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よって本文が冒頭で述べた通り、環境キャンペーンも過剰包装制限法案も取りやめてかまわないのだ。
*(1)http://www.enviroasia.info/news/news_detail.php3/C09072901J からのつづき
この他、中国におけるゴミの分類回収は、国民の意識が低く、コストがより高くつく可能性があり、政府が十分に力を入れていないため、実行不可能である。よって末端処理技術の発展に尽力することが最も重要である。周知の通り、現在の末端処理とは、焼却ないしは埋め立てである。紙製・木製の包装用品が埋め立て地にて発生するメタンガスの地球温暖化作用は二酸化炭素の4倍!であることは、過去一時期の専門家による宣伝の結果、メディア及び国民の間で周知の事実となっている。よって植物の「カーボンニュートラル」作用を差し引いても、紙製・木製の包装用品の焼却処分によって温室効果ガスの排出を大量に削減することが可能であり、炭素クレジットも獲得できるので、大々的に発展させるべきである。
プラスチックは石油由来の再生不可能な資源の1つである。埋め立て処理が土地を占有し、その占有する土地の資源を無駄にすることは明らかである。しかし、メディアとNGOが提唱し続けている資源回収は全く実用的でなく、一種のユートピア思想にすぎない。それに対して、焼却処理をすればプラスチックはほとんど残留物を残さないのでゴミの減量化の実現が可能な上、焼却処理によってプラスチックを熱エネルギーへと転化させることもできる。これこそ素晴らしい資源再利用の方法ではないか! 「プラスチック包装の焼却はいたしかたないにしても、過剰包装は大量の温室効果ガス及びダイオキシンの排出につながる。やはりある程度抑制するべきではないか?」という疑問を抱く人が当然沢山いるだろう。しかし、彼らは問題を深く掘り下げて考えずに杞憂しているにすぎない。
まず第一に、ダイオキシンの問題はメディアや世間によるねつ造が激しい! ヨーロッパや日本の焼却炉は既にゼロ排出のレベルに達しており、私たちが導入した設備もそれらの国の進んだ技術を採用している。よってダイオキシン問題はもはや取り上げるに値しない。第二に、プラスチック焼却は多少気候変化に影響する可能性があるけれども、本来エネルギー生産に使用される石炭を代替するので、クリーンエネルギーであると言える。焼却場の操業はプラスチック包装用品を沢山必要としており、大量のプラスチックごみこそが焼却場によるクリーンエネルギーの安定した持続的発展を保証するものである。更に未来の発展規模を考慮すると、現在の包装用品は一時的にその他の用途に使用される、つまり二つの用途を持った二次エネルギーと見なすことができる。今後も引き続き必要、更には発展させなければならないのだから、「過剰」なとどいうのはもっての他である。
金属包装用品も大した問題ではないことを自然と理解することができる。金属は再生可能な資源ではないが、紙やプラスチックよりも効果的に循環再利用できる。循環利用過程で多少のエネルギーを消費するが、有機ゴミ焼却のような再生可能なエネルギーを確保さえすれば、大量な金属資源リサイクルも容易となる。更に環境負荷を減らしたいなら、プラスチックと金属の包装用品をなくして紙製と木製の包装用品のみにすることが最善の方法である。なぜなら紙製と木製の包装用品は再生可能なエネルギーであり、焼却後も植物に吸収されるため気候変化に影響を及ぼさないので、「過剰かどうか」を心配する必要がないからだ。
もう包装が過剰かどうかは絶対ではないことがはっきりしただろう。最新のゴミ焼却技術により、いわゆる「過剰」包装は再生可能かつクリーンなエネルギーとなり、汚染の原因となる石炭を代替することにより環境にやさしい先端技術の発展をサポートする上、循環経済の主義にも一致し、矛盾がない。金融危機の余波がまだ完全に過ぎ去っていない状況下では、「過剰」な包装の生産がGDPの向上に、「過剰」包装の焼却がより多くの炭素クレジットの獲得に繋がるため、「持続的経済発展」に多いに貢献することになる。よって本文が冒頭で述べた通り、環境キャンペーンも過剰包装制限法案も取りやめてかまわないのだ。
過剰包装賛成!
*毛達のブログより転載
http://elephantmao.blog.sohu.com/124393256.html
後書き
記事を読んで、私をよく知らない人は歯ぎしり、逆に知り合いたちはちょっと首を傾げるかも知れない。また、背景知識が足りない人は、逆にとても理屈に合うことだとうなずくかも…このような結果は、ちょうど満足できる。なぜならば「焼却派」のでたらめなロジックで、このぐらいの効果が得られるからだ。ただ、少し説明はしておく。「焼却派」をまねする目的は、一部の「専門家」たちが、ゴミの焼却をリサイクルと美化する矛盾問題をはっきりと伝えるためである。同時に、自身の意志はさらに強まるだろう。
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