪珍稀百鳥画(稀少な鳥たち)≫と≪千鳥和鳴図(鳥たちの合唱)≫を描いた。ズグロカモメ保護協会の劉徳天会長の支持のもと、彼は市内の町や村を回り、50数か所で展示を行い、同時に“環境保護ボランティア10万人の署名”活動を行い、教育を受けた人数は延べ20万人にものぼる。これらのことは≪人民日報≫≪文匯報≫≪中国石油報≫などのメディアで報道された。

 80歳近くになる李さんは、愛鳥保護の宣伝に奔走していた。知らぬ間に大自然は彼に何を示していたのだろうか?美しい生命は彼にインスピレーションを与えていたようで、彼の家ではいくつかの不思議な出来事が連続して起こっていた。2007年5月初旬、一羽の相思鳥が李さんの家のキッチンの窓から舞い込んで来た。長いあいだ飛んで行かず、追い出すこともできなかった。その後、李さんは鳥かごを持ってくると、鳥は自ら飛び込んで行った。
 2009年5月7日、もう一羽の相思鳥が窓を叩いて入って来て、籠の中の鳥と同じ美しい鳴き声で鳴いた後、突然鳥かごに入って来た。その年の11月のある日、またもや一羽の相思鳥が李さんの家の窓枠に舞い降りて来て、同じように鳴いた後、また飛び込んできた。その後、また一羽飛んで来た。

 4羽の相思鳥が李さんの家に住み着いたことが知れると、隣近所や友人知人、以前の同僚や記者たちが次々に訪れた。しかし、訪れる人が多くなるにつれ、彼らは見物に来た人々を歓迎し、愛情深い鳴き声で合唱したり、しなやかなダンスのステップを披露したりしていた。また数年すると李さん自身もしだいに疲れを感じるようになっていた。彼はいつも4羽の“子供”に食事を与え、まるで子供の面倒をみるように世話をしていた。

 しかし、相思鳥の故郷は南方であるため、李さんは彼らを連れて蘇杭へ行き、放鳥の準備をした。しかし、彼らの長距離移動中の事故を恐れ、計画は何度も行き詰った。近日に至り、ズグロカモメ保護協会の劉徳天会長の支持のもとで、李さんはやっと彼らを “渡り鳥の宿場、留鳥の楽園”と呼ばれる太平河に連れて行き、そこで放鳥することを決意した。

 劉会長は今回の放鳥の意義を次のように語った。
1.4羽の相思鳥に野外での生存能力を訓練させ、秋に十分な体力と能力をつけさせてから南方に返す。
2.こどもの日の機会を利用し、こども達に生態系道徳教育を行い、また大人にもその教育を反映させ、住みやすい生態系型都市を建設するために助力する。

住所:盘錦市興隆台区石油大街147号黒嘴鴎保護協会

電話:2805699

【筆者】佟偉 / 環友科学技術研究センター / 寄稿 /  [C11061402J]
【翻訳】中文日訳チームC班 富川玲子]]>

樹木の二酸化炭素吸収量を知ろう!

内モンゴルの教育現場で、日本NGOのメンバーが子ども環境教室を開いた。

内蒙古自治区 5月4日~6日、中国の内モンゴルで地元の小学生を対象にした環境教室「樹木の二酸化炭素(CO2)吸収量を知ろう!」が開かれた。

 主催団体メンバーの一人、伊勢脩さん(南蔵王環境教育研究所)は、東日本大地震が起きた時内モンゴルにいた。自宅のある宮城県白石市は震災地であったにもかかわらず、家族の安否を心配しながら環境教育活動を続けた。この活動は帰国直前に地元学校からの要請を受けたことから始めることになったものである。専任のスタッフは勿論、通訳さえいない中での活動だった。

 場所はアラシャン盟左旗第七小学校で、参加したのは5年生の生徒だった。一日当たり40名、3日間でのべ120名の小学生が熱心に二酸化炭素について学んだ。目的は、以下のようなことを五感で学ぶことであった。
(1)木の基本的な働きを知る
(2)木のおおまかな二酸化炭素吸収量を算出する
(3)私たちが排出する二酸化炭素の一部を樹木が吸収していることを知る
(4)電気や水道を使うだけも二酸化炭素が発生することを知る
(5)木に頼るだけでなく、私たちも電気などのエネルギーを上手につかって、二酸化炭素を出さない努力をすることが必要であることを知る

 環境教室では、子どもたちが楽しみながら五感(視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚)を使って自然を感じる活動をした後、めいめいが選んだ木の胸高直径を測った。それに基づき教室に戻った後、木のおおまかな二酸化炭素吸収量を算出した。最後に、各人が今日の活動の「総括」を発表して終了した。

 伊勢さんらはこの教室を通して、子どもたちに電気や水道の使用によっても二酸化炭素が発生することを知ってほしいと願っている。二酸化炭素の吸収を樹木だけにまかせるのではなく、自分たちも電気や水を上手につかって、二酸化炭素を出さない行動が必要であるという思いを子どもたちに伝えた。地元の教育委員会や現場の先生たちも、3日間にわたる活動に熱心に協力した。事故もなく、高い評価を得て、「学校でやれないことを補完してくれた」、「年1回だけではなく、四季折々に開催して欲しい」などの声が寄せられた。

 「どうして内モンゴルで活動を行ったのですか」という筆者が質問すると、伊勢さんは「震災の前に、活動のため、内モンゴルに入った。4月2日、子どもたちが活動現場に来てから、決して豊かでない自然環境のなかの活動であったにもかかわらず、大いに楽しみ感動している様子を見て、ゴビの自然環境でなければ味わえない自然体験や感動を味わう活動がしたいと思うようになった」と淡々と語った。

 今後は教育委員会や学校現場とのパートナーシップを大切にしながら、活動を実施していくという。そんな伊勢さんの熱意を大いに応援していきたい。

【筆者】姜晋如 / 東アジア環境情報発伝所 / 寄稿 /  [J11061001J]
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