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今年の秋、新潟水俣病の経験と教訓を日中韓で共有し、活用していくための会議が開かれる。
新潟水俣病は、世界で2番目に起きた水俣病事件である。また、河川の汚染による水俣病では最初のものである。この経験と教訓を東アジアに伝える意味は大きい。
日本では、1950年代半ばから1970年代初頭にかけての高度経済成長期に、環境汚染が深刻化し、健康被害を引き起こした。なかでも特徴的な症状を伴う健康被害を引き起こした4つの公害事件――(熊本)水俣病、イタイイタイ病、四日市ぜんそく(四日市公害)、新潟水俣病――は「四大公害」と総称された。
中国で出版されている環境問題についての教科書の多くで、日本の四大公害が紹介されている。しかし、その内容は必ずしも正確ではないうえ、新たな動きや情報もあまりフォローされていない。例えば、それらの多くでは「水俣病、イタイイタイ病、四日市公害、カネミ油症」が四大公害とされている。新潟水俣病については水俣病の一環として触れられていれば良い方で、全く紹介がないことも少なくない。
しかし、新潟水俣病は、現代日本公害史で忘れてはならない事件である。新潟水俣病が起きたことで、すでに「終わった」ことにされていた熊本水俣病が改めて未解決の問題として浮上した。また、わりと早い時期から裁判による被害者の権利回復が模索され、1967年、四大公害では最初に訴訟が起こされた。
なぜ、熊本水俣病という先例がありながら、同じ日本国内ですら第二の水俣病の発生を防げなかったのか。これは、中国をはじめ、日本の過去の公害と同じような環境汚染に苦しむ国・地域の人々も、高い関心を持つ問題である。実際にそうした問題意識から新潟水俣病の現場を訪れた中国人留学生もいたという。熊本水俣病の先例があったのに第二の水俣病が起きた新潟は、先進国の先例があったのに深刻な環境汚染に苦しんでいる中国と重なるだけに、中国にとって参考になることが多い、というのだ。
中国にとって参考になるというのは、より単純な、地理的な条件とも関係しているのかもしれない。熊本水俣病が起きたのは、当初は水俣湾、後に不知火(しらぬい)海の、いずれにせよ半閉鎖的な内海の沿岸であった。それに対し、新潟水俣病が起きたのは河川の流域である。中国にも内海はあるにせよ、汚染現場になっているのは河川の方がずっと多いであろう。
今年の秋、東アジア環境情報発伝所と新潟水俣病安田患者の共催で、第4回東アジア環境市民会議が新潟で開かれることになっている(10/11~12予定)。これはまさに、新潟水俣病の経験と教訓を、日中韓で共有し活用していくことを主目的とする企画である。まずはその会議に向けて、関係者とともに情報発信をしていきたい。
(次回「あが便り(その1)」に続く)
→ http://www.enviroasia.info/news/news_detail.php3/J08060602J
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