|
北京で実施されているごみ分別・リサイクルの実状
著しい経済発展とそれに伴う廃棄物発生量増大などの各種の環境問題を抱える中国、その首都北京では今、資源節約、循環型社会構築に向けてごみ分別・リサイクルが実施されている。本記事は前後二回に分け、前編では北京のごみ分別の実際状況を現地での見聞を元に解説・分析し、後編では中国読者を意識した上で日本のごみ分別の事例を紹介する。前・後編を通してごみ分別の日中比較を行い、北京での「地域の現状に合った実際的なシステム」構築への参考になればと願う。
2008年8月に北京はオリンピックを開催し、それを受けてオリンピック会場関連施設などでごみの分別が実施され、開幕式の行われた8月8日一日だけでペットボトルが十数万本回収されたと地元メディアは報道した。世界中が注目した北京オリンピック、その開催期間中のこのようなごみ分別の取り組みは日本でも多少知られているかと思うが、実は北京や上海などいくつかの都市部ではすでに住民家庭や学校などを対象にしたごみ分別が行われているということはあまりよく知られてないようだ。
人口が2000万人を超える極めて人口密度の高い北京市(都市部)では、新築住居の多くが五階建て以上の高層マンションで、マンションの集合からなる団地がある意味でのコミュニティの単位となっている。そこでは日本のマンション管理人に相当する「物業管理会社」が団地内のごみ収集、清掃等の日常の管理作業を請け負っている(平屋が多く残る市中心部などでは家庭からのごみは道路や「胡同」と呼ばれる狭い小道にある公共のごみ箱に出され、政府機関である街道弁事処がその収集、管理を行う)。
北京市では1990年代後半から行政主導型のごみ分別・リサイクルが進められてきている。ここで「行政主導型」と述べるのは、北京など中国各都市部では市場原理に基づいた民間の自主的な、インフォーマルなリサイクルシステムが存在し、それとの区別のためである。政府から模範地区として指定されたコミュニティで分別式ごみ箱が設置され、住民はごみ箱の種類に合わせ分別投入するよう促される。分別されたごみのうち資源ごみは物業管理会社から委託された回収業者により回収され、資源化されるという仕組みである。
分別式ごみ箱は一般的に「資源ごみ(リサイクル可能ごみ)」、「生ごみ」及び「その他のごみ(リサイクル不可能ごみ)」に分かれている。コミュニティによってはさらに「紙ごみ」、「プラごみ」と分けられているところもある。ごみ分別システムの普及は2008年のオリンピック開催を受け積極的に進められ、多くのコミュニティでごみ分別システムを開始している。2007年度末にはその普及率(ごみ分別率と呼ばれている)は52%に達し、オリンピック開催に向け賛同された50%の目標に到達したと市政府から発表されている。
しかし実際には多くのコミュニティではごみ分別普及の試みは分別式ごみ箱の設置のみに止まり、ごみ箱に出されたあとの分別収集・運搬がなされていないというのが現状である。清掃員による収集段階での全てのごみの混入は住民の積極性を阻害してしまっている。その一番の原因は北京市にはまだ広範囲の分別収集・運搬のシステムが構築されていないことにある。分別式ごみ箱というハードの設置はコストや運営という方面から見れば安く単純で、分別収集・運搬に掛かるコストや管理責任は各物業管理会社によって負担するという現状のもとでは、実施がしやすい分別式ごみ箱設置のみが行われてしまっているようである。先に述べたごみ分別普及率52%という数字も単に分別式ごみ箱の設置をしているか否かというもので判断されているようだ。
このような状況のもと、問題解決をめぐり政府、メディア、世論の間では住民の意識の低さに焦点を当て議論がなされている。政府当局もひっきりなしにごみの出し方、分別方法を宣伝している。住民の意識の向上はリサイクルシステム構築にとって非常に重要で、そのこと自体には問題はないのだが、分別収集・運搬のシステムがない段階でごみ分別の標識の基準化とそれの住民への普及、及び分別式ごみ箱の格式・サイズの基準化などが先走り的に進められている観がある。問題なのは、どのように分別するかは分別収集・運搬された後のリサイクルを含めた処理段階のニーズと現状に合わせ決定されるもので、つまり後方のニーズに合わせ前方が決まるべきなのだが、北京市の現状では先方のみが後方への十分な配慮無しに急ぎ足に決定されているのである。
上述の「紙ごみ」、「プラごみ」や「生ごみ」と表示されたごみ箱を設置するコミュニティでも、資源ごみをまとめて回収に来る業者がいればまだましなほうで、古紙や廃プラだけを専門に回収するという業者やそのような体制が無いのに、これらを他の資源ごみと分けて出すところにどんな意義があるのだろうか。生ごみに関してはほとんどのコミュニティではまだ稼動しておらず、これもやはり形骸化している。分別回収を伴わない分別式ごみ箱の設置という現象に対して、「環境教育の一環として」という見方が政府や地元NGOの間ではされているようだ。
分別式ごみ箱そのものは分別を行うための道具、収集の手段に過ぎないのだが、それを「分別」の必須条件、さらには「分別」と同等にみなす傾向さえ出てきている。私も大学のサークルから(大学には分別式ごみ箱のみで、分別収集・運搬の条件が無いにもかかわらず)分別式ごみ箱の使用方法や分別標識の指導をするよう依頼されたり、北京のある居民委員会役員からは「日本の分別事例を用いてうちの住民へごみ分別の宣伝教育を行いたい」という理由から「日本の分別式ごみ箱」のモデルを見せ、紹介してくれという依頼を受けたこともあった。
しかし日本の事例を見ると分別式ごみ箱は分別の必須条件ではないことがわかる。それでは日本のごみ分別の状況どのようなものだろうか。(以下後編に続く)
|

北京市の分別式ごみ箱(左から「生ごみ用」、「資源ごみ用」、「その他のごみ用」)

分別されたごみを回収に来る業者

「生ごみ用」のごみ箱、フタを開けてみるとこのように --- ごみ分別の形骸化の一面
|