地球一周と被災地支援を通じて描く、地域のこれから

■震災直後 燃料不足の被災地で

「燃料ありませんか? 車の燃料が足りないんです…」大震災から数日が経った頃、どの避難所へ行っても返されたのが、この言葉だった。食料と水ももちろん必要に違いなかったけれど、次に切迫して必要とされていたのは車や発電機のための燃料だった。

避難所のほとんどが災害対策本部や沿岸から10km以上も離れている。真冬の寒さの中、体力が低下した体でそんな距離を歩けるはずもない。無線機器も流され、携帯も繋がらない。現場は現状把握もできずに混乱が続いていた。

山田周生(筆者):フォトジャーナリスト。地球を旅しながら世界の冒険レースや先住民などを撮影取材。2007年に廃油のみで地球を走る「バイオディーゼルアドベンチャー」設立。地球一周完走後、日本一周中に東北滞在中、大震災に遭遇。現在も被災地で支援活動を続ける。

そんな状況で人々は行方不明の家族を探すこともできなかった。「瓦礫の下にいる家族を探したい」と、ポリタンクをしょって、閉じたガソリンスタンドまで車の燃料を求めて数十キロ歩いてきた人もいた。遺体と対面できるリミットが迫るも、遺体安置所へ行って家族を探す燃料すらないのだ。「動けば何でもいい、とにかく燃料がほしいんだ」会う度に人々が訴えるその様子に、胸がぎゅっとしめつけられる思いだった。

僕の車は廃油からBDF(バイオディーゼル燃料)を作る精製機を荷台に積んでいるので、化石燃料に頼らない。僕らは機動力を活かして毎日被災地をかけずり回り、できる限りの支援を続けた。当然BDFを分ける用意もしていたけれど、出会う車や発電機はすべてガソリンエンジン。ディーゼルエンジンに使用できるBDFは分けることができず、何度悔しい思いをしたことか。もしも防災対策として地域にひとつでもディーゼル発電機と車、廃油とBDF利用のシステムがあったなら、もっとスムーズな緊急措置ができたはずだ。

■菜の花で循環型エネルギーのモデルビレッジを

人の生死を目の前にした極限状態で、今まで当たり前にあった食べ物や水のありがたみ、燃料や電気のありがたみを身をもって知ることとなった大震災。

震災直後の被災地を走るバイオディーゼルカー

僕は今まで廃油で地球を走り、世界の自然再生エネルギー事情などを見てきたけれど、この切迫した日々にふれて、より想いが明確になった。「地域で自立するエネルギー、循環型のエネルギーが絶対に必要なんだ」と。

あの3.11から1年8か月が経った。僕は被災地に拠点を作り、今も支援活動を続けている。とくに力を入れているのが、地元の人々と共に菜の花を植える活動だ。菜の花は地産地消エネルギーを象徴する花。そのナタネを被災地にまくことで、荒地の再生や心のケアはもちろん、エネルギー自給のきっかけ作りになればと思うのだ。そしてゆくゆくは地域に根付いた自立循環型エネルギーのモデルビレッジのようなものを、ここ東北から地元の方々と共に発信したい。そう考えている。

残念ながら人々の脳裏から震災の記憶が日々薄れている今日この頃。でもここからが本番、踏ん張り時だ。僕らは未来の子どもたちに、どんな地球を残せるのだろうか。大津波と原発事故という歴史に残る大惨事を経て直面している課題。それは被災地だろうと日本のどの地域だろうと違いはない。次世代へ手渡すバトンは、僕たちひとりひとりの手にかかっている。

【筆者】山田 周生 (YAMADA, Shusei)/バイオディーゼルアドベンチャー/あおぞら財団機関紙『りべら』2013年1月号掲載記事より/[J13042602J]

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>