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ごみ・リサイクル ごみ分別の日中比較 ~北京のごみ分別・リサイクル事情~(後編)

北京市 日本のごみ分別事例と北京のもうひとつのリサイクルシステム

 前編では90年代後半から北京で実施している行政主導型のごみ分別が、分別回収を伴わない分別式ごみ箱の設置という行為によりごみ分別自体の形骸化が招かれていることを指摘した。分別式ごみ箱そのものは分別を行うための道具、収集の手段に過ぎないのだが、それを「分別」の必須条件、さらには「分別」と同等にみなす傾向さえ出てきている。前編で述べたように、私は北京のある居民委員会役員から「日本の分別事例を用いてうちの住民へごみ分別の宣伝教育を行いたい」という理由から「日本の分別式ごみ箱」のモデルを見せ、紹介してくれという依頼を受けたこともあった。

 ここで日本の事例を考えてみると、実はほとんどの地域で分別にごみ箱自体を使用していないということに気がつく。例外は駅などの公共施設や路上などで、これらの場所では確かに分別式のごみ箱が設置されている。住居地域では一般的にごみ箱の代わりに「ごみ集積所」とよばれるスペースを用いて住民から出されるごみを収集車がくるまで一時的に収容する。種類別に出されるごみの日にちや容器を指定することで、一つのごみ集積所でも多種類の分別に対応できるのである。種類別のごみの出す日にちの指定・限定は同時に、住民は毎日適当にごみを出せるものではないということを意味している。

 ごみ集積所の設置基準は各市町村ごとに違いがあるが、一つの集積所の利用世帯数は10~30世帯ぐらい(人口密度によって大きく左右される)、アパート・マンションなどの集合住宅であればその建物ごとに専用の集積所を設け、地区自治会(住民による自治組織)と役所の担当課の間で協議の上決定されるのが一般的なようである。集積所とは呼ばれているが、誰かそこで勤務しているわけでも見張っているわけでもない。単なるスペースで、せいぜい囲いがされている程度である。清掃などの管理は地区自治会と使用住民共同で行う。収集・運搬は各市町村ごとに役所が直営もしくは民間業者に委託という形で行い、日にちごとに出されるごみが違うので、担当する業者は同一日には一種類のごみを専門的に回収し(例えば、缶・びんの日には収集車は業務範囲内を回り缶・びんのみを回収)、後方の処理方法に合わせ指定の施設・業者へと運搬する。例えば、古紙であれば古紙回収の仲介・卸売業者に売却(これら業者が役所から収集業務を委託されることもある)、可燃ごみであれば焼却施設へと運ばれる。

 役所の財政力、人的資源及び回収・運搬のコストなど各市町村で大きく異なるため、各地域でリサイクルできるごみの種類も異なっている。地域によっては「資源ごみ」の範囲が広く、焼却するごみの中には生ごみや紙おむつなど限られたごみだけとしている地域もあれば、反対に焼却に依存し可燃ごみに廃プラを含む多種類のごみが含まれる地域もある。いずれにしても、ごみ分別の方法、ごみの出し方はこのような回収後の処理現状とニーズにもとづき決定される。現時点で資源ごみとして回収されていないごみでも、後でリサイクル可能の範囲が広まれば、資源ごみとして可燃ごみや不燃ごみと分けられて出されるようになる(その逆のケースもある)。その際回収後のルートや処理作業の違いから、一定の要求が出されたりする。例えば、PETボトルのボトル部分と蓋の部分を分けて出す地域がある。これはボトル部分がPETで出来ているのに対し、蓋はPPという異なる材料を使っていて、回収後には材料別に違うルートに流されるためである。

 考慮に値するのは、日本では国が出す基準による分別の法的統一化というものはないことだろう。賛否はあるが、それは各地域ごとに異なる収集後の処理方法という現状に即したプラクティカルな方法であると指摘できる。

 ここで指摘しておきたいのは、筆者は決して北京や中国の他の都市は日本に見習って日本式の分別を行えと言っているのではない(日本の現状自体多くの課題を抱えているし、両国間の社会経済的背景や公共意識など多方面で大きく異なるので、日本式の制度を受け売り的に実施すれば弊害が起こるであろう)。そうではなく地域の現状に合った実際的なシステムの構築が必要であると言いたいのである。日本でもそうなのかもしれないが、ごみ分別段階に対し過度の議論がなされ、それ故に問題の表面的な側面が強調されている観がある。例えば、分別の細かさを見てリサイクル効果や環境保護効果を判断するような意見があるが(例えば上述のPETボトルのボトル部分と蓋の部分を分けて出すことを「分別が徹底されている」とみなすなど)、分別の細かさによって一概にリサイクル率が決まるものでは決してなく、むしろ収集後のニーズによって決定されているに過ぎないのだ。

 フランスなど都市生活ごみのリサイクル率が日本以上の国でも分別方法は結構シンプルであるケースが多い。また、社会経済的側面を考慮した場合、労働力の余剰問題が顕著で、労働賃金が低い水準にある国なら、雇用創出の目的から回収後のごみ分別や洗浄、加工などへの人員投入は正当化されてよく、ごみ発生段階での分別の程度は合理的なレベルで構わないということになる。過度な分別を行う必要がないのである。現在の北京の状況は次の部分で述べるインフォーマル・リサイクルの実情などと合わせて考えると、どちらかというと大雑把な分別で良いのではないかと考えられる。情報を発信する日本側もそれを受け入れる中国側も「分別の細かさ」という表面上の結果を強調するのではなく、その背景にあるシステムの全体像をちゃんと考えなければいけないと思う。

 ごみの分別収集・運搬・処理のシステム構築には多くの時間と経費を要し、北京市にそれを短期間で実施することを期待するのは多少不公平であろう。しかし「地域の現状に合った実際的なシステム」という観点から見た場合、北京市にすでに存在する民間による有価物のリサイクルシステムの活用という問題は議論に値するであろう。

 北京や他の都市部では、前編で記述した1990年代後半以降の行政主導型ごみ分別・リサイクルの開始以前から、市場原理に基づいた民間の自主的な、インフォーマルなリサイクルシステムが存在している。従事する人々は有価物に対し分別、洗浄、加工、梱包などのそれぞれが成し得る作業を行うことで付加価値を付け、買値プラス労働に要したコスト以上の価格で売却することで収入を得ている。

 このようなシステムが存在し、規模を拡大している主な原因には、製造業の成長とそれによる資源不足、原生資源の相対価値の高さ、生活ごみに含まれる有価物の発生量の増加、急速な都市化による都市部の余剰労働力の存在、貧富の格差などが挙げられる。インフォーマルなリサイクルシステムはある意味でのピラミッド型構造を形成していて、一番下はウェイスト・ピッカー(路上やごみ箱から有価物を抜き取る人)や住民、二段目には有価物買受業者・ジャンクショップがあり、三段目には有価物取引の卸売業者があり、最上段には回収物を資源として利用する工場がある。有価物はピラミッドの最下部から上に向けて流れ、その過程で分別・加工が加えられ再生資源へと生まれ変わる。回収は逆有償で、売却者である住民がお金をもらえるので経済的なインセンティブが働き、多くの家庭で有価物売却のためのある意味での「分別」がなされている。住民のこのシステムの利用状況は定かではないが、相当量の有価物がこのシステムに流れてきているのは確かだ。私の以前所属していた北京のNGOがコミュニティで実施したプログラムでは10%前後のごみがこのシステムに回されているということが憶測ながら判明した。生ごみが60%以上を占めているという事実を考慮すれば、資源ごみ内に占める割合は相当なものではないだろうか。

 ただこうしたインフォーマルなリサイクルシステムには二次汚染と呼ばれるリサイクル過程での環境汚染や、従事者の劣悪な労働環境等の人道的問題の他、生活に余裕のある特に若い世代は利用しなくなってきているという傾向があるなどの複数課題を抱えている。また市場原理のみに基づき行われるため、市場の影響を直接受けるという問題もある。昨今の世界金融危機問題の影響を受け、製造業、特に輸出型産業の生産量が縮小し、そのため資源である有価物の価値が大幅に下落した。PETボトルや新聞紙など半額以下になったものが多くあり、住民のインセンティブが削がれ、回収量が激減するという状況も出ている。もっとも、有価物の価値下落は行政主導型でやっている先進国のリサイクルにも当然影響を及ぼすのだが。

 このような限界を踏まえ、北京市としては行政主導型分別回収システムの構築にインフォーマルのリサイクルシステムを取り入れる形を模索しているという点で意義深く、現にそのような試みも行われつつある。持続可能性という観点から、フォーマルとインフォーマルが相互に補充しあい、財政や人的資源の制限及び社会経済的、社会文化的現状に即したシステムの構築が願われる。特に行政主導型の分別システムが追いつかない貧困の地域ではインフォーマル・セクターがそれを補っているという事実やリサイクルが貧困層の収入源の一部となっているという事実を十分考慮に入れるべきである。フォーマルとインフォーマルの連携は二者間の役割分担という形でも考えられ得る。例えばインフォーマル・セクター(民間部門)は有価物の回収を、フォーマル・セクター(行政部門)はその他の市場原理では回収・処理されない物の回収など。タイ国のピサヌローク市の取り組みがいい例であり、参考に値する。しかしそのような連携のためには、両者の間で経済的価値を持つ資源ごみの権益をめぐる争いをまず乗り越えなければならないであろう。

 ごみ分別は(何をどのように、どの程度まで分別するか)は収集後のリサイクルを含めた処理・処分の実際状況に応じて決定されるべき、というのが結論である。分別収集後の処理システムの構築がまず前提にあり、その際にはフォーマル・インフォーマル、行政・民間を問わず考慮に入れるような包括的でプラクティカルなシステム作りを段階的に行うことが必要とされ、その上でどのように分別していくかを決定していくべきである。分別式のごみ箱は道具に過ぎない。それが「分別」のシンボルとなっては本末転倒である。

(関連ニュース)
・ごみ分別の日中比較 ~北京のごみ分別・リサイクル事情~(前編)(2009-1-23)
 http://www.enviroasia.info/news/news_detail.php3/J09012302J


(日本)一戸建て住宅地域のごみ集積所の例。

(日本)団地におけるごみ集積所の例:団地の敷地内に設置され、囲いがされてある。

(中国・北京)インフォーマル・リサイクルの状況:路上清掃員達が集めた有価物をジャンクショップに売却する様子。
記事執筆、翻訳
日付 2009-01-30
筆者 池田 武 (IKEDA, Takeshi)
媒体 寄稿
団体名 東アジア環境情報発伝所
URL http://www.eden-j.org/
翻訳者

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