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ごみ・リサイクル 水俣の産廃をどう捉えるのか

熊本 水俣市で持ち上がった産廃処分場建設計画に市民が反対運動を続けている

 2004年3月豪雨災害の傷も癒えぬ水俣に、株式会社IWD東亜熊本は産業廃棄物処分場計画を公表した。最初私もそうだったが住民の反応は鈍いものだった。「まさか水俣病の水俣に産廃処分場なんてありえない」と思い込んでいたのかもしれない。その後「水俣の命と水を守る市民の会」が設立され、地域住民は本気で反対に動き始める。しかし何故か反対運動は盛り上がりを欠いて、産廃処分場のことを心配する人も、どうすれば良いのか分からない状態が長く続いた。

 その理由の一つは、当時の江口隆一水俣市長が「産廃処分場計画に対して中立」の立場を取り、市役所は住民の不安や反対の声に対して耳を傾けようとしなかったことである。今から思えば、江口元市長は、賛成とも反対とも立場を明らかにせず、「中立」という態度を取ることによって、住民の反対運動の盛り上がりにブレーキをかけてきたのである。しかし、2006年2月に行われた市長選挙で、産廃処分場阻止を掲げた宮本勝彬氏が当選し、それ以来産廃処分場反対運動は水俣全市の取り組みとなった。

 水俣ではこの運動の問題設定を、「水俣市木臼野地区に建設予定の産廃処分場建設に反対する」ことただ一つに置いている。もちろん産廃処分場一般に問題がないと思ってはいないが、問題を一点に絞ることによって様々な意見や立場の人が、この一点で協働することが可能になる。

 水俣病に強く関心を持つ人にとって、新たな産業廃棄物を水源地に積み上げることは、水俣病の原因となったチッソの失敗に通じるものであろう。計画地の近隣に住んでいる人からすれば、処分場からの汚染や悪臭等が不安であろう。農作物を作っている人からすれば、水俣病による風評被害を乗り越えてやっと「安心・安全」の水俣ブランドを確立したにもかかわらず、またも農作物が売れなくなってしまうのではないかと心配であろう。

 こうした水俣の人びとの態度に対して、IWD東亜の親会社「東亜道路」の社長は「産廃処分場反対運動は地域エゴであろう」と述べた。いつから収益事業を専らとする私企業の産廃処分場が、公共性を主張できるようになったのか知らないが、まあ「想定内」の議論ではある。

 哲学者の山本哲士さんは、「地域」という言葉自体が国や中央概念に付随した従属的な用語と述べて、それぞれ固有の「場所」という用語を使っている。とりあえず「場所・利己(エゴ)」の反対概念を、「中央・利他=公共性」とおいてみよう。東亜道路が何を以って「公共性」を主張するかと言えば、産業廃棄物は日本国家の産業活動の結果であり必然の産物なのだから、それを最終処分する産廃処分場は当然「中央・利他主義=公共性」を有するという認識であろう。

 この認識は、日本の産業社会が右肩上がりの時代であれば共感を呼んだかも知れない。しかし、1973年高度経済成長の転換期以降は、大量生産・大量消費・大量廃棄という流れは見直され、生産-消費-廃棄が物質循環として捉えられてきた。今では産廃処分場は、物質循環における過渡的な必要悪と考えられている。産廃処分場の存在を、「中央・利他=公共性」で位置づけるのは時代錯誤も甚だしい。

 この議論の一方には、「場所・利己」を意味づける固有の風土と暮らしの内実が作り上げられる必要がある。例えばそれは環境モデル都市みなまたや、資源ごみ分別の次の段階として「ごみ減量からごみゼロ」計画を推進することや、ごみの出ない暮らし方を模索することになろう。

 産廃反対運動については、その「場所・利己」=地域固有の風土と暮らし方のパワーを最大動員して、設置させないことがまず重要である。法律は現実の産業社会の都合に合わせた論理で、基本的に組み立てられている。だからその枠内では通常勝ち目はない。産廃処分場の装置の安全性についても、国の基準をクリアすれば法的には問題はないことになる。人の暮らしにとっては最低の基準にすぎない法体系が、あたかも全体を律しているかの幻想はもう捨てよう。「人は自分が住み・暮らしている場所にだけ責任を持てば良い」という、住民自治に立ち返る道を模索したいと思う。そこでは産廃処分場は、私たちの目にどのように映るのか? それを想像してみたい。

(参考URL)
・産廃問題リンク集(相思社HP)
 http://www.soshisha.org/link/link_sanpai.htm


水俣湾航空写真(この海にメチル水銀が流され、水俣病が引き起こされた。中央の埋立地には150万立法mの水銀ヘドロが眠っている)

木臼野産廃処分場予定地遠景(水俣の水源地に200万立法mの産廃が永遠に残る)


記事執筆、翻訳
日付 2006-06-30
筆者 遠藤 邦夫 (ENDO, Kunio)
媒体 寄稿
団体名 (財)水俣病センター相思社 産廃反対運動担当
URL http://www.soshisha.org/
翻訳者

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