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20年の歳月をへて完工した諫早湾干拓事業が残したものは……
2007年11月20日、諫早湾干拓事業の完工式が干拓地で開催された。その朝、諫早湾の西の空には大きな虹がかかったが、完工式会場には虹ではなくお粗末な式典用のアーチが設けられ、その下で長崎県知事らがテープカットを行った。朝の虹は干拓工事の完成を祝うようだ、などとこじつけた参列者もいたかもしれない。しかし、事業がもたらした環境破壊や、今後も続く漁業不振、財政負担を考えるとき、工事完成を本当に祝える人がどれだけいるのだろうか。
1986年に始まった諫早湾干拓事業は、1997年、全長7kmの堤防で湾を閉め切り、広大な干潟を消滅させた。日本一のシギ・チドリ類の飛来地が失われ、そこに生息していた希少種を含むさまざまな生物も姿を消した。
しかし、干拓事業の弊害は干潟環境の破壊だけではなかった。着工以来、諫早湾やその外側の有明海の漁獲量は激減し、特産品だった大型の二枚貝「タイラギ」は休漁が続いている。2000年には有明海に空前の規模の赤潮が発生して、養殖ノリの生産に大きな打撃を与えた。
漁業不振の原因は、有明海における魚介類の産卵・生育の場であった諫早干潟が失われたことに加え、湾を閉め切った堤防によって有明海全体の潮汐・潮流が弱まり、赤潮の発生や海底の貧酸素化、ヘドロ化が促進されたからだ。有明海沿岸では多くの漁業者が廃業に追い込まれ、自殺者も出ているような状況だ。自然を壊したツケは必ず人間社会にも回ってくるのである。
しかし、国や長崎県など事業推進側は、漁業者や自然保護団体の反対の声を無視して強引に工事を進めてきた。長引く工事に事業費は当初予算の2倍にふくれ、2500億円余りがつぎ込まれた。
出来上がった干拓農地は入植農家への売却の見通しが立たず、長崎県の農業公社が国の機関から融資を受けて一括して買い上げ、農家に貸し出すことになった。農業公社はその借金の返済のために、さらに長崎県からも資金を借り入れ、100年近くもかけて返済する計画だ。県の公金支出差し止めを求める裁判も住民によって提訴されている。
天然の浄化槽である干潟を失ったことで、湾の閉め切りでできた調整池の水質悪化も深刻だ。最近では有害プランクトンまで発生している。この水を農業用水として健全な農作物の栽培ができるのか、入植する農家も不安だろう。一方で、水質浄化対策のため、周辺自治体は下水道の整備などに過大な負担を強いられ続けることになる。国も有明海の漁業再生のために、巨額の税金をつぎ込み続けることになるだろう。
諫早湾干拓事業は完成した後も、ブラックホールのように国民や県民の税金を飲み込み、有明海の環境や漁業を破壊し続けるのである。この悪循環を断つには、現状の営農計画を中止し、水門を開けて干潟を再生させるしかない。
それを一番よく分かっているのは海を生活の場にしてきた漁業者たちである。11月20日の完工式当日は、干拓堤防の外側の海に50隻近くの漁船が繰り出し、「有明海SOS!!」と書かれた巨大なシートを広げて抗議行動を展開した。
今回の抗議行動の先頭に立った漁師の一人は、朝に虹が出た日は海上で突風が吹くことが多いと心配していた。案の定、海上での抗議行動が終わるころ、その漁師が言ったとおりに天気が急変し、風が強まり雨が降り始めた。自然をよく知る者の声、そして自然界そのものの声に、私たちは謙虚に耳を傾けるべきである。漁業者たちの切実な思いは、花火を打ち鳴らして工事完成を祝う人たちの元に届いただろうか。
(参考URL)
・諫早湾干拓問題の10年を振り返る(エコロジーTV)
http://www.ecology-tv.net/special/sp004/index.shtml
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諫早湾干拓地で行われた完工式

排水門前での漁業者の抗議行動

「有明海SOS!!」の文字を掲げた漁船
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