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環境汚染 あが便り(その4) ― “新潟の宝もん”~映画「阿賀に生きる」

新潟 映画づくりから見えてきた新潟独自の運動スタイル

 「新潟へ行ったら旗野を訪ねたらいい、酒が呑めて泊めてもらえるはずだから」と、26歳の佐藤真(さとう・まこと)監督はその大きな身体を屈めて我が家を訪ねてくれた。私はとにかく嬉しくて船大工の遠藤さんや餅屋のジィちゃんの魅力を自慢し、阿賀のほとりの映画づくりを打診した。毎晩おおいに杯を酌み交わし、夢を語りあったことが懐かしい。

 「日常生活をそのまま撮ればいい、水俣病という言葉を使わなくとも、その暮らしの背景には必ず水俣病が映るはずだから・・・」そして8年後の1992年の春、誰もが予想しなかった国内外から賞賛されるドキュメンタリー映画「阿賀に生きる」が完成する。患者さんはスクリーンに登場する自身の姿を面白がって喜んでくれたのだが、翌年の春には栄作さん、餅屋のジィちゃん、そしてバァちゃんが相次いで逝ってしまう。一年遅かったら撮れなかったであろう、まさに奇跡のような「新潟の宝もん」の映画となった。

 好きな場面が三つある。昭和電工近くに住む芳男さんは妻のミヤヱさんと二人で山間の棚田を作っている。嫁いだ娘さんは水俣病や高齢を気遣って「もう、いい加減やめたら」と電話を掛けてくる。「こんな山ん中の田んぼ、誰も作るもんなんか居ねぇ。でもな、俺それがまた好きなんだわ」と怒りながらも、最後はニッコリと微笑む。

 カタブツで知られる船大工の遠藤さんは、窓ガラスが割れていたので修理を申し出ると「そこは毎年、朝顔が挨拶に来る入り口だからそのままで良い」と言う。そして、カメラマンの小林茂さんは割れたガラスの隙間から朝顔が一輪、本当に花を咲かせているシーンを見逃さずに撮っていた。

 餅屋のジィちゃんは酒宴のあとに「今日の酒は旨かった。仲間居て旨かった」と撮影スタッフを仲間と呼び、バァちゃんに静かに語りかける。それぞれ水俣病や高齢化や貧困を抱えつつ、それでも心豊かに生きていることを教えてくれた人生の達人だった。

 私はその達人に囲まれ、地元で一番に良い思いをした者として5月の連休に追悼集会「阿賀の岸辺にて」を企画した。気がつけば今年で16回になった。北は北海道から南は沖縄まで「阿賀に生きる」ファンが毎年100人余りも駆けつけてくれる。

 10回目の節目の年、佐藤監督は再び小林カメラマンと組んで現地に入るべく第二弾「阿賀の記憶」の制作を発表したが、追悼集会の最中に小林さんは脳梗塞で倒れた。その後も難題が立ち塞がるが、2004年「阿賀の記憶」はついに完成する。前作と違って実験映画的な「あの世」と「この世」を撮るという要素も含みつつ、餅屋のジィちゃん、バァちゃんが亡くなった後、一人で暮らすキミイさんや安田患者の会専属民謡歌手でもある88歳の参治さんが歌い、昔話を語る。なんとも不思議な映画となった。

 最初の頃、熊本に比べ新潟には表現者がいない、文化運動が無いと嘆いてばかりいた私だったが、佐藤監督と出会い仕事を重ねるうちに熊本とは違う新潟のスタイルが見えてきて嬉しかった。その恩人でもある佐藤真監督が昨年の9月4日、49歳の若さで突然逝った。早いものでもう一年になる。もっと一緒に仕事をしたかったとつくづく思う。残念でならない。感謝を込めて心から合掌したい。

(あが便り バックナンバー)

・その3「患者さんにずっと寄り添っていくという決意」
 http://www.enviroasia.info/news/news_detail.php3/J08071801J

・その2「立ち上がる安田町の人びと」
 http://www.enviroasia.info/news/news_detail.php3/J08062001J

・その1「第4回東アジア環境市民会議・新潟開催に向けて」
 http://www.enviroasia.info/news/news_detail.php3/J08060602J


追悼集会「阿賀の岸辺にて」

「阿賀に生きる」 撮影風景(1)

「阿賀に生きる」 撮影風景(2)
記事執筆、翻訳
日付 2008-08-22
筆者 旗野秀人 (HATANO, Hideto)
媒体 寄稿
団体名 新潟水俣病安田患者の会事務局
URL
翻訳者

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