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環境大臣の「水俣病問題に係る懇談会」による提言作成には、水俣病の50年が凝縮されていた
9月中旬に中国で開かれる東アジア環境市民会議を控え、8日「水俣病学習会」が開かれた。講師に熊本日日新聞社東京支社編集部の亀井宏二さんを招き、水俣病の直近の状況を中心にお話をうかがった。
水俣病は、化学工場から海や河川に排出されたメチル水銀化合物が魚などの水中生物をはじめとし、食物連鎖を通じて体内に高濃度に蓄積され、これを日常的に食した住民の中に発生した中毒性の中枢神経疾患である。
水俣病は1956年に熊本県で公式確認され、以来汚染源であるメチル水銀を排出した企業であるチッソ株式会社と行政、被害者の間で解決に向け話し合いや裁判が行われてきた。被害者側の主張はなかなか認められない状況が続いていたが、1995年政府が打ち出した水俣病対策案により、一般的には政治解決がなされたと認識されていた。しかし、2004年の関西最高裁判決では「国の敗訴」という判決がなされ、水俣病をめぐる動きは一変した。
この判決を機に、熊本日日新聞でも水俣病に関する取材が再度本格化し、地元の状況を伝える重要な役割を担う存在として、現在も水俣病をクローズアップし続けている。
また、この最高裁判決を受け、新たに4300人にも及ぶ人が水俣病の認定申請を行なった。こうした背景には、この判決で国の責任が認められ、現在の認定基準より緩やかな基準で水俣病と判断しうるという判決が出されたことがあげられる。水俣病は発生当時奇病として扱われ、地域内でも水俣病患者に対して差別が存在し、まちを経済的に支えてきたチッソに対して、異を唱える環境がなかった。また、認定基準が厳しく認定されること自体が困難であった。しかし、最高裁判決が出された後、こうした人々が認定申請し始めたのである。
2005年5月には、小池百合子環境大臣によって、水俣の地元から元市長を含む3名、元最高裁判事やノンフィクション作家7名の計10名からなる私的懇談会が設けられた。懇談会では認定基準見直しの必要性が指摘されたが、環境省がこれを認めることはなかった。国としては認定患者が増え、国やチッソ株式会社が負担する補償額が膨らみ、補償できなくなることを絶対に回避したいという思惑がある。懇談会の提言をめぐり、事態は紛糾した。最終的に9月1日に発表された提言では、環境省の意向が強く反映され、懇談会側が提案した政府に不都合な文言は露骨に書き換えられることになった。ただ、胎児性患者らが、地元で自立した生活が送れるような施策を求める部分が盛り込まれたことは評価できるそうだ。
現在、用いられている認定基準は30年近く前に行政によって決められた基準であり、世界的にも日本の基準が採用されているという。しかし、この認定基準では、患者救済されない被害者が存在するにもかかわらず、基準見直しが図られることがないまま現在に至っているのである。さらに、現時点で認定審査会は開かれておらず機能していないという事実がある。
水俣病は今年公式確認50年を迎え、日本各地で数多くのイベントが開かれているが、国民にとっては一時的な関心事でしかないという側面を持っている。また、現代の若者にとっては、教科書の内容でしかない。しかし、認定申請者は確実に増え続けており、こうした意味で水俣病は解決されていないのである。
50年以上前に発生した水俣病はいまだに解決がなされていない。ここには高度経済成長期に工業化を推し進めたいとする政府の考えや企業の環境汚染を省みない行動が深く関わっている。その結果、差別や偏見を受け、漁業という職を失い平和な生活、健康を奪われた患者が多数存在する一方、現在でもチッソは優良企業として存在し、国民の関心度は薄れていっているのが現状と言えるだろう。しかし、現在発展途上国を中心に水俣病のような健康被害が発生している。同じことを繰り返さないためにも、なぜ水俣病が発生し、十分な解決がなされていないのか、国民一人ひとりが現実の問題として水俣病に関心を持ち続けることが必要なのではないだろうか。世界ではじめて水俣病が発生した国として、この問題をあいまいな解決のまま忘れ去ることは回避したい。
(参考URL)
・「水俣病問題に係る懇談会」提言書
http://www.env.go.jp/council/toshin/t26-h1813.html
・水俣病百科(熊本日日新聞)
http://kumanichi.com/feature/minamata/
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講師の亀井宏二記者

水俣病資料館から不知火海をのぞむ

オレンジ鉄道「水俣」駅前正面に位置する水俣本部・水俣製造所
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