韓国の資源循環型社会と開発神話の打破

呉 容先(風と水研究所 研究員)

1.“氷山の一角”説明モデル:表層(現象)から深層(本質)に潜水

 環境問題は人間社会が病気にかかったということを知らせてくれる一種の症状である。病気を治癒するのに、病人の体質と食生活態度がきちんとしているかどうかを綿密に見る必要があるとすれば、環境問題を扱う姿勢もこれと同様で、社会の特性を決定する社会的条件と生活様式に対する省察を優先することが正しい。

 しかし、環境問題を理解し、対処することにおいて、犯しやすい間違いがある。症状を一時的に緩和させることに焦点を置くという点である。大気汚染、水質汚染、廃棄物の問題、土壤汚染、食品汚染、生態系破壊などに分類される、いわゆる汚染媒体別で環境問題を理解して管理する方式がそれである。これでは、環境問題の症状は広げられた2次元空間で成る平面的理解として、環境問題の総体性が認識できなくなる。

  環境問題を病気の治癒という観点から総体的に認識して管理するためには、平面の座標に表面から深層に至る垂直軸をもう一つ設定しなければならない。これが、いわゆる‘氷山の一角’という説明モデルである。

 症状として出る環境汚染の現象が‘氷山の一角’に当たる。このモデルで私たちの認識を氷山の水面下に奥深く沈潜させることによって、私たちの生活様式の中にとけている環境問題発生の根本的な源泉を立体的にさらけ出すことができる。上部から水深ごとに、表層、水面層、中層、底層、深層という5つの層に分けられる。

 まず、一番上層に出ている環境問題を環境指標類型(表層)と言う。この類型の特徴は、環境指標別に環境問題を理解することである。ここには、一般的に言われる大気、水質、廃棄物、酸性雨、核廃棄物のような生活環境問題と、地球温暖化、オゾン層破壊、森林破壊、生物多様性破壊のような汎地球的な生態系危機などがある。

 二番目は、突発及び潜在類型(水面層)である。この環境類型は、資源とエネルギーを利用する過程で蓄積されていた環境汚染の原因が、自然的な状況、管理的条件、社会的与件の変化に合わせて、一気に爆発する突発事態に当たる。洛東江フェノール事件、油槽船シプリンスの号の油流出、ロンドンスモッグ、核放射能漏出などの大規模な事故を伴う環境問題がこれに当たる。有害物質、GMO、環境ホルモンによる潜在的脅威要素も、ここに当たると見られる。

  三番目は、社会的に物的土台を決定する生産様式類型(中層)だ。ここには二種類がある。一つは自然資源を変形させ、使用価値の高い財貨を作る製造過程で、資源とエネルギーを利用する形態と製品を設計する方式などと関わる問題である。もう一つには、建物や道路のように社会的構造物を立て、都市を建設するために土地を開発する過程で発生する生態系破壊問題がある。この類型では、資源利用及び開発による経済的理解が大きく変化するため、利害関係者たちの間に軋轢を起こしたりもする。

  四番目は、社会的に物的土台を消費する生活様式類型(底層)である。文化、制度、慣習、社会的風潮などがこのような環境問題の類型を決める主要因である。この環境類型が持つ特性は非常に独特である。つまり、生活様式の次元では具体的に表層の環境類型が感知されないため、環境問題を発生させる原因として全く認識できない反面、生活様式次元で起きる環境破壊に対する間接的な影響は実におびただしいということである。例えば、食文化、住居文化、余暇文化、衣服文化、結婚文化などとこれに関連する制度が、底層の環境類型を構成する。

  五番目は、価値判断の基準になる人間の本質類型(深層)だ。わが社会の価値観、欲求体系、宗教的心性、社会心理的要因、合理的判断基準、教育理念などがここに当たる。これは結局、人間の自我構造をどう形成しているのかという問題と関連する。
今までの説明は、以下に表される。

類型区分
特性及び内容
環境指標類型(表層) a.生活環境問題(汚染媒体別)
b.地球環境問題:地球温暖化など
突発潜在類型(水面階)

a.洛東江フェノール、シプリンス号油流出、 核放射能漏出、ロンドンスモッグ

b.有害物質、GMO、環境ホルモン
生産様式類型(中層) a.財貨生産:資源及びエネルギー消耗、 環境汚染排出
b.構造物建設:地域開発事業、国家開発事業
c.葛藤問題:資源利用、開発過程、 汚染処理過程での葛藤
生活様式類型(底層) 食べ物、住居、衣服、余暇、結婚文化の資源浪費的要因
人間の本質類型(深層)

生命軽視の風潮、人間中心の世界観、物質中心の価値観、社会的倫理意識弱化、宗教的心性の混乱など

<表1> 説明モデルによる環境問題類型の区分と特性

2.説明モデルによる資源循環型社会の構成要件

 それでは、資源循環型社会というのは何か?循環の本来的意味は、始まりと終わり、原因と結果が別個になく、フィードバックを通じて連続されるということである。始まりが終わりになり、終わりがまた始まりになること、原因が結果になり、結果がまた原因になることである。これを幾何学で表現するならば、直線とは異なり切れ目なく続くモデルで表現される。これを生態学的見地から見ると、生物の世界と物理的空間で生成された物質とエネルギーが、食物連鎖網と物質網内で切れ間ない流れを生む。この過程で、植物、動物、微生物は相互の関係において、生産者でもあり、同時に消費者にもなりながら、物質とエネルギーの流れを循環させる。このような循環を通じて、生態系は、生産、自浄、回生能力を有しながら恒常性を維持する。

 資源循環型社会というのは、このような生態的原理を社会に適用した概念である。人間の経済活動を一つの系、即ち経済系に見る場合、生態系から経済系に投入される自然資源は、経済系のインプット領域、スループット (throughput)領域、アウトプット領域を経ながら財貨と廃棄物に変形されるが、このような産出物が究極的にまた経済系に再投入された結果、自然界に廃棄物を排出しなければ、経済系内に資源循環が成り立ったといえる。しかし、経済界の循環は自然系循環と比較して、二つの大きな特徴がある。

  一つは、経済系は自然界から物質とエネルギーが投入される時だけ作動が可能だという点であり、もう一つは、これらが経済系内で完璧に循環できないで、自然分解が困難な廃棄物を自然界に排出するという点である。経済系が資源循環型になるためには、自然界の生産能力を超えないこと、廃棄物を経済界内でリサイクルしなければならないこと、自然界に排出する廃棄物の量を最小化するか、自然分解的な物質に切り替えることにより、自然の浄化能力を超過しないこと、という3点が重要である。

  従って、自然循環型社会とは、資源使用量と汚染排出量を最小化しながら、同時に自然的に分解可能で、無害の物質だけを使う、一般廃棄物管理において一番理想的な目標を達成した社会である。 このような水準に達するためには、既存の狭小な概念の廃棄物管理方式である事後処理方式では不可能である。‘氷山の一角’モデルで提示した多次元的なアプローチが成り立つ時のみ可能であり、その要件を提示すると以下のようになる。

  一番目、環境指標類型(表層)要件。この次元では、日常的に発生する廃棄物を管理する。この時の廃棄物問題は環境汚染指標の一つとして認知されているし、‘パイプ終’方式で管理する領域である。しかし、浄化技術などを開発して、事後的でも効果的に処理することが重要である。廃棄物の減量はもちろん、リサイクルの技術開発、埋立および焼却時の有害物質の排出抑制、安全な物質への転換技術などを開発することが絶対的に必要である。特に、廃棄物の焼却処理は生命体に致命的な有害物質を排出するため、焼却処理と関連して物理的な安全はもちろん、心理的な安全まで保障しなければならない。このため、最優先の方策は、焼却場の建設政策を断念するとともに、ごみゼロ社会を目標にすることである。

 二番目、突発及び潜在(水面層)類型要件。この層では、不法な廃棄物取り扱いにより、突発的な環境事態が発生する危険性が潜在している。まず、廃棄物の不法投機と不法埋立に対する管理が必要である。主に建設廃棄物と事業系廃棄物の処理費用を負担を感じる事業者達によって、山野に投機されたり埋められることにより、土壤汚染が引き起こされ、生態系に被害が及ぶ。

  また、液状廃棄物が排出口を通して不法放流され、水質汚染を悪化させる。このような不法な状況を防ぐため、処理業者の適正処理を徹底的に管理できる体制を作ることによって、不法処理がむしろ経済的に大きな損害になる構造を作る必要がある。

  有害廃棄物の適正処理問題に関しては、非適正処理によって人体に有害な物質を誘発する場合がある。これには二種類があり、一つは事業場有害廃棄物で、もう一つは生活製品の中に含まれている有害物質である。事業場の有害廃棄物に対する管理は体系的になっている反面、生活有害廃棄物は比較的軽んじられているが、これら製品に対する現況把握、成分情報の提供、安全な収集体系、安全処理方案を構築する必要がある。

 三番目、生産及び開発様式の中層要件。この領域では、社会的に物的土台を生産する様式によって発生する廃棄物問題がある。この類型は、廃棄物の事後的管理と事前予防的管理が集中的になされなければならない領域である。二種類の分野があり、一つは製品を作る生産現場。工場で浄化生産技術を導入し、環境調和的な製品を設計・製造して、個別企業または同業者内リサイクル体系を構築することにより、廃棄物の発生を最小化することである。管理的な側面では、環境調和的な経営体系を取り入れる。もう一つは、一定の土地空間を大規模に占有して構造物を建設する事業場。直接的に生態系を破壊することはもちろん、建設構造物の巨大な規模によって、多量の自然資源を費し、解体時にも多量の廃棄物を発生させる。建設技術と工法の革新如何によっては、資源消費量と廃棄物発生量を画期的に減らせる余地が多い。特に建設構造物は長い耐久年限があるという点を考慮すれば、このような要因はさらに大きくなる。従って、建築物の設計・施工から管理に至る全ての課程に、環境調和的な観点が反映される体系を構築することで、建設業者達の建設技術及び工法を導かなければならない。

 四番目、消費生活様式(底層)類型の要件。この次元は、衣・食・住・暇の四種類の文化領域で廃棄物発生の圧力を高める場合である。流行に過度に敏感な衣服を好んだり、衝動買いと過剰購買の消費行動様態が見える場合に廃棄物の発生圧力が高まる。このような傾向を減少させる社会的雰囲気を形成することが必要である。食文化においては、料理の準備段階で生ごみ発生を源泉的に減らす作業が必要である。特に韓国の場合には、汁物重視の食事と食物を過度に用意する食文化の慣習があり、簡素な食生活がかなり必要である。住居文化では、住居形態と規模が廃棄物発生圧力を高めあう中で、消費、排出、リサイクルの形態が変わることによって廃棄物の発生が大きく減らせる。余暇文化に関しては、現代社会で余暇の比重が大きく増えることによって、余暇の形態による資源浪費と廃棄物発生の圧力を高めている。余暇生活で大量に発生する使い捨て用品と包装廃棄物の発生量を減らすために、簡素な食生活を意識すると共に、使い捨て用品と代替できる製品を携えて、その発生を最小化しながら発生した廃棄物は家に持ち帰る実践が必要である。これ以外にも廃棄物発生の潜在的な圧力要因として、結婚文化、交通文化などがある。

  五番目、人間の本質類型の深層要件。この領域は、表層に廃棄物を発生させる総体的メカニズムの中で一番根源的な駆動力(Driving force)に当たる。ここで重要なのは、事物と状況を判断する基準に対する私たちの嗜好性、社会の価値観と精神に関することである。自然と人間の関係で、人間中心的な態度を好む傾向から脱すると、自然資源の過度の利用が和らげられる。人間の幸福の価値基準を、物質的万能主義から精神的な高揚状態に移せば移すほど物質の消費を減らすことができる。経済合理的な既存の消費者態度から脱して‘生態合理的な消費者’態度をとった場合、環境調和的な製品をそうではない製品と代替することによって資源循環に寄与できる。社会的に意味ある価値を反映している製品を買った消費者を‘社会的意識のある消費者’と言うが、この時、その価値が環境保全と言えば、この場合の消費者が特に‘生態合理的な消費者’と言える。

  このように資源循環型社会を成すためには、多次元でその要件を総体的に備えて行くことが必要である。その上で、資源循環型社会の構築は、単純に廃棄物の効率的な管理にその意味を置くのではなく、社会的な病気を根源的に治癒するための社会的体質の改善として、新しいパラダイムの転換運動として認識する必要がある。

   
類型区分
特性及び内容
環境指標類型(表層) 廃棄物減量及びリサイクル技術、 埋立と焼却技術、2次環境汚染処理技術
突発潜在類型(水面階) 廃棄物不法投機と不法埋立根絶、 有害廃棄物安全処理
生産様式類型(中層) 生産:清浄生産技術、環境調和的製品設計及 び製造、個別企業及び同業者内リサイクル体 系構築、環境調和的経営技法導入 開発:建設構造物の耐久年限延長、環境調和  的な建設技術及び工法の開発・採用
生活様式類型(底層) 食物の簡素化、適正規模住宅、簡素な衣服 文化、結婚文化の見直し、再利用品の準備と 廃棄物を持ち帰る余暇文化
人間の本質類型(深層)

人間中心からの脱皮、生命体生存権利認定、 物質万能主義からの脱却、精神価値の高揚、 経済合理性から生態合理性への価値移動

<表2> 説明モデルによる資源循環型の社会構成要件

3.韓国で特異な資源循環型社会推進事例1

(1)大規模廃棄物処理施設建設での住民及び市民団体の役割と成果

 1970年代と80年代にわたって、経済が急速に成長する中、家庭と産業体で排出されるごみの質的変化と量的な増加が起こった。その結果、1978年からソウル市全域のごみを搬入・埋立てて来た蘭芝島のごみ埋立場が、1993年に一杯になり、金浦首都圏埋立地を新しく建設した。しかし埋立場建設は、建設過程で敷地選定から運営に至るまで住民との摩擦や葛藤が続き、新しい処理代案として焼却建設が廃棄物管理の主な目標になった。

 金浦首都圏の埋立地建設過程で、地域住民は首都圏埋立地の住民対策委員会を組織した。その結果、産業廃棄物の搬入を禁止させ、生活廃棄物の専用埋立地とし、搬入ごみ監視活動を通じて、生ごみや不法廃棄物などの搬入を禁止させて搬入ごみの性状を良好にする結果をもたらした。

  焼却場に関連して、各地域ごとに住民対策委員会を組織し、地域の状況に合わせて焼却場建設反対運動と大容量の焼却場建設を反対する運動を拡げた。焼却場の地域住民は、1996年に市民環境団体と連帯して、「首都圏ごみ問題解決のための市民連帯会議」を結成して情報と経験を共有し、法改定運動や公聴会開催などの活動をすることによって、政府の焼却本位のごみ政策に効果的に対応した。

  結果的にソウル市はごみの全量焼却と1区1焼却場建設方針を撤回し、京畿道軍浦を始めた地域では、焼却場の増設抑制と建設規模の縮小効果を収めた。また、1995年から住民はダイオキシン問題を主要課題として継続的に努力し、焼却場一斉点検の結果、汚染防止施設を追加して、1997年には法的に排出基準を強める成果を上げたりもした。そして、地方自治選挙を通して、地域で焼却場、埋立場反対運動をした地域住民、市民運動家などが地方自治団体議会活動を始めながら、無分別な焼却、埋立場建設予算を削ったことも活動の重要な成果と言える。

(2)使い捨て用品使用抑制のための直接規制実施と市民運動の活躍

 廃棄物処理が社会的な重要問題になる一方で、90年代の社会文化的変化によって、使い捨て用品と包装製品の使用が急増し、政府は1992年から資源の節約とリサイクル促進に関する法律を制定して、使い捨て用品の使用を直接規制した。しかし実効性はなく、地方自治体と市民環境団体が使い捨て用品規制強化の必要性を促したことによって、1998年12月、関連法を改定して強制力を強め、規制対象の範囲と対象品目を拡大した。また2002年度にも、使い捨て用品と包装規制をより体系化し、規制対象を拡大するなど規制を強化した。

  市民団体は使用規制対象業者の使い捨て用品の使用実態、使い捨てビニール封筒の使用、ショッピングバッグの使用実態をモニタリングしただけではなく、保証金運動、消費者買物籠使用生活化運動を積極的に繰り広げた。特に1997年に起きた光州ビッグマートのショッピング封筒の保証金制度実施運動は、ゴミ問題解決のための市民運動協議会を通じて全国運動に広がり、関連法を改定させる成果を収めた。2001年度には、世界で最初にソウルチョンロのロッテリア店を、使い捨て用品を使わないファーストフード売場に置き換えるという象徴的な成果を得た。また2002年韓日ワールドカップ競技場開場記念サッカー行事で発生した競技場のごみモニタリングを通じて、競技場内のごみ源泉減量のため、応援用の使い捨て棒風船の無料配付を禁止、競技場内の禁煙など、法と制度を作り、使い捨て用品削減の多大な成果をもたらした。

(3)ごみ従量制の実施とリサイクル及び再利用市場の活性化

 廃棄物処理の困難の中、1993年に実施した政府の使い捨て用品の使用規制は実効性が得られなかった。一方で消費水準が高まり、生活廃棄物の中で占める包装廃棄物の比重が増えるようになり、廃棄物を画期的に減らすため、中央政府の悩みが始まった。このような中、1995年から全国的に実施するようになった制度がごみ従量制である。ごみ従量制は、再利用品は無料、非再利用品は有償排出するようにして、有償排出時にはその量に比例して処理費用を支払うことにより、廃棄物発生量を減らすためのものであった。廃棄家具、廃棄家電製品などの大型廃棄物は、別途手数料を負担して処理をする。

  ごみ従量制の実施にもっとも敏感に反応する市民階層は主婦である。主婦を中心に再利用品の分別はもちろん、物々交換、中古品分用などのリサイクル及び再利用文化が回復し始めた。ごみ従量制の効果は再利用市場の形成にも寄与し、国民の生活様式を変化させた。一般生活用品の再利用では、YWCAが1990年に国内初で繰り広げた非常設の‘アナバダ’(惜しんで使って、分けて使って、交換して使って、また使うという言葉の最初の文字から名づけた言葉)運動から始まり、現在はYMCAの常設グリーンショップ運動に至るまで大きく活性化された。家具及び家電製品など耐久性中古品の場合は、1995年のごみ従量制の実施以後、2000年12月現在、韓国生活資源リサイクル協会が耐久性中古品を取り引きするリサイクルセンターを、ソウル地域29カ所を始め、全国135カ所で運営する程活性化されている。

(4)拡大生産者責任(EPR)制度など、ごみ政策の導入と市民運動の課題

 ごみ従量制が収めた成果にも関わらず、廃棄物管理は新しい問題に直面するようになった。消費者負担中心のごみ従量制だけでは、生産過程で決まる製品の材質とデザインに影響を与えられないため、廃棄物の減量化を全く導けないためである。このため、市民環境団体と地域住民は、事例発表などを通じて、既存の制度が廃棄物減量化とリサイクル促進のために生産者の役割が必要だという点を政府に進言してきた。

  政府も生産者の責任の強化が廃棄物管理のために効率的であるという社会的認識をするようになり、また先進外国の廃棄物政策の流れを追って拡大生産者責任(EPR)制度を取り入れるに至った。現在、国内ではEPR制度は法律に制定され、2003年からは本格的に施行される予定である。EPR制度を取り入れる過程で、ごみ問題解決のための市民協議会は、生産者協会、政府機関、地方自治団体、専門家、市民団体などが参加する懇談会及びシンポジウムを何度か開催し、法律改定と導入の過程に積極的に市民団体の意見を取り入れさせ、市民団体の内容を法改定に反映させた。

  以上のように過去10年の間、韓国社会で繰り広げて来た資源循環型社会建設のための一連の努力の中で、市民運動が大きな役割をした。市民運動は前述した説明モデルで見る時、生活様式の底層で起きた運動として、底層の変化はもちろん、同時に上下のいろいろな層で肯定的な影響を与えたと評価できる。焼却場建設の反対運動では、表層、水面層、底層に、使い捨て用品規制と関連しては、表層、深層に、ごみ従量制とリサイクル分野では、表層、中層、深層に広く影響を及ぼしたし、また拡大生産者責任(EPR)制度の導入関連では、特に中層と底層に大きな影響を与えたようである。

4.資源循環社会を阻害する開発神話の打破

 危険管理的要素が多くなっている現代社会では、開発時代とは違って新しい社会構成原理が必要であるが、相変わらず近•現代化の過程で形成された開発神話が社会を支配している。しかし問題は、このような神話は私たちの認識の枠に容易に捕捉されないで内在に作用しているという点である。それで隠蔽された神話を明らかにする過程において、その虚構性をも同時に明示することができる。 この章では、説明モデル各層の性格を決定する開発神話の中で代表的なものを選定し、それらを明らかにすることによって、神話の虚構性を明示する機会を提供する。また、これを通じて資源循環型社会達成のための戦略構想に寄与する。

(1)表層神話 「焼却処理は不可避で、経済的にも利益を生む!」

 地方自治体は廃棄物処理の法的責任を持ち、排出者が払う手数料と一般の税金で任務を行う。廃棄物の処理が遅れる場合には、職務怠慢だと住民から非難を浴びる。だから、地方自治体は一番早く手軽に廃棄物を処理したがる。排出者も、自分が排出した廃棄物を早く見えない所に処理するのが心理的にもっとも気楽であるため、このような集団にとって最も良い方法は焼却処分である。このような心理的、社会的条件のため、焼却処理は企業にとって容易な金儲け事業になるので、一つの産業として価値を持つ。特に、このような特性はリサイクル市場の不確実性と比べてみれば、事業として利点が確実に分かる。このような条件下で焼却処理方式は最も良い案としてわが社会に適合するようになる。

  このような認識のもと、焼却処分は不可避であり、経済的にも利益を生むという信念が確立する。従って、政府、企業はもちろん、焼却場建設に反対する市民さえも、事実とは別に焼却政策を選好する。過去韓国で見られた焼却場建設反対運動は、施設が立地する該当地域の住民を中心に成ったのであり、一般のほとんどの市民はこれとは無関係であった。このように韓国社会の廃棄物管理3主体が焼却場を選好する意識構造を持っており、その構造は三角体系で強固である。これが、わが社会で相変わらず大型焼却場建設計画が手軽に推進されている理由である。

  では、焼却処理は不可避なのだろうか?結論から言えばそうではない。その理由をわが社会の神話のせいだと断定する理由は、このような認識の中で可能な代案が埋められてしまうというふうにみているためである。この神話を破る方法が、ごみゼロという戦略的思考なのである。当然であった焼却に対する考えを一旦後にして、ごみゼロの観点を受け入れるとすれば、一番先に地域住民との合意の下に廃棄物削減及びリサイクル目標を設定することができる。これに準じて、実践プログラムを構成し、それによる具体的な投資を行えば、ごみの排出量を画期的に減らすことができる。実際にごみ従量制袋に捨てられる廃棄物の中で、リサイクルが不可能なのはほんの少ししかない。しかし、初めから焼却を選好する意識を持っているためにこのような努力を行わず、すぐ焼却場建設計画に入り、その結果は大型焼却場に帰結される。これは一つの神話だと断定できる。

  また、焼却が不可避だという信頼が神話であることをより確実にするのは、焼却処理の危険性である。焼却処理は人体に致命的な多量の有害物質を発生させることで知られている。それにも関わらず、これを完全に除去できていない。さらに、事故が起きたとき、このような除去努力は考慮されない。このような危険要因を管理的要素に含める場合、焼却処理は最大限避けなければならない危険施設である。

  焼却処理が経済的という信頼も虚構である。廃棄物を焼却せずにリサイクルする場合に発生する社会的価値として、自然資源の費用、処理のための運搬費用、処理時2次環境汚染防止費用などの節約があげられる。これは、リサイクルが費用的な面で焼却より比較的優位にあることを示す。特に焼却処理によって発生する2次環境汚染物質は、その有害性が非常に大きいものの管理が難しく、多くの費用を伴う。さらに、リサイクル活性化による静脈産業の経済的価値を計算すれば、リサイクル方式と比べて焼却処理方式の費用はもっと高い。従って、このような要因を全部社会的管理費用として認めた途端、焼却処理が経済的だという信頼は神話になる。

(2)水面層神話「私の目先で見えないことは安全だ!」

 都心の大気汚染を一番確実に減らす方法は、恐らく自動車排気口を運転席と結び付けることだろう。このような比喩は、廃棄物管理をどうすることが最善のなのかを端的に表す。不法投機と有害廃棄物の非適正処理が発生する理由は、このような行為が、自分に直接的な損にならないためである。もしもこのように処理される廃棄物が、長期的な生態系循環を通らずに、すぐ自分の食べ物を汚染し、人体を病気にさせるのならば、不法投棄などはしないだろう。

  現在わが社会では、建設廃棄物と産業廃棄物の一部が山野に不法投機されており、生活系有害廃棄物を安全に処理できていない。このような現象が相変わらずわが社会に問題点として残っている原因は、間違った信頼のせいである。即ち、ごみが私の目先から消えれば安全だという信念である。これは環境危機が身近でなかった開発時代の思考である。この思考で特徴的なものの一つは、自然の収容力を無限と認識し、廃棄物を捨てるところもまた無限だと考えている点である。このような思考では、一旦目先で片付いた廃棄物と、目に見えない廃棄物は安全だと認識するようになる。

  しかし、環境時代でこの思考は非常に偏狭である。そのように片付けたごみは長期的に土壌を汚染させ、その結果として植生そして生態系を掻き乱す。また一方では食べ物を汚染させて私たちの健康を脅かしたりもする。このような現象が蔓延したら、その社会は長期的に共滅の道を歩むことになる。既にわが社会には、これによる弊害が目立つように現れている。私たちは環境時代に突入してから長い時間が経っており、目先で消えた廃棄物は安全だと信じる思考は、開発時代に形成された一つの神話でしかない。

  従って環境時代には、生態学的な自己が基本になるように社会を管理しなければならない。開発神話を打破するためには、目先で片付けて見えない廃棄物でも決して安全なものではないという事実を認識することが必要である。このような認識水準に達するため、社会的制度を強める必要がある。もし、廃棄物を不法投機したり、有害廃棄物を不適切に処理することが経済的に寧ろ大きい損害を与える管理構造を作ることである。このような条件の下で、この神話の虚構性は明白化されるだろう。

(3)中層神話1 「開発及び再開発事業は財産権行使の当然な権利だ!」

 韓国社会に蔓延している望ましくない風潮の一つに、不動産を投機の対象と見る点がある。この風潮は資源循環の観点から見る時、非常に好ましくない結果を生み出す。その経路には二種類あり、まず、再開発と再建築のブームによる資源浪費と廃棄物量産である。現在韓国では、建築物の安全に問題がなく十分に使用可能な住宅にも関わらず、再開発する場合が頻発している。これは古い底層住宅を高層の新築住宅に建て替える場合に、その資産価格が暴騰して住宅の所有主に開発暴利を許しているためである。このような現象をわが社会では、私的財産権行使の当然な権利として黙認されている。

  もう一つは、土地の無分別な開発を通して、開発暴利をむさぼることに対する社会的容認である。開発地域でもないのに土地の用途を変更してまで建物を建て、経済的利益を追求して商業施設と大型娯楽施設などを建設しているのに、これを事前に規制できないで、事実上黙認している。開発によって利益を得ることを財産権行使の当然な権利だと社会全体が思っている雰囲気である。万が一、環境破壊やその他、公共的な価値によって開発を規制するようになれば、私有財産権侵害という過激な世論に突き当たる。このような現象が発生する理由は、開発関連法案がいまだに開発時代の体系及び基準から脱することができなくて、思考体系もやはりその水準に留まっているためである。

  しかし、既に私たちは環境時代に暮らしている。自然資源の価値と公共財保全価値はより大切なことになっている。無分別な開発によって、広面積の生態系が破壊されているし、それによる弊害は、知らないうちに徐々に私たちにも及んでいる。わが社会の無分別な開発行為を、財産権行使という当然の権利として受け入れる集団幻想は、それだけで開発神話である。

  このような神話を脱ぎ捨てるためには、環境保全時代に適合するように開発関連法律を体系化し、開発阻止を強化しなければならない。例え私有財産だとしても、環境価値とその他公共価値の保全のためには規制することができるという社会的通念を形成することが急務である。わが社会の生産要素の中で一番先天的な要素は、自然資源、土地、人間だと言える。これに関する限り、決して私的利益のためだという名分で公共性を侵してはならない。これが環境時代の信念にならなければならない。特に、自然資源と道徳資源が次第に枯渇していく社会の特性を勘案すれば、そのような観点はさらに必要である。公共性を守ろうとする政府の制度強化が成される必要がある。

(4)中層神話2 「企業活動の最優先目標は利潤追求にある!」

 どのような製品をどのくらい作るかは、どのような廃棄物をどのくらい排出するのかに直結する。製品の大きさと量だけでなく、材質と成分、デザインまでも廃棄物発生に密接に関係している。これは、資源循環型社会のために企業の責任が重要であるということである。

 企業の存在理由は利潤追求にある。これが開発時代の信念である。しかし、ひたすらそうかと反問した時、またもう一つ追加されなければならないのは、企業の社会的責任である。特に環境時代において企業の社会的責任の中で最も重要なことは、環境責任である。企業は自分たちが製品を生産する過程で発生する廃棄物を安全に処理することで責任を果たしたと思うかもしれないが、これは責任と言うよりも基本業務として見る方が正しい。環境時代で企業の社会的責任に対する要求はその水準を越えている。即ち、廃棄物の流れの上流段階に位置している生産者は、廃棄段階で、廃棄物の発生量を最小化し、人体に有害な影響を与えないために意図的に製品の成分とデザインなどを環境調和的に設計、製造しなければならない。

  このような状況で、企業の最優先目標を利潤追求だけとする信念体系は開発神話である。企業の思考の中には、相変わらず活動の最優先目的は利潤追求にあるという信念が確固としている。またわが社会には、そのような信念を無理なく受容する体系ができている。しかし、企業は自身の責任に見合う役割を果たせていない。自分たちの責任を、廃棄物を安全に管理する基本活動で果たしていると満足しているのである。開発神話のためである。

  このような神話を打破するために取るべき道は明らかである。生産者の責任を、製品の使用段階から廃棄以後の段階にまで拡大する制度を実施することである。このようにすれば、生産者はようやく自分の責任について悩むようになり、それが製品設計に反映される。これと補完的に重要なのは、消費者のグリーン主権運動を高揚させ、逆流通経路を通して生産者を変化させることである。

(5)底層神話 「豊かなエネルギーは当然享受できる恵みだ!」

 1990年代中盤からわが社会に起きている目立った現象の一つは、エネルギーと資源の浪費である。アパート、大型ビル内の事務空間、大衆交通手段(バス、地下鉄、汽車)内で冷暖房が過度につけられている。それで‘風邪にかかる’夏を過ごしたり、冬服は寒さを防ぐ機能よりも流行を本位として薄くなったりしている。こういうわけで、私たちは多量の資源とエネルギーを必要以上に費やしながらも、このような生活がわが社会にどういう影響を与えているのかに対しては関係ないという態度を取っている。

  このように資源とエネルギーの過剰消費の背景には、所得の増加による国民意識の変化がある。所得水準が高くなることによって、寒い夏と暑い冬を過ごすことは、当然享受しなければならない恵みとして考えるようになった。このような時代の変化の中で、技術的に個別冷暖房機器が開発され、普遍化され、資源とエネルギー消費に対する節約の美徳が消えてしまったようだ。このような趨勢では、扇子はもちろん、扇風機も消えるかもしれない。このような社会的雰囲気に便乗して、かつてエネルギー節約の模範であった公共機関、大型建物、大衆交通手段内では、中央冷暖房システムを利用した‘無駄なサービス精神’をあまりにも過度に発揮する事例が多くなった。

  このような現象が起こる背景には、所得増加による生活水準の向上を享受することは当然の権利だと信じることがある。ファーストフード店などを通じて使い捨て製品と包装製品が氾濫することも現代社会で仕方ないことだと思っていることも、同じ脈絡といえる。しかし、このような思考は開発時代の遺産である。エネルギーの過剰使用が続くと、まず自然資源の枯渇が加速化し、次にそれによる地球温暖化現象などが深化し、さらには人間の気候に対する耐性の限界がどんどん落ちる。これは、外部的には自然生態界攪乱による異常気象が促進されて生存基盤が危うくなる一方で、内部的にはそれに対する抵抗力を落とすようになり、二重の生存危機に直面することになる。

  従って環境時代の中で、このような開発神話は打破しなければならない。このためには、自然価値を考慮して、資源とエネルギーの使用者が負担する費用を高くしなければならない。それだけではなく、エネルギーを集団的に供給し、管理者に対しては組織的なエネルギー教育を実施することによって適正サービスを維持しなければならない。また、製品の設計段階から技術的にもデザイン面でも冷暖房が人体と環境に及ぶ影響を考慮して製造するように基準を設定する必要がある。このような方法を通して、夏は暑く、冬は寒いという当然の事実を悟り、それを受け入れる信念を取り戻すことが必要である。このような信念体系のもと、資源とエネルギー使用に対する神話打破が可能になる。

(6)深層神話 「経済的(物質的)豊かさが幸福を保証する!」

 人間の基本的な欲求には、生存欲求と存在欲求がある。生存欲求は人間が生命体として持つ欲求であり、存在欲求は人間が精神体だから発現する欲求である。生存欲求は安全保障と物質的な充足から満たされ、存在欲求は、他者との関係の中で自分の存在価値が認められた時、満たされる。そして、ある程度は、生存欲求を満たしているか否かが、存在欲求に大きな影響を与える。

  この二つの欲求体系は、時代によってどのような不満があるのかによって、望む社会的欲求の強度が異なる。即ち、限界効用が違うということである。開発時代には物質的な豊かさが最も重要なことであり、それを望む生存欲求が支配的な欲求体系になる。伝統経済学では、所得と消費が増えれば増えるほど福祉と幸福が増進されると信じていることも同じ脈絡である。

  しかし、現在わが社会の所得水準から見ると、生存欲求はかなり充足されている反面、存在欲求充足に対する不満足はますます増えている。それにも関わらず、いまだに物質消費だけが幸福を保証するという信条が鉄則であるかのように、わが社会全体が経済的利益と物質的な豊かさのために暴走しそうな雰囲気になっている。特にIMF経済体制以後に、このような傾向はさらにひどくなっている。社会の構成員一人一人の追求する価値が画一的になるほど競争が深化し、それによる相対的な欠乏をもっと感じるようにもなる。存在欲求不満が累積している現在、このような信条は開発神話に過ぎない。

  今はこの神話を破る時である。わが社会は既に存在欲求の時代である。幸福感は絶対的量ではなく、他者との関係で自分の存在価値に対する満足の可否によって決まる。100個の物を期待して80個しか取れなかった場合、20が不足して彼の幸福感は落ちる。しかし、60個の物を期待して、同様に80個を取った場合、20個分に当たる幸福感が得られるようになる。これが、私たちの価値基準をどこに置くかによって、同一の量を費やしながらも幸福指数を高められる原理であるのだ。

  このような点に着目して、わが社会の価値観を多様にする必要がある。基準が異なり、それによって期待水準も全て異なって、経済的価値は無数の社会的価値の中の一つとして追求される条件を備えなければならない。これはわが社会の教育に関する問題であり、宗教的な役割に対する問題でもある。このような多様化された価値体系が形成される時、資源循環型社会を構成する源泉ができる。

5.結論

 我々の社会の環境問題を治癒する方法として一番広く通用するのは、‘持続可能な発展理念’である。しかし、この理念をどう使うのかによって効果は千差万別である。環境問題の総体性を認めるならば、持続可能な発展は‘氷山の一角’モデルで提示した内容によって戦略を打ち立てなければならない。これは持続可能な発展戦略を、経済を持続させるための環境政策理念として受け入れるというより、開発時代からのわが社会の病気を根源的に治癒するための革新パラダイムで理解するということである。

  従って持続可能な戦略は、開発時代の制度と法律を用いて、幾つ環境政策の手段を実行するのかというだけでは推進不可能である。表層から深層に至る全領域にかけた総体的方策を戦略的に構成しなければならない。このためには、開発時代に形成され、環境時代に暮す今日に至るまで私たちの思考に根強く残っている開発神話を打破しなければならない。このような信念体系を、より普遍的な生命価値に切り替えてはじめて、環境時代に適合する社会管理体系が可能であろう。資源循環型社会は、このような全体的な構造の下で推進される時、すぐに実現可能となるだろう。

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