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10月の第4回東アジア環境市民会議に参加して
10月、幸いにも日本で行われた「第4回 東アジア環境市民会議」に参加することができた。実は、出発前、この会議に対してあまり期待を抱いていなかった。 なぜなら、日本と中国との文化的差異は大きく、日本でできることは中国で必ずしもできるとは限らない、と常に感じていたからだ。
さらに、この会議の主題「新潟水俣病」は、私には目新しいことではなく、この世界的に有名な公害の原因、発病メカニズムはすでに知り得たことで、数十年も昔の出来事だったからだ。
■ボランティアと会議開催者
日本に到着してすぐ、空港のロビーで中日韓の通訳を長い間待つこととなった。不満を覚えたが、開催者によると、この2名の通訳はボランティアで、金曜日仕事を終えてから駆けつけたとのこと。さらに、後でわかったのは、彼らは報酬や補助が支払われない全くのボランティアだということだった。 会議での同時通訳以外、大量の準備作業をこなすというのに、交通費や食費も自己負担とは、感動はもちろん、まったく不平など言うに及ばないことだ。
実際、ボランティアだけではなく、開催側の参加者もそうだった。彼らは時に我々と食事を共にしなかったし、共にしても自身の食費は支払っていた。できるだけ多くの中国側組織を招待し、交流をはかる費用を捻出するため、こうやって彼らは経費を大幅に削減しているのだと、中国側の主催者が教えてくれた。
会場の外で幼い子供を連れている母親を見かけた。日本側の代表者、廣瀬さん(お若い方でした)のご夫人と1歳のお子さんだった。最初は、廣瀬さんが遊びに連れてきたものと思っていたが、実は会議全日程ずっと一緒で、時には廣瀬さんがお子さんを抱きながらお仕事をしていた。日本ではベビーシッターを雇うのは非常に高いため、廣瀬夫妻が2日ずつ交代でお子さんの面倒を見て仕事をこなしている、ということだった。
以前、中国のNGOで働く友人が、日本の青年環境保護NGOの経済的状況を語ってくれたことがあるが、彼らはただ節約をするだけでなく、相当な自己負担も被っていたのだ。
■水俣病公害の背後にあるもの
今回の会議開催地「新潟」の水俣病は主要議題の1つであった。再度あの耐え難い出来事や発病メカニズムを回顧する以外、この公害が大衆によって公にされるまでの困難、また、中国と同じ企業隠蔽や政府庇護という障害があったことを知った。
さらに、患者への補償が数十年という長く辛い時間を経てようやく支払われ(又は和解し)たことも知った。我々が思っていたような順調な過程では決してなかったのだ。
実際、日本の「水俣病」のような環境汚染問題は、中国では絶え間なく至る所で発生しているが、我々はこの問題を軽視し、時には全く無視している。政府が公害を認定しまたは補償するのであれば、市民は勝利を喜び、二度と責任を追求することはないはずである。
「水俣病」は中国では軽視され得る事件だが、日本人および日本の環境保護組織が世界的公害に仕上げたことで注目を得、多くの人に知らしめた。この背後にあるのは、日本人が持つ真面目さと執着心という性格以外何ものでもない。また、現在の日本は環境保護に成功しているが、これは数十年にわたる人々の努力の結果である。
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