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第4回 東アジア環境市民会議
〈第1部〉「東アジアにおける水汚染の実態」
1日目(10/11)
報告「淮河汚染処理:流域認可制限と市民行動」
淮河衛士 会長 霍 岱珊
中国の領土には、西から東へ、海に向かって流れる3本の河川、長江、黄河、淮河があります。
淮河は黄河と長江の間にあり、人びとは“中国第三の大河”と呼んでいます。この河川は河南省西部山岳地帯を水源とし、流域は河南、安徽、山東、江蘇の4省に跨り、全長約1,000km、流域面積は270,000km2、約1.8億人の生活がこの美しく豊穣な土地の上で営まれています。淮河流域は東方文明の重要な発祥地で、東方古代文明の知恵を代表する思想家、政治家、軍事家、文学者、医学者の多くが淮河流域で生活していました。中華の竜の子孫が何代にもわたってここで生活・繁栄できたのはなぜでしょうか?なぜならここの生態環境が最も人びとの生活に適していたからです。
現在でも、ここは中国で人口密度が一番高い地区で、農業が最も発達しており、人びとは淮河の穀倉地帯を賞賛しています。
しかし、前世紀80年代末、前例のない水汚染が不定期におこり、ここの平和な生活を破壊し、人びとを生活の極限に追いつめる試練を与えました。
淮河の水汚染問題は中国政府によって高度に重視されるようになり,1994年、淮河の水質汚染に対し流域での処理を行うことが決定され、1995年には国務院が「淮河水汚染予防処理暫定条例」を公布。1997年までに基準を満たし、2000年には淮河の水質がきれいになることを実現させるという全体的な目標を明確にしました。続いて、淮河の水汚染処理に対し、「淮河世紀行」「0時行動」などの活動を展開し、「1つの排出抑制と2つの基準達成」「15業種の小企業閉鎖」などの行動をとってきました。
政府がこうした管理措置を取り、100億元にものぼる投資を行い、汚染処理工事を行ったにもかかわらず、淮河の汚染は今なお進んでいます。15業種の小企業を閉鎖した後も、大企業は淮河に汚染物資を流し放題なのです。大企業がGDPを倍増させたことは、排出する汚染物質も倍増させたことを意味します。閉鎖された15業種の小企業も様々な方法で復活しており、淮河は負荷に耐えられず、河流の澄んだ水ははるか昔の記憶となり、現在人びとの目の前には黒ずんだ、臭いにおいを放った水を露呈し、湧き立つ泡は1mもの高さに達しています。河に生息していた多くの魚やエビはいなくなり、水面に草は1本もなくなりました。黒い水、劣5類の水は河の一区間の代名詞となっています。
政府が大きな代価を払ったにもかかわらず、なぜ淮河の10年におよぶ汚染処理は夢に消えたのだろうかと人々を深く考えさせられます。
過去、中国には水汚染の経験がなかったため、水質汚染処理に成功した経験もありません。多くの長期の水汚染処理が成果を得ないままであり、その主な要因となっているのは一般市民の参加が乏しいことです。
淮河水汚染処理の危機が大事な時期に来ており、現地の農民、退職者、古くからの幹部、大学生、ジャーナリストらが一緒になり、理性的かつ非暴力的な方法で、積極的に淮河汚染処理に参加して、「民間が発案し、政府が支持し、優秀な人々も賛同し、全市民が参加する」という方法で活動を展開し、市民参加のメカニズムを築いて、淮河汚染処理を促しました。これが民間の力“淮河衛士”です。
淮河衛士は長期的な一つの事業、「淮河を救う希望プロジェクト」を実施してきました。これは「政府に実際の話をする」「市民に公正な話をする」の2つを標語に、以下の3つの活動を行ってきました。1)淮河の水汚染に対する長期的な追跡調査・監督。2)水汚染の被害が深刻な地域に対する「きれいな飲用水救助」の実施。3)汚染によって発生してしまった癌の村に対する「医療衛生救助」の実施。さらに淮河沿岸の農民を助けるため4つの「求めること」を行ってきました。
すなわち「証拠を求めること」(淮河の黒い水にはどのような汚染物質が含まれているのか?
汚染物質と村民の健康にはどのような関係があるのか?)、「解決法を求めること」(水質汚染および健康危機に対する対処方法を探すこと)、「助けを求めること」(着実に証拠と解決法を求めていくには、社会の協力が必要である)、「変化を求めること」(着実に助けを求めることができた後、村に実際の変化を及ぼすこと)、最後に「生態文明的で、不安のない村」を作ることです。プロジェクトは社会が求めて産みだしたものに基づいており、著しい効果をあげています。
1998年から現在まで淮河衛士は淮河の水汚染および流域生態系の写真を2万枚近く撮影し、調査報告、情況報告、メディアへの公表と写真展、大学での講座を開催するといった形で、淮河の水汚染の実態を世間と共有し、人びとに淮河における水質汚染処理が注目されるよう促してきました。
さらに重要なのは、これらが政府による淮河水質汚染処理政策の強化のよりどころとなっていることです。
淮河衛士が度重なる調査を行って分かったのは、淮河流域には数千もの様々な規模の皮革工場、製紙工場、化学工場、薬品工場、印刷工場があり、これら工場が流す汚水中に有毒物質や発癌性物質が含まれており、淮河の黒い水が幹線水路や支線水路、末端の水路など灌漑ネットワークを通じて耕地や溜め池を覆った際、淮河沿岸の村民は水質汚染がもたらす健康面のリスクに直面するということです。
淮河の水質が汚染された初期に、私たちは水汚染がもたらす結果が思いもかけないようなものになるであろうことを指摘していましたが、現在までに各種の思いもかけなかったことが一つずつ出てきており、真摯にこれらに向き合わなければなりません。
2004年、我々は癌が多発している黄孟営、東孫楼という2つの村のために無料で浄水器350台を設置し、まず村民の飲料水を浄化することができました。2005年には100万元あまりの治療薬品を民間から募集し、現地で200名ほどの癌患者を救いました。2006年には一対一の救助資源を求め、淮河沿岸の村の先天性疾病患者の子どもの手術を行いました。はじめに黄孟営村の先天性心臓病を患った女児、王慧美さんに上海で心臓病手術を行い成功させることができ、2007年までにこのプロジェクトで助かった児童は18名に上ります。
また、淮河衛士は市民参加の中で“蓮花モデル”というものを作り出しました。蓮花味精企業グループ(以下、蓮花味精)は淮河流域の大きな汚染源ですが、多大な利益による税財源となっており、“重点保護企業”の看板を掲げ、調味料生産量で世界第一の中日合弁企業です。この蓮花味精はまた、マスコミと世間から汚染問題の責任を問われる対象でもありました。このような企業に対し、どうしたら生態文明の理念を用い、循環経済、省エネ排ガス削減、排出基準の達成の道を歩ませ、最終的には資源を節約し、環境にやさしい企業へと変えることができるのでしょうか?この目標に向かって、我々は2005年から蓮花味精と環境誠意・調和の共同確立活動を始め、懸命に生態文明への道へ向かわせました。
そうした中で、日本資本の味の素は環境保護責任を負うことを望まず、すべての投資を引き上げました。中国側は環境保護責任を負うことを望み、真剣に改善を行い、民間の監督を受け入れ、環境情報を公開しました。2007年には省エネ排ガス削減を実現、排出目標としていた環境保護目標を達成し、汚水排出量をこれまでの12万t/日から1.2万tにまで削減、汚水中の主要な汚染物質アンモニア窒素の量をこれまでの120mg/Lから5mg/L以下へと下げ、中国において業界内で生態文明の模範を築くことができました。この模範が“蓮花モデル”です(市民の監督を受け入れ、調和の共同確立、環境誠意の確立、循環経済・省エネ排ガス削減・排出基準達成をやりとげ、最終的には根本的に汚染処理を成し遂げること)。
現在我々は“蓮花モデル”を沙潁河沿岸に普及させようとしており、“沙潁河モデル”“淮河モデル”さらには“中国モデル”を一歩ずつ確立しようとしています。これらのモデルはすでに効果を発揮しており、多くの賛同を得ています。中央テレビ局はこのために「省エネ排ガス削減:蓮花モデルから中国モデル」というテーマの特集インタビューを作成しています。
市民参加が政府政策に及ぼす影響淮河に対する長期的な生態環境の撮影・調査、社会調査と「環境と健康」の科学研究データを通して、国が淮河の水汚染を処理し政策を決定するための根拠として提供してきました。以下の何点かが政府の政策決定に影響を与えた例です。
1)政府が淮河水汚染処理に対し新たに定め調整した、法律執行力と資金投入力を強化しました。(2004年10月に国務院副総理の曽培炎氏が蚌埠市にて淮河水汚染管理現地会を開催、河南、安徽、山東、江蘇の4省の主要な指導者が淮河汚染処理“誓約書”に署名した)
2)2007年7月、国家環境保護総局は淮河水質汚染重点区域に対し“流域認可制限”の強行措置を実行しました。
3)民間の「きれいな飲用水援助」を発端として政府の「農村安全飲用水プロジェクト」が開始。2005年に河南省政府は3.23億元の資金を投入し、高度汚染地域に深井戸721本を堀り、152.5万人の村民へ「きれいな飲料水」を届けました。
4)我々が報告した問題に基づいて、衛生部は中国疾患抑制センター内に「淮河生態疾病課題チーム」を立ち上げ、水汚染が市民にもたらした健康被害に対し、一連の研究を実施。我々が展開した「医療衛生救助」は民間プロジェクトから国家プロジェクトへと拡大していく、望ましい可能性があります。
2007年7月に始まった「流域認可制限」の中で、地方政府はローラー式あるいは網羅的な調査方法を採用し、企業に改善を迫りました。このときの厳格さと迅速さ、および強硬な手腕は前例のない程で、一部の「環境保護赤字」問題を解決しました。
淮河水汚染の処理は「流域認可制限」を通じて、すぐに効果を得られたのでしょうか?市民参加にはまだ力を発揮する余地があるのでしょうか?
我々は常に、地方政府の監視力が弱まり、企業が内密に汚染物質を排出している光景を目にしています。国家環境保護総局は、かつて淮河衛士を「総局が淮河へ投じた目」と絶賛しました。これは我々が「政府の手助け」という役割を担い、ある程度まで地方政府の監視力不足を補っていたからです。「流域認可制限」の後、この「目」の作用は継続的に効果を発揮しました。政府の監視は「末梢神経」を欠いており、たびたび起こる水汚染事件の中には、20日、悪い場合には2ヶ月あまりも、汚染源や密かに汚染を排出している企業の責任の所在がわからず、最終的には無名の案件のままうやむやになってしまうものがある、という事実には否定の余地がありません。
「淮河流域認可制限」の後、淮河衛士は「淮河汚染源市民コントロール・ネットワーク」作りを強化し、全流域に目を配り、汚染源ごとに市民による監視が「点在し、流域をカバーし、ネットワークを形成し、全面的に処理されている」という状態にし、市民が徹底的に参加する力によって、淮河に水汚染へ抵抗・反撃する防火壁を築きました。我々は監視の範囲を上流、下流へと延長し、河南省漯河市から安徽省阜阳市までの500kmの流域に広げ、5つの自然生態保護ステーションを設けました。保護ステーションが組織したボランティアが現地の汚染源を監視するようにしたところ、密かに汚染物質を排出していた企業に対する抑制作用がありました。この結果、淮河の水質は持続的に好転し、生態系が回復し始め、魚類も次第に増えて、何年もの間見かけなかった鳥類(白鷲、コウライウグイスなど)が巣をつくり繁殖し始めました。
2008年7月16日に、沙潁河上流の清潩河にあるダムが放水し、8ヶ月間貯水された500万㎥の高濃度に汚染された水が沙潁河に流され、50kmにわたって黒色の汚染水のかたまりが発生しました。
この問題がもし数年前に起こっていたとすると、淮河主流に100kmあまりの黒色の汚染水のかたまりが流れ出ていたことでしょう。しかし現在は「淮河汚染源市民コントロール・ネットワーク」が力を発揮しており、この河川の水質は好転し、上流の汚染水のかたまりが襲来したり、境界を越えたりしたときには、質が好転した水が汚染水を希釈し、汚染を一過性のものとし、淮河主流に入る前に薄まることで、淮河主流で汚染事故が起きるのを防いでいます。この突発的な汚染水のかたまりが除去されたことは、「淮河水汚染源コントロール・ネットワーク」の仕事が成功していることの検証実験となりました。
我々が“蓮花モデル”を「淮河汚染源市民コントロール・ネットワーク」の範囲へと応用的に拡大したことは、同時に、実質的な活動を通して様々な不可能を一つまた一つと克服し、発展させてきたということでもあります。淮河流域に青い水と青い空を取り戻すという美しい願いはきっと、
近い中に実現できるでしょう!
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