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環境汚染 東京大気汚染公害裁判における環境公益訴訟としての成果

東京 東京大気汚染公害裁判の和解が成立した。

 8月8日に成立した東京大気汚染公害裁判の和解では、裁判の原告に止まらない、東京都内全域のぜん息患者の医療費を助成する制度をかちとったことが注目されている。
 これは公害・環境公益訴訟のあり方として、従来にない新たな成果となっているので、この点、報告したいと思う。

 さて、日本では、1970年代に四日市公害判決をはじめとした四大公害裁判を契機として、公害健康被害補償法が制定され、公害被害者の救済が行われてきたが、大気汚染被害をめぐっては、1988年に新規の救済が打切られ、その後、ぜん息等の被害者が未救済のまま放置される事態が続いてきた。
 こうした中で、東京大気汚染公害裁判は、1996年に、国、東京都、自動車メーカーなどを相手に、600余名のぜん息などの患者が、損害賠償と公害差止めを求めて提訴したものである。
 ただこの原告の3分の1が国の公害健康被害補償法打切りによる未救済の患者であったため、裁判当初から、裁判で求めている損害賠償とは別に、裁判をきっかけに行政に被害者救済制度を制定することを求めて運動してきたのが特徴だった。

 裁判では2002年の東京地裁1次判決で、道路管理者の国、東京都などに損害賠償で勝訴。とりわけ、国はこれで、大阪西淀川をはじめとした先行裁判に続いて5連敗とその責任を断罪された。
 しかし国は、いまだ大気汚染とぜん息等の因果関係が明らかになっていないとして、救済制度の制定を求める被害者の声に、一切耳を貸そうとしなかった。
 これに対し、同じ被告の東京都は、1次判決の日に石原知事自らが控訴断念を表明したうえで、救済制度の必要性を認める発言を行った。しかしその一方で、大気汚染拡大の責任は専ら国にあるので、国が救済制度を制定すべきとの対応に終始していた。

 こうした中で、裁判の審理が進み、東京高裁での結審が近づく中で、原告側は、東京都での医療費の助成制度の制定を要求の柱にすえて、東京都、自動車メーカー、裁判所に運動で迫っていった。
 この結果、東京高裁は2006年9月、結審に際して、「この事件は、内容が複雑で、争点が多岐にわたり、判決のみで解決できない種々の問題を含んでいる。裁判所としては、早期、抜本的、最終的な解決を図りたいので、関係当事者は協力を」との解決勧告を行った。
 そしてこれを受けて、2ヶ月後の11月、東京都が医療費助成制度を提案。それは、東京都全域のぜん息患者を対象に医療費の自己負担分全額を助成することとし、その財源は、東京都が3分の1、国が3分の1、自動車メーカーと首都高速道路が6分の1ずつ負担するというものだった。
 この東京都の提案に対し、年明けに自動車メーカーが受入れを表明。最後まで抵抗していた国、首都高も曲りなりにも拠出を表明して、何とか成立にこぎつけたというのが経緯である。
 今後は同じく道路公害、大気汚染公害に苦しむ、大阪、名古屋、川崎、尼崎などの地域と連携して、国のレベルでの公害健康被害補償法並みの救済をめざして、新たな闘いを展開していく決意を固めているところである。

 さて、今回の解決は、原告以外の広範な被害者を対象に、汚染者負担の原則をふまえて自動車メーカーにも負担を求めながら、将来に向けての救済制度を、裁判の和解の中でかちとった点が特筆される。
 本来こうした制度要求は、日本の裁判制度の下では、直接これを裁判で求めるのは不可能で、裁判をきっかけにその後の運動でこれをかちとるというのが従来のパターンであった。これを裁判の和解の中で獲得した点が従来にない新しい形の解決といえる。
 いずれにしても、今後の公害・環境公益訴訟の一つの方向性を示唆する画期的なケースとして報告したしだいである。







記事執筆、翻訳
日付 2007-08-31
筆者 西村 隆雄 (NISHIMURA, Takao)
媒体 環境被害救済と予防に関する日中韓国際ワークショップ(主催:日本環境会議ほか)配布資料
団体名 東京待機裁判勝利をめざす実行委員会
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翻訳者

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