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国家による万博から市民による万博への過渡期にあった愛知万博終了後、関係者の「今後」が注目される。
3月25から始まった「愛・地球博」が最高の入場者数を記録した9月18日(日)、地球市民村の交流ホールにて「愛・地球博におけるNPO/NGOの役割」と題するシンポジウムが開かれた。これは万博への市民参加を体現している地球市民村が主催した総まとめシンポジウムの最終回にあたり、60名近い関係者らが席を埋めた。
パネリストには、現在地球市民村に参加しているNGO、会場計画の段階から万博の自然保護に関して提言を重ねてきた地元市民などが顔をそろえ、「愛・地球博」で実現した市民参加、および実現しなかった市民参加について、それぞれの思いの丈を語った。
『万博幻想』などの著書があり、自らも地元団体と交流する東京大学大学院の吉見俊哉教授は、今回の市民参加は「いくつかの偶然が重なった」ためという。「海上の森が万博の候補地になったことで、市民が動き出した。最初から青少年公園での開催が決まっていたら、市民参加はなかったかもしれない」と、万博そのものが市民参加を生みだしたと語った。
吉見教授によると、市民の活躍によって会場が海上から長久手に移ったために、一方で「テーマである『自然の叡智』を問うことの必要性があまり問題にならなくなった」という。もし海上の森で万博をやったとしたら、会場にいる人誰もが環境を意識せざるを得なくなり、「これは本当に環境万博なのか?」と問うことになる。海上の森を守り、青少年記念公園を利用した形での長久手会場ができたことで、「環境」を問うことにおいて、追求するものが曖昧でも良くなってしまったという。
そうして「自然の叡智」というテーマに取り組むためのハードルが低くなったとき、今回の万博の重要な産物として目が向けられるのは、やはり「市民参加」の行方である。検討会議の委員長として会場計画の変更に尽力した中京女子大学の谷岡郁子教授は、海上会場で実現したかった市民プロジェクトから最終的には手を引いたことを「共犯者になるのが嫌だったから」と告白した。
賛成か反対か、協会側か市民側か、そうした二項対立がたくさんあって、「見えない境界を打ち破ることこそ市民がやるべきなのに、それができなかった。市民プロジェクトは市民が市民を高めあうものであるべきだったのに、地球市民村に出展している世界規模のNGOと、海上会場で小さく展示している地元団体、という市民参加における分断統治を許してしまった」と、“達成できなかったこと”への思いを語った。
海上会場にある対話劇場では環境に関する様々なトークが繰り広げられているが、著名人を呼んできてのゲストトークに、長らく海上の森の観察を続けてきた曽我部行子氏は疑問を投げかける。「世界的な有名人が環境について語って、何が市民プロジェクトなんでしょう?レスター・ブラウン?そういう名前を知られている人たちを呼んで話を聞くというのは、旧来型の万博で十分。例えば、名を知られないでも会期中ずっとさおりを織り続けている人びとの姿といったようなものこそが、市民プロジェクトとして伝えたいことではないのでしょうか」
今回の愛知万博は、国家による万博から市民による万博が実現されるかという万博のシフトチェンジにおける過渡期にあると言ってもよく、今後の国家プロジェクトに対する1つのモデルを作り出しつつあることは間違いない。万博終了後の、それぞれの「今後」に注目したい。
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シンポジウム会場には熱心に耳を傾ける人びとが集まった

朗らかに話す吉見教授
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