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蓮池の香りとベランダからの美しい公園の眺めで迎えた爽やかな朝
「第4回東アジア環境市民会議」参加のため来日し、東京上野公園近くのホテルで、蓮池の香りとベランダからの美しい公園の眺めで爽やかな朝を迎えた時、世界的に有名な国際都市の中心地にも緑豊かな公園があり、現代化した都市の生態文明の美を表現していることに感銘を受けた。
また、上野公園の散歩中に歩いた道が、自然の泥土のままで舗装されていないことが非常に不思議で、我ら中国からやってきた客人を理解に苦しませた。中国大都市の公園道はすべて花崗岩、煉瓦、コンクリート、石板等で舗装されており、十分道理にかなったものと見えるが、この上野公園の道は大いに異なっていた。
中国の造園や歩道の建設規則は、発展国家と比較するとその差は非常に大きい。2007年の重慶での災害は、3割が天災で7割が人災だと筆者は見ている。都市規則、都市建設は科学的ではなく、地表が硬化しているため、地表水や雨水の流れが滞る。道は川となり、低地は池となる。山地都市重慶の災害は無理なかったと思う。
東京の上野、中野、浅草の概観と建設管理が、自然生態環境と有機的に結合し、その自然の魅力が引き立って初めて、都市の持続可能な発展の基礎ができる、ということがわかった。これは発展途上国家がぜひ参考にすべきことである。
東京を流れる河川と違い、重慶を流れる2つの川べりには汚水やごみが見える。数百万の市民の飲用水となるこの河川の環境や健康に関心を寄せる人すらいない。上野の繁華街と中国大都市のそれとは大きな差はないが、唯一の違いと言えば露店だろうか。管理、態度がよく、何も買わなくても気兼ねない。素晴らしい都市生態環境が我々の来日の第一印象だった。
2008年10月11日、小雨降る中、新幹線に乗り日本海に面する新潟市に向かった。第4回東アジア環境市民会議に参加するためである。間もなく70歳の老人になる筆者、ホテルのベッドに横たわり興奮冷めやらず、一日を振り返る。午前6時起床、7時朝食、8時乗車、11時新潟着、午後1時昼食後、新潟コンベンションセンター、2時会議参加、6時終了後日本側開催の歓迎会、10時ホテル着、睡眠。今筆者が住む都市でこのような多忙な1日を送れば、こんなに元気なことはありえない。疲労感が全くない、これはボランティアを野外生態環境調査に連れて行く時と同じ感覚だ。素晴らしい自然生態環境、茂る森林、おいしい空気、爽快な気分がそうさせるのだろう。
10月12日、新潟市東部の阿賀野川流域にある新潟水俣病資料館を訪れた。環境破壊は実に新潟の人々に深い傷を残している。水俣病患者による昭和電工への罪の追求は世界各地で注目されたが、中国の重慶紅蝶ストロンチウム塩化学工業による准河汚染の解決もかなり難しい。新潟水俣病は30年後の今でもまだ勝訴しておらず、重慶の汚染訴訟も同じだが、環境汚染被害者の人権保障は世界的な難題であり、先進国と発展途上国に関わらず見られるものだ。
10月13日、阿賀野川を遡り、上流にある昭和電工工場跡地を訪ねた。過去の繁栄の様子は跡形もなく、目の前に広がる美しい自然がひとつの真理を語っていた。環境の有り方を左右するのは人、人は環境破壊者、被害者、そして整備者でもあることを。現在の日本の生態環境は発展経済や環境破壊によって受けた苦痛から学び得たものである。水俣病は形のない碑、環境汚染の罪悪を記録し、環境保護への覚悟を呼びかけるものなのだ。
新潟での3日間の会議はあっと言う間に終了、東京に戻っても観光には興味がなかった。ただ全世界の人類が直面する重い問題、環境保護についてどう行動すべきか考えた。一個人、一組織、一地区、一国家、それぞれ微力だが力をあわせれば世界を救うことはできる。
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