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環境汚染 旗野さんの「冥土のみやげ」――第3回東アジア環境市民会議参加報告(後)

北京市 新潟水俣病の患者を支援してきた旗野さんは、多数の患者の想いとともに、西安・北京の会議に参加していた。

 第3回東アジア環境市民会議で日本側のゲスト・スピーカーを務めていただいた旗野秀人さんとは、会議までに2回、お目にかかる機会があり、独特の語り口や考え方に魅かれていた。だが今思うと、そのことの意味を明確に理解してはいなかった。

 旗野さんは「冥土のみやげ」という言葉をよく使う。患者支援の活動の1つが「冥土のみやげ企画」という名前であるし、西安や北京の講演でもキーワードの1つになっていた。この意味を実感したのは、講演が全て終わり、中国政法大学公害法律援助センター(CLAPV)のセンター長(同:主任)・王燦発先生を訪ねたときのことだ。王先生は2001年3月に新潟を訪問して旗野さんに会っていて、5年半ぶりの再会であった。

 王先生の「新潟では、何か新たな動きがありますか」との問いに対する旗野さんの答えは以下のようなものだった。「一番、大きな変化は、王先生が新潟にいらしたときにお会いになった患者さんたちの半分以上が亡くなってしまったことです。今回、ここで王先生と一緒に記念撮影をして、生存している患者さんたちに見せることが、『冥土のみやげ』として彼らを元気づけることになるんです」。

 通訳しながら、胸にストンと落ちるものがあった。旗野さんと王先生の再会は、旗野さん1人だけではなく、多数の患者さんたちにとっての再会も意味しているのだ。もちろん、このときだけでなく、旗野さんは中国へ患者さんたちの想いとともに来て、話をしていたことに、改めて気づいたのだった。

 翌日、旗野さんは帰国の途についたが、私のところに、CLAPVの許可祝先生から電話がかかってきた。「旗野さんはまだ北京にいますか?」。かつて許先生も新潟に行かれたのだった。5年ぶりの再会の機会を逃したとあって、大変に残念そうだった。私も、「冥土のみやげ」を十全なものにし損ねた失態を痛感した。

 私は、再びCLAPVに戻り、許先生を訪ねた。そして一緒に記念撮影をと、許先生にお願いしたのだった。何を今さら、と訝る許先生に事情を説明し、快諾を得ることができた。

 実は、旗野さんと王先生の再会は、当初の予定にはなかった。そのことで関係者には余計な手間をかけることにもなった。しかし、旗野さんが何人もの新潟水俣病患者・被害者の想いとともに中国にやってきたことを考えると、少々、無理をしても、この再会の機会は作らなければいけないものだった。それがそのまま「冥土のみやげ」になるのだから。


「冥土のみやげ」の記念撮影。右から旗野さん、王先生、谷洋一さん、筆者

許先生との写真は、帰国後「『冥土のみやげ』へのみやげ」と題して旗野さんに送信した


記事執筆、翻訳
日付 2006-10-06
筆者 相川 泰 (AIKAWA, Yasushi)
媒体 寄稿
団体名 東アジア環境情報発伝所
(East Asia Environmental Information Express Messenger)
URL http://www.eden-j.org/
翻訳者

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