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第4回東アジア環境市民会議「阿賀の岸から東アジアへ」開催から一年、主催者でもあった安田患者の会のその後を報告したい。
この秋も親戚のような人たちが待っている大阪に、今年で79歳になる権瓶晴雄さん(安田患者の会代表)と行ってきた。水俣病の被害を受けながらそれぞれの事情で関西方面に移り住んだ人たちと、その患者さんを支える普通の生活者が企画する集会だ。その大阪の人たちは、毎年春には安田の追悼集会「阿賀の岸辺にて」に駆けつけてくれる。こうした行ったり来たりの関係になってからすでに10年余りになる。
2004年10月、水俣病の被害拡大について国と熊本県の責任を認めた関西訴訟の最高裁判決は、最終解決策とうたった1995年の政府解決策の幕引きに再び火をつける画期的なものとなった。しかし、国は判決後も認定基準を変えず、多くの原告が行政認定されていない状況が続いている。原告団長だった川上敏行さん(84歳)は判決の翌年の集会で新潟から駆けつけた私たちに「裁判が終わった途端、誰も来なくなって寂しい。あんなに全国から注目を浴びた判決なのにまるで他人事のようだ」と嘆いた。そして、奥さんと再び熊本地裁で認定を求める裁判を提訴した。また同じ原告だった坂本美代子さんは今年の10月はじめに申請から31年たってようやく行政認定されたのだが、原因企業のチッソは認定に伴う補償金の支払いを拒否している。
患者さんにとって相変わらず厳しい状況が続く中で「毎年、秋には親戚の法事のように私たちは大阪の皆さんに会いに来ますから、お互いに元気で頑張りましょう」と川上さんたちに約束したのである。その川上さんがいつも「先輩」と言って再会を励みにしている、わが安田患者の会専属歌手で最高齢の渡邊参治さん(93歳)が、ついに今年は「冥土のみやげ大阪ツアー」に参加できなかった。覚悟はしていたが、やはり現実となると寂しい。それでも、権瓶さんがしっかりと後を受け継ぎ、川上さんも元気に十八番の「相撲甚句」で迎えてくれたのでホッとした。
新潟では2008年4月に第三次訴訟が提訴されたのに引き続き、今年6月には第四次も提訴された。熊本でもいくつかの患者団体がそれぞれ提訴し、これまでにない数に膨れあがっている現実がある。新潟水俣病が公表されて44年、熊本は53年。国は最高裁判決に従うことなく、再び最終解決策と称して同じ過ちを繰り返そうとしている。この国のあり方、そして私たちが問われている。
今年も阿賀のほとりの五頭連峰に初雪が降った。高齢患者が多い安田患者の会が一番楽しみにしている温泉での忘年会がやってくる。「水俣病にはなったが、生きてて良かった」と言ってもらえるような世の中を目指したいものだ。安田患者の会のもうひとつの顔、冥土のみやげ企画の出番でもある。
参考URL)
・あが便り(その5)―「冥土のみやげ企画」の立ち上げ
http://www.enviroasia.info/news/news_detail.php3/J08091901J
・第4回 東アジア環境市民会議)
http://www.enviroasia.info/aga/2008/J/index.html
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