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ここ2年間、「省エネ・排出削減」は、人々の気を狂わしてしまう事業と化している
ここ2年間、「省エネ・排出削減」は、人々の気を狂わしてしまう事業と化している。
この現象を代表する例が、全国各都市、特に中小規模の都市で、気が狂ったように建設されているゴミ発電プロジェクトだ。焼却を待ち望んでいるゴミと、閉鎖されたくないと願っている小型火力発電所は、ほぼ一夜の内に「駆け落ち」してしまったのだ。
人の肉眼で見る能力には限りがあり、「見えないものは存在しない」と単純に信じてしまうことがよくある。固形物であり、山のように積まれたゴミは、燃やしてしまえば空気中に「分子」として排出され、見えなくなるばかりでなく、風に乗って「世界と共有」されることになる。
まして、ゴミの山が小型火力発電所と出会った折りには、ゴミという厄介なものを焼いてしまえるだけでなく、小型火力発電所としても、順次閉鎖されるという悲惨な運命を逃れることができる。更に全世界に対し「省エネ・排出削減」資金、「脱硫黄補助金」、そして「二酸化炭素排出削減量取引」を申請することができる。
目下、デンマーク、ドイツ、日本、米国は、ともにゴミ焼却の規模を縮小している。これらの国々は、ゴミ焼却がもたらす危害を既に感じているか、ゴミ焼却が将来環境や市民の健康に及ぼすであろう限りない危害について警戒し始めているか、どちらかだ。
実は、中国のゴミは燃やせないのだ。分類がしっかりできていないため、ゴミの中には、無数の資源と無数の害毒が潜伏している。分類ができていないために不燃物が多く、ゴミの完全燃焼率も非常に低い。これらのゴミが燃えるようにするため、80%以上の助燃材を加える必要があるのだ。
中国のゴミは燃やしてはいけないのだ。気をつけて分類さえすれば、混沌として無秩序なゴミは、百倍の価値がある資源と化すことができる。
我々は往々にして、一方では「省エネ・排出削減」、もう一方では多量のエネルギーを消費することをしてしまう。経済学で最も好んで計算されるのは「投資効率」だが、もしも、5キロワットを発電するために10キロワットの電力を消耗する必要があるとすれば、このような「省エネ・排出削減」プロジェクトを実施する根拠はあるのだろうか?
最後に、最も基本的な物理学の常識を繰り返して言おう。それは「物質保存の法則」だ。固形物を高温処理を通じて気体にすることは可能だが、これらの物質は永久に消失することはない。消失させることができないのであれば、回収して再利用するのが最良の方法だ。
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