発電を続けて半世紀~中国地方の小水力発電を訪ねて

1954年から発電を続ける東広島市志和地区の「志和堀発電所」

広島 広島が原爆の業火に焼かれたあの日、私は広島市から車である場所に向かっていた。なんと半世紀以上も発電を続ける小水力発電設備があると言うのだ。

 広島市から車で1時間、東広島市の志和地区にある「志和堀発電所」は1954年に発電を始めた。近くの川に小さなダムを建設して取水し、1.5kmの水路を通ってきた水を鉄管を通じて水を落として水車を回して発電している。出力は95kWだ。

 建設当時、志和地区には3つの村があり、村ごとに農業協同組合があったが、そのうちのひとつ志和堀村の人たちが、農村の電化のために制定された「農山漁村電気導入法」の施行を受けお金を出しあって建設した。しかし、志和地区の村々が合併する時に、志和堀の人たちは合併する農業協同組合から発電事業だけを切り離して「志和堀電化農業協同組合」を設立させ、地域の財産として発電事業を続けることになった。以来、半世紀以上にわたって連綿と発電してきた。

 発電された電力は全て中国電力に売電しているが、志和堀電化農協の年間予算は1,000万円ほど、このうち700万円で設備管理費に充てている。水路に土砂や落ち葉が入っていくるため、そうしたものが鉄管に入らないよう、3名のスタッフが交代で管理しなければならない。スタッフはこう語る。「鉄管の老朽化が著しい。摩耗して穴が空きそうな箇所には鉄板を巻いておりツギハギ状態だ」もし、鉄管を交換しようとすると5,000万円以上かかるが、現在の収支ではとても無理だ。7月には、再生可能エネルギーを全て高い価格で買い取る制度が始まったが、対象は新設でこの発電所のような既設は対象にならない。

 私を案内してくれた中国小水力発電協会の土井さんはこう提案した。「現在の売電単価はkW時あたり9円に過ぎないが、14~15円に引き上げてもらえたら設備更新が可能になる。これを買い取り最低価格として保証してもらえたら良いのだが」

 地域の人たちが自分たちの財産として必死に守ってきた発電所は、老朽化に伴う設備更新ができなければ廃止されてしまう。脱原発に向けて、再生可能エネルギーがますます重要になる中こうした発電所がもっと保護されるべきではないだろうか。

志和堀発電所全景

【筆者】山﨑 求博(YAMAZAKI, Motohiro) / 足元から地球温暖化を考える市民ネット・えどがわ(Edogawa Citizens’ network for Climate-Change ) / 寄稿 /  [J12082401J]
]]>

東アジアエネルギー国際青年ワークショップ2012が開催

脱原発の東アジアをめざし、日中韓の青年が2030年のエネルギーについて熱く議論

山口 2012年8月4日~8日、山口と広島の両県で、日中韓の青年による東アジアエネルギー国際青年ワークショップ2012「脱原発の東アジアをめざして」が開催された。筆者を含む学生やNGOの若手スタッフ約30名の参加者は、67回目の原爆投下の日を迎えた広島や、中国電力上関原子力発電所の建設反対が30年間続いている祝島(山口県上関町)などのフィールドトリップを交えながら、原子力について議論を深めた。

 まずプログラム冒頭では、各国ゲストからの現状報告がおこなわれた。韓国のエネルギー正義行動・代表の李憲錫(イ・ホンソク)さんからは韓国の原子力政策と抗議運動、特に地域的な取り組みについて具体的な報告がされた。東アジア環境情報発伝所の山崎求博さんは日本の福島第一原発事故以降の状況について詳細に紹介した。また、中国のグリーンキャメルベル代表の趙中さんからは中国で展開する自身の活動について報告がされた。普段は情報の壁に隔てられている参加者の間では活発に質問が交わされ、国内事情が共有された。また、いくつかの基本データと各国報告にもとづいて、言語別のグループに分かれて、2030年の東アジアにおける原発の状況についての予測と理想像を話し合った。そして、参加者全員で原発のない東アジアこそが目指すべき未来だということを共有した。

 8月6日は「原爆の日」にちなんで広島訪問にあてられた。各種式典、反核イベントに参加したり、平和記念資料館を見学したりした。またその翌日も引き続きフィールドトリップとして一行は祝島を訪問した。

 中でも特に祝島は現在進行形の抗議運動として印象的であった。福島第一原発事故以来、建設工事が中断したことで、激しい抗議活動が行われているわけではなかったが、それだけに島のすぐれた自然と文化、半農半漁のライフスタイルをよく感じ取ることができた。4年に一度の神事である“神舞”を控えて忙しい中、参加者の相手をしてくださった島の方々には感謝したい。

 そうして見聞きしたこと、議論したことを踏まえ、プログラムの最後には参加者全員で、これから東アジアの原発をなくしていくにはどうするかというアイデアを出し合った。各種法制度のさらなる整備といった政治のレベルから、再生エネルギー利用促進、具体的な省エネの方法など個人レベルの方策まで様々な意見が共有された。

 議論を経て日中韓という参加3カ国の間に、事故の有無や政治体制の違いで情報公開度や、政府、市民の危機意識に相当な差があることが確認された。そのような差があるからこそ、今回のワークショップのような交流が意義を持つし、今後の協力のために大きな一歩となるだろう。

祝島から上関原発建設予定地をのぞむ

言語別に分かれたグループディスカッション

8月6日原爆投下時刻に黙とうをささげる

【筆者】石井 晋平(ISHII, Shimpei) / NPO法人 東アジア環境情報発伝所(East Asia Environmental Information Center) / 寄稿 /  [J12081001J]
]]>

脱原発を求める市民が国会を包囲

日曜日に行われた「7.29脱原発国会大包囲」に数万人の市民が参加した。

東京 2012年7月29日、「7.29脱原発国会大包囲」に参加した。主催は東京を中心に昨年来さまざまなデモを組織してきた運動ネットワークの首都圏反原発連合である。東京では6月末の大飯原発再稼働決定の前後から毎週金曜日の首相官邸前抗議行動が数万人単位の参加者を集めるようになっている。ようやくながらマスコミにも徐々に取り上げられるようになり、60年代の学生運動以来の市民運動の盛り上がりといわれる現状である。今回のデモはそのような流れを受け、平日参加できない人々のために日曜日に企画されたものだった。

 デモは2部構成になっており、午後3時半からの集会に集まったデモ隊は、まず官庁や東京電力ビルが立ち並ぶ中を行進した。サウンドカーやシュプレヒコールで脱原発を叫んだ人々はいったん解散し、第2段階として歩いて国会議事堂の包囲に向かった。私が現場に到着したのは第1部のデモ行進の途中だったが、色とりどりの楽器やプラカードを手にした人々からは、盲目的に原発再稼働をすすめる国や電力会社への憤りと、憤りを表現しようという強い意志が伝わってきた。

 日が暮れるころ、私も友人とともに国会議事堂へ向かったが、けっきょく目的地に定めた包囲の最前列にはたどりつけないほどの人の数であった。国会の周りの道路を誘導されながらデモの参加者たちを観察すると、やはり日本における動員の質が変わりつつあることがはっきりと読み取れた。昔ながらの労組などの団体旗もたくさん立っている。しかしその間を埋めて、タンバリンやキャンドルを手にマイペースで行進しているのは自由意志で集まった多くの個人である。彼らはSNSなどを通じてデモの情報を探し、必ずしも特定の運動体には所属していない。このような人々が何万人も集まるということは、かれこれ3,40年「デモの盛り上がらない国」とされてきた日本において特筆すべき現象だといえる。

 最近の一連の大規模デモには、盛り上がった運動ならではのいくつかの批判がついて回っている。たとえば運営上のミスであったり、主義主張の対立であったり、あるいは具体的な政策実現に結びつく道が見えないといったことである。こうした批判にはもちろんこれから回答が与えられていくべきだが、しかしまず重要なのは今日本で上記のような新しい政治空間が芽生えつつあるということであり、それをどのように枯らさず育てていくかということなのである。

 当日の様子については、独立市民メディアのOurplanetTVがすばらしい動画を配信しているのでそちらもご参照いただきたい。(言語は日本語だが映像だけでも雰囲気がよく伝わってくる)
→ http://www.youtube.com/watch?v=SBsCv2ldack

(関連記事)
・ 原発再稼働を止めろ!数万を超える市民が首相官邸前で抗議(12/6/29)
 http://www.enviroasia.info/news/news_detail.php3/J12062902J

(関連URL)
・首都圏反原発連合
 http://coalitionagainstnukes.jp/

国会議事堂につめかけた群衆

経済産業省・資源エネルギー庁のビルに向かって抗議を叫ぶデモ隊

炎天下、多くの市民が参加した

【筆者】石井 晋平(ISHII, Shimpei) / NPO法人 東アジア環境情報発伝所(East Asia Environmental Information Center) / 寄稿 /  [J12080301J]
]]>